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「あんたねえ、また訳のわからない事例を拾ってきたの? ホント、勘弁してちょうだいよ!」
「いやいや筒原さん、全然訳わかんなくなんかないっすよ。俺たちが相手する対象が、人間からドラゴンに変わっただけっす。認知症の老人の周辺症状が酷いから、身体拘束をされてて、それを俺たちでいい方向へ導きましょうって考えればいいんすよ」
「言葉にすれば簡単に聞こえるけど、じゃああんた、そのドラゴンとやらの世話をしたことがあるっていうの!?」
ガークと一緒に事業所に帰った俺は、筒原さんにこれまでのいきさつを説明した。挙句がこうだ。話し終えると、筒原さんの目が三角になって、途端にプリプリと怒り始めた。筒原さんは頼れる上司だけれど、自分のキャパを超えたイレギュラーが降りかかってきたとき、途端にテンパってしまうのだ。
この世界に自分たちがいることのほうがよほど『自分のキャパを超えたイレギュラー』であるように思うが、彼女が突然怒り出した要因にはそれも少しは含まれているのかもしれない。
筒原さんのいう、訳のわからない事例を拾ってくるのは、彼女曰く、俺の得意技だそうだ。元の世界でも、俺は事業所の近所に住んでいた独居老人のもとを訪問して、一人だけで暮らすのは困難だと判断して、こもれびの杜からヘルパーを派遣できるように動いたことがあった。あのとき、筒原さんは結果的にえらく喜んで俺を褒めてくれていたけれど、やっぱり最初はテンパっていた記憶がある。地域包括に話をするのが先でしょう! とか、ただでさえ日々の業務で忙しいのにとぼやきながらも、結局は俺の代わりにいろいろ処理をしてくれたんだっけ。
「すまない、オレが無理を言ってしまったようだな」
長老の元を離れたあと、ガークの態度が随分と柔和したように感じる。つい先ほどまでは『我』と高飛車な言葉遣いをしていたくせに、一人称まで変わっている。それはきっと、自分の素をみせたことにより、後継者としてのプレッシャーだとか、自分はこうあるべきだという観念が小さくなったからだろう。
「あら〜、いいのよ〜。おばさん、ガークくんの頼みならなんでも聞いちゃう!」
筒原さんは黄色い声を出してガークに言った。ガークは俺の後ろでぺこりと会釈をする。
「あらあらまあまあ、外はそんなに暑いんですか? 裸のおにいちゃん」
ばあちゃんがパーテーションの奥から顔を覗かせて目を丸くしている。俺は噴き出しそうになって、歯を食いしばりながら唇をもごもごと動かした。きっと筒原さんが一人で七色変化の声を出しているので、何事だろうとばあちゃんは思ったのだろう。
「ばあちゃん、大丈夫だよ。あれはあいつの普段の格好なんだ。……民族衣装みたいなもんかな」
「ありゃ、そうなのかい? コタロウくん、わたしたちはいつ外国に来たんですか? 飛行機なんて乗ったかしらねえ」
「ガーク、ばあちゃんはほっといていいから」
「あ、ああ」
ガークは若干戸惑っているようだった。少し前に出会ったばかりだというのに、まるで初対面かのように振る舞われたことに対する困惑だろうか。
俺たちは勢揃いで竜族の集落に赴いた。とりあえずはガークの客人だということにして、俺、ばあちゃん、筒原さんはガークの後ろについて集落の中に足を踏み入れる。
「あっ、ガークにコタローくん、おかえり!」
一番はじめに俺たちに気づいたのは、サティーだった。彼女のそばには井戸があって、そこから水を汲んで野菜を洗っていたようだ。足元に置いてある木桶には、じゃが芋によく似た根菜が土を洗い流されて入っていた。
「これはテイトウイモというんだよ。煮ても炒めても、蒸しても美味しいの」
俺の視線に気づいたサティーが説明してくれる。どう見てもじゃが芋にしか見えないが、この世界ではテイトウイモという名前なのだろうか。
「まあまあ、ご立派に育ちましたねえ。このじゃが芋さん。あなたが収穫したんですか?」
「じゃが……いも?」
サティーは助けを求めるようにガークを見る。
「ああ、俺たちがいた世界では、これをそう呼んでいたんだ」
ガークの代わりに俺が答える。その途端、俺の腹の虫が大きくなった。
「コタロー、腹が減っていたのか?」
ガークに問われて、俺は顔が火照るのを感じた。
「しばらく何も食ってなくてさ……」
「サティー、コタローにテイトウイモを食わせてやろう」
「賛成! じゃああたし、準備してくるね」
サティーは木桶を持って立ち上がると、集落の奥へと歩いていった。
この集落では、二十人ほどの竜族が住んでいるという。一族がまとまって住む場所としては比較的小規模だそうで、純粋な竜は長老を含めて四匹、他はロイメンとのハーフだという。
ハーフの竜族も、その体に流れる血の濃さに違いがあり、竜に近い見た目と、人間に近い見た目の者がそれぞれ存在しているらしい。とすると、ガークとサティーは、人間寄りの血が多く流れているということだろう。
サティーが駆けていったほうに、俺たちもついていった。住居が立ち並ぶ一角を通り過ぎると、簡易的な屋根の下にかまどが四基設置してあるのが見えた。かまどの周りには人型の竜族が群がっていて、俺たちが近づくと一斉にこちらを振り向いた。
「ようガーク。お客人かい?」
その中の一人が、ガークに向かって声をかける。彼らは一様にガークと同じような格好をしていることから、やっぱりあの装いは民族衣装といってもいいのかもしれない。なんとなくだが、みんなガークよりは年上に見える。
「ああ。訳あって、我が集落に招いた。すこしのあいだ滞在することになる」
「お前がロイメンをここに入れるなんて珍しいな」
そう言った竜族の男は、竜の形をした頭を持っていて、全身が灰色の鱗に覆われていた。彼は衣類を身に纏っておらず、竜が二足歩行で立っているかのようだ。指のあいだには水かきのようなものがついている。
「ジュヴァロンさん、かまどをひとつ借りてもいいかしら」
サティーが彼に話しかける。ジュヴァロンと呼ばれた男は「おっと邪魔だったな、すまんすまん」と頭をかき、かまどの前のスペースを開けた。
見た目は怖そうだけど、実際に話してみると気さくで優しそうな人(この場合、人という表現はおかしいかな)だなと思った。
サティーはかまどに隣接している調理台に、テイトウイモをゴロゴロと置いて、薄くスライスし始めた。その間にガークが鉄鍋をかまどの上に置き、中に油を注ぐ。集落に住む人たちは、ここを厨房として共同で使用しているようだ。調理台の上には、柱から柱に伝うように細長い木の棒がかかっていて、包丁や鍋などの調理器具が吊るされている。おそらく、薪を割るためのものだと思うが、刃の大きな斧まで吊り下がっているものだから、なんだか物騒だ。もし小競り合いなんて起きたら、この包丁や斧が武器になってしまいやしないだろうか。……と考えたところで、今までにそんなことが起こったのなら、すでにこんな誰でも取れるようなところに凶器は置かないかと思い直す。
「あらあら懐かしいわねえ、かまど」
俺の腰のあたりで、ばあちゃんの声が聞こえた。
「あ、ばあちゃん!」
俺の制止もきかずに、ばあちゃんはすたすたとサティーとガークの方へ近づいていく。
「今の時代に、こんな代物が現役であるものなんだねえ。近頃はやれガスだの電気だのと色々便利になってしまって、若い子達はこんなもの使わないと思っていたけど……世の中わからないもんだねえ」
えらく感慨深げにしみじみと言う。鍋に油を入れたガークは、そのまましゃがみ込み、大きく息を吸った。
「あれあれ、裸のお兄さん、何をしているんですか。息を吹き込む前に、火をつけないといけませんよ!」
「ばあちゃん、大丈夫だよ、多分」
ガークが勢いよく息を吐いた瞬間、焚き口に積まれていた薪に、ゴウッと火がつき始めた。
「あれまっ!」
ばあちゃん、目を白黒させている。目の前にいるすこし変わった「裸のお兄さん」が、深呼吸をしただけで火の手があがったのだから、そりゃあ驚くだろう。ばあちゃんは、ガークのことを純粋な人間だと思っているだろうから。
とはいえ、火おこしもせずにメラメラと火が湧き立っているさまを見ると、俺も『異世界』にやってきたんだなあと改めて思い知らされる。きっとこの先、元いた世界の事象や原理では説明もつかないようないろんなことが待ち受けているんだろうな。
竜族の息吹がおこした火は、俺たちが扱うようなものとは違い、威力の強いものだった。その証拠に、ものの数十秒で油が熱され、ポコポコと音を鳴らし始めた。
透かせば向こうの光が見えるほどに薄くスライスされたテイトウイモを、サティーは鍋に落としていった。いわゆるポテトチップスだろう。
「テイトウイモはこんなふうに薄くスライスして揚げて、塩をふって食べると、とっても美味しいのよ。片手でも食べられるし、手軽にエネルギーがとれるから、ガークの好物でもあるの」
「似たような料理を知ってるよ」
「まあ! 偶然だね!」
似たようなも何も、同じ料理だ。「俺たちの世界では、ポテトチップスって呼んでる」
「なんだか可愛らしい響きね」
「そうか?」
俺たちは当たり前に使っているけれど、サティーにとっては初めて聞く単語なのだろう。聞きなれない外国語を、音の響きだけで語感を判断する感覚に近いのかもしれない。
ジュワジュワと音を立てながら、ポテトチップ……もとい、テイトウイモのフライは出来上がった。サティーはそれを網で掬い上げ、油を切ったあと、いつの間にかジュヴァロンが用意していた皿に盛り付けていく。
「若い子はやっぱりスナック菓子が好きなのね〜」
筒原さんは俺の背中越しに、竜族の民たちの作業を眺めていた。スナック菓子という概念なのかはともかくとして、やがて俺たちに、テイトウイモのフライが振る舞われた。
俺は腹が減っていたこともあって、誰よりも先にそれを頬張った。
「美味い!」
感嘆の声が飛び出した。食感や味は、俺の想像通りのものであったが、空腹と、料理が出来立てだったこともあり、美味さは倍増していた。
「喜んでもらえてよかったわ。有り合わせでごめんね」
「充分美味いよ、ありがとうな」
「コタロウくん、美味しいかい? ほら、ばあちゃんの分も食べなさいな」
「私もダイエット中なの。空野くんが全部食べなさい」
筒原さんはがダイエット中だというのは初耳だ。脂っこいものが苦手なのか、異世界の食べ物は口にしたくないと思っているのか。もし後者なら、その考えを改めたほうがいい。俺たちは元の世界に戻る方法がわからないうちは、この世界で衣食住をこなしていかなければならないのだから。
結局、テイトウイモのフライは、俺とガークが二人で平らげることになった。ガークはさすが好物なだけあって、ガツガツとむさぼるように食べていたけれど、そんなに揚げ物を食べて太っていないのが凄い。それだけガークの活動量が多いということなのだろう。
「あんたねえ、また訳のわからない事例を拾ってきたの? ホント、勘弁してちょうだいよ!」
「いやいや筒原さん、全然訳わかんなくなんかないっすよ。俺たちが相手する対象が、人間からドラゴンに変わっただけっす。認知症の老人の周辺症状が酷いから、身体拘束をされてて、それを俺たちでいい方向へ導きましょうって考えればいいんすよ」
「言葉にすれば簡単に聞こえるけど、じゃああんた、そのドラゴンとやらの世話をしたことがあるっていうの!?」
ガークと一緒に事業所に帰った俺は、筒原さんにこれまでのいきさつを説明した。挙句がこうだ。話し終えると、筒原さんの目が三角になって、途端にプリプリと怒り始めた。筒原さんは頼れる上司だけれど、自分のキャパを超えたイレギュラーが降りかかってきたとき、途端にテンパってしまうのだ。
この世界に自分たちがいることのほうがよほど『自分のキャパを超えたイレギュラー』であるように思うが、彼女が突然怒り出した要因にはそれも少しは含まれているのかもしれない。
筒原さんのいう、訳のわからない事例を拾ってくるのは、彼女曰く、俺の得意技だそうだ。元の世界でも、俺は事業所の近所に住んでいた独居老人のもとを訪問して、一人だけで暮らすのは困難だと判断して、こもれびの杜からヘルパーを派遣できるように動いたことがあった。あのとき、筒原さんは結果的にえらく喜んで俺を褒めてくれていたけれど、やっぱり最初はテンパっていた記憶がある。地域包括に話をするのが先でしょう! とか、ただでさえ日々の業務で忙しいのにとぼやきながらも、結局は俺の代わりにいろいろ処理をしてくれたんだっけ。
「すまない、オレが無理を言ってしまったようだな」
長老の元を離れたあと、ガークの態度が随分と柔和したように感じる。つい先ほどまでは『我』と高飛車な言葉遣いをしていたくせに、一人称まで変わっている。それはきっと、自分の素をみせたことにより、後継者としてのプレッシャーだとか、自分はこうあるべきだという観念が小さくなったからだろう。
「あら〜、いいのよ〜。おばさん、ガークくんの頼みならなんでも聞いちゃう!」
筒原さんは黄色い声を出してガークに言った。ガークは俺の後ろでぺこりと会釈をする。
「あらあらまあまあ、外はそんなに暑いんですか? 裸のおにいちゃん」
ばあちゃんがパーテーションの奥から顔を覗かせて目を丸くしている。俺は噴き出しそうになって、歯を食いしばりながら唇をもごもごと動かした。きっと筒原さんが一人で七色変化の声を出しているので、何事だろうとばあちゃんは思ったのだろう。
「ばあちゃん、大丈夫だよ。あれはあいつの普段の格好なんだ。……民族衣装みたいなもんかな」
「ありゃ、そうなのかい? コタロウくん、わたしたちはいつ外国に来たんですか? 飛行機なんて乗ったかしらねえ」
「ガーク、ばあちゃんはほっといていいから」
「あ、ああ」
ガークは若干戸惑っているようだった。少し前に出会ったばかりだというのに、まるで初対面かのように振る舞われたことに対する困惑だろうか。
俺たちは勢揃いで竜族の集落に赴いた。とりあえずはガークの客人だということにして、俺、ばあちゃん、筒原さんはガークの後ろについて集落の中に足を踏み入れる。
「あっ、ガークにコタローくん、おかえり!」
一番はじめに俺たちに気づいたのは、サティーだった。彼女のそばには井戸があって、そこから水を汲んで野菜を洗っていたようだ。足元に置いてある木桶には、じゃが芋によく似た根菜が土を洗い流されて入っていた。
「これはテイトウイモというんだよ。煮ても炒めても、蒸しても美味しいの」
俺の視線に気づいたサティーが説明してくれる。どう見てもじゃが芋にしか見えないが、この世界ではテイトウイモという名前なのだろうか。
「まあまあ、ご立派に育ちましたねえ。このじゃが芋さん。あなたが収穫したんですか?」
「じゃが……いも?」
サティーは助けを求めるようにガークを見る。
「ああ、俺たちがいた世界では、これをそう呼んでいたんだ」
ガークの代わりに俺が答える。その途端、俺の腹の虫が大きくなった。
「コタロー、腹が減っていたのか?」
ガークに問われて、俺は顔が火照るのを感じた。
「しばらく何も食ってなくてさ……」
「サティー、コタローにテイトウイモを食わせてやろう」
「賛成! じゃああたし、準備してくるね」
サティーは木桶を持って立ち上がると、集落の奥へと歩いていった。
この集落では、二十人ほどの竜族が住んでいるという。一族がまとまって住む場所としては比較的小規模だそうで、純粋な竜は長老を含めて四匹、他はロイメンとのハーフだという。
ハーフの竜族も、その体に流れる血の濃さに違いがあり、竜に近い見た目と、人間に近い見た目の者がそれぞれ存在しているらしい。とすると、ガークとサティーは、人間寄りの血が多く流れているということだろう。
サティーが駆けていったほうに、俺たちもついていった。住居が立ち並ぶ一角を通り過ぎると、簡易的な屋根の下にかまどが四基設置してあるのが見えた。かまどの周りには人型の竜族が群がっていて、俺たちが近づくと一斉にこちらを振り向いた。
「ようガーク。お客人かい?」
その中の一人が、ガークに向かって声をかける。彼らは一様にガークと同じような格好をしていることから、やっぱりあの装いは民族衣装といってもいいのかもしれない。なんとなくだが、みんなガークよりは年上に見える。
「ああ。訳あって、我が集落に招いた。すこしのあいだ滞在することになる」
「お前がロイメンをここに入れるなんて珍しいな」
そう言った竜族の男は、竜の形をした頭を持っていて、全身が灰色の鱗に覆われていた。彼は衣類を身に纏っておらず、竜が二足歩行で立っているかのようだ。指のあいだには水かきのようなものがついている。
「ジュヴァロンさん、かまどをひとつ借りてもいいかしら」
サティーが彼に話しかける。ジュヴァロンと呼ばれた男は「おっと邪魔だったな、すまんすまん」と頭をかき、かまどの前のスペースを開けた。
見た目は怖そうだけど、実際に話してみると気さくで優しそうな人(この場合、人という表現はおかしいかな)だなと思った。
サティーはかまどに隣接している調理台に、テイトウイモをゴロゴロと置いて、薄くスライスし始めた。その間にガークが鉄鍋をかまどの上に置き、中に油を注ぐ。集落に住む人たちは、ここを厨房として共同で使用しているようだ。調理台の上には、柱から柱に伝うように細長い木の棒がかかっていて、包丁や鍋などの調理器具が吊るされている。おそらく、薪を割るためのものだと思うが、刃の大きな斧まで吊り下がっているものだから、なんだか物騒だ。もし小競り合いなんて起きたら、この包丁や斧が武器になってしまいやしないだろうか。……と考えたところで、今までにそんなことが起こったのなら、すでにこんな誰でも取れるようなところに凶器は置かないかと思い直す。
「あらあら懐かしいわねえ、かまど」
俺の腰のあたりで、ばあちゃんの声が聞こえた。
「あ、ばあちゃん!」
俺の制止もきかずに、ばあちゃんはすたすたとサティーとガークの方へ近づいていく。
「今の時代に、こんな代物が現役であるものなんだねえ。近頃はやれガスだの電気だのと色々便利になってしまって、若い子達はこんなもの使わないと思っていたけど……世の中わからないもんだねえ」
えらく感慨深げにしみじみと言う。鍋に油を入れたガークは、そのまましゃがみ込み、大きく息を吸った。
「あれあれ、裸のお兄さん、何をしているんですか。息を吹き込む前に、火をつけないといけませんよ!」
「ばあちゃん、大丈夫だよ、多分」
ガークが勢いよく息を吐いた瞬間、焚き口に積まれていた薪に、ゴウッと火がつき始めた。
「あれまっ!」
ばあちゃん、目を白黒させている。目の前にいるすこし変わった「裸のお兄さん」が、深呼吸をしただけで火の手があがったのだから、そりゃあ驚くだろう。ばあちゃんは、ガークのことを純粋な人間だと思っているだろうから。
とはいえ、火おこしもせずにメラメラと火が湧き立っているさまを見ると、俺も『異世界』にやってきたんだなあと改めて思い知らされる。きっとこの先、元いた世界の事象や原理では説明もつかないようないろんなことが待ち受けているんだろうな。
竜族の息吹がおこした火は、俺たちが扱うようなものとは違い、威力の強いものだった。その証拠に、ものの数十秒で油が熱され、ポコポコと音を鳴らし始めた。
透かせば向こうの光が見えるほどに薄くスライスされたテイトウイモを、サティーは鍋に落としていった。いわゆるポテトチップスだろう。
「テイトウイモはこんなふうに薄くスライスして揚げて、塩をふって食べると、とっても美味しいのよ。片手でも食べられるし、手軽にエネルギーがとれるから、ガークの好物でもあるの」
「似たような料理を知ってるよ」
「まあ! 偶然だね!」
似たようなも何も、同じ料理だ。「俺たちの世界では、ポテトチップスって呼んでる」
「なんだか可愛らしい響きね」
「そうか?」
俺たちは当たり前に使っているけれど、サティーにとっては初めて聞く単語なのだろう。聞きなれない外国語を、音の響きだけで語感を判断する感覚に近いのかもしれない。
ジュワジュワと音を立てながら、ポテトチップ……もとい、テイトウイモのフライは出来上がった。サティーはそれを網で掬い上げ、油を切ったあと、いつの間にかジュヴァロンが用意していた皿に盛り付けていく。
「若い子はやっぱりスナック菓子が好きなのね〜」
筒原さんは俺の背中越しに、竜族の民たちの作業を眺めていた。スナック菓子という概念なのかはともかくとして、やがて俺たちに、テイトウイモのフライが振る舞われた。
俺は腹が減っていたこともあって、誰よりも先にそれを頬張った。
「美味い!」
感嘆の声が飛び出した。食感や味は、俺の想像通りのものであったが、空腹と、料理が出来立てだったこともあり、美味さは倍増していた。
「喜んでもらえてよかったわ。有り合わせでごめんね」
「充分美味いよ、ありがとうな」
「コタロウくん、美味しいかい? ほら、ばあちゃんの分も食べなさいな」
「私もダイエット中なの。空野くんが全部食べなさい」
筒原さんはがダイエット中だというのは初耳だ。脂っこいものが苦手なのか、異世界の食べ物は口にしたくないと思っているのか。もし後者なら、その考えを改めたほうがいい。俺たちは元の世界に戻る方法がわからないうちは、この世界で衣食住をこなしていかなければならないのだから。
結局、テイトウイモのフライは、俺とガークが二人で平らげることになった。ガークはさすが好物なだけあって、ガツガツとむさぼるように食べていたけれど、そんなに揚げ物を食べて太っていないのが凄い。それだけガークの活動量が多いということなのだろう。


