「コタロー、オマエ、昨夜は寝ずの番をしてくれたのだろう」
「ああ、まあな」
「今宵はオレにやらせてくれ。まあ、なにかあったときには、助けを求めるかもしれないが」
 じいちゃんの家も出来たことだし……とガークは続けた。日も暮れると、各々が行なっていた作業も一段落して、アヴァリュートは早速完成したばかりの小屋の中に入っていった。その光景を見た俺が、犬が犬小屋の中に入って丸くなって寝ている様子を連想したのは内緒だ。

 夕食は、作業を手伝ってくれた竜族と一緒に、みんなで食卓を囲むことになった。各々が集落から持ち寄った料理が並び、昨日のレトルトの牛丼とは打って変わって、目にもにぎやかな食卓となった。
 竜族の料理は、揚げ物が多いように感じた。魚も肉も、メインディッシュは大体衣がついて揚げられている。
「生ものにはしっかり火を通す必要があるし、民たちの好みに配慮すると、どうしてもこういったものが多くなるんだ」と、ガークが教えてくれた。彼は昨日の牛丼にがっついていたから、別に揚げ物じゃないものが嫌いなわけではないのだろう。
「魚や肉はどうやって手に入れるんだ?」
「町に行って商人から購入したり、狩猟をしたりしている。サティーの隣に座っているウェイドなどは、率先して狩りに行ってくれているよ」
 ガークが顎でしゃくったところにいたのは、サティーの隣で魚のフライを人数分の取り皿に取り分けている人型の竜人だった。見た目は、ガークと同じくらいの歳か、それよりも少し幼く見える。傷の多いやつだと、俺は思った。右目の下に斬ったような跡があり、胸元から腹にかけては、ちょうどバツ印に見えるような大きな傷跡も目立っている。ガークと同じような衣装を纏っているが、彼は二の腕に包帯を巻き、さらには拳にもバンテージのように白い布が巻き付けられていた。
「ウェイド」
「はいっ!」
 ガークに呼ばれて、ウェイドはぴょこんと顔を上げた。緑色の丸い目がガークと、そして俺をとらえる。張りのある声とキリッと整った眉からは、彼の実直そうな性格が垣間見えた。
「コタローに挨拶を」
 ガークに命じられて、ウェイドはぐるりとテーブルを周り、俺の元へとやってきた。ちなみにテーブルや椅子は、アヴァリュートの小屋に使った木材の余りで作ってくれたものだった。
「コタロー様、申し遅れました。ウェイドといいます。ぼくは武術を心得ておりますので、集落では護身や狩りなどを担っておりますっ!」
 真面目で明朗な若者、といった第一印象だった。
「俺は空野虎太朗。訳あって、この森で暮らすことになったロイメンだ。ウェイドくん、よろしくな」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
 ガークとサティー以外の、アヴァリュートの解放に賛同した五人の竜族のうち、三人の名前は明らかになった。最初に顔を合わせたときに互いに自己紹介をしないのかと、今になって俺は疑問に思ったが、竜族とロイメンでは、しきたりが違うから、それが関係しているのかもしれない。
 俺はまだ名を知らない残り二人の竜族を見る。
「アイツらは、ザンドラとジュヴァロンの息子たちだ」
 ガークに耳打ちをされる。ザンドラの息子はジロ、ジュヴァロンの息子はライナというらしい。言われてみると、たしかに二人とも、親に似ている気がしなくもない。
「オレと同世代のヤツらだ」
「ぼくはガーク様より、二百年あとに産まれています」
 実際の年齢を言われると混乱してしまうから、見た目だけで判断して、人間のそれに当てはめると、ガーク、ジロ、ライナは高校生から大学生くらいでウェイドは中学生から高校生くらいの立ち位置と解釈しておこう。
 俺は並んで座っているジロとライナの近くにいった。
「ジロくんとライナくんだよな。いま、ガークに君たちの名前を聞いたんだ。自己紹介が遅れてすまない。聞いているかもしれないが、俺はロイメンの空野虎太朗だ」
「うん、知ってる」
 顔を上げてそう言ったのは、ライナだった。父と同じ灰色の皮膚に竜の頭をもっている。目は黄色い。「長老のお世話をしてくれるロイメンだって、ガークや父さんから聞いた」
「おい、ライナ、馴れ馴れしすぎるぞ」
 慌てたように咎めたのは、ジロだった。切れ長の三白眼が、俺とライナの顔を交互にとらえる。「コタローさん、すみません」
 初対面から馴れ馴れしいのも、ウェイドのようにあまりガチガチにかしこまられても、俺が困る。ライナの態度に、俺はとくになにも思わなかったが、ジロはなんだかビクビクしているようだ。父親とちがって、思慮深い性格なのかもしれない。
「俺は全然気にしてないよ。敬語を使われるのは苦手なんだ」
「あっ、申し訳ございません!」
 ウェイドに聞こえてしまったようだ。短く刈り上げた緑色の髪をテーブルに押しつけんばかりの勢いで低頭されたので、「俺は全然気にしてないよ」と、繰り返した。

 食事が始まった。
 長方形のテーブルは、片方にガークとアヴァリュート以外の竜族が座り、それに対面するように俺たちロイメンとガークが向かい合った。
 アヴァリュートはガークの隣に切り株を置いて、そこをテーブル代わりにしている。
 料理はやはり、どれも美味かった。揚げ物ばかりで、筒原さんとばあちゃんが胃もたれしないかちょっとだけ心配になったが、魚や肉に脂質が少なかったからなのか、あっさりして食べやすかった。
 サティーが「集落の畑で獲れた、アカメトゥだよ!」と言って差し出してきたのは、やはりトマトだった。ロイメン、テイトウイモ、アカメトゥなどといったように、聞き慣れない単語がたまに飛び出すが、ナスを英語でエッグプラントといったり、怪物をモンスターと呼んだり、元いた世界でも言語によって同じものでも呼び名が違っていたから、それと同じようなものだと解釈することにした。いわば、ベリュージオン語といったところだろうか。
「コタロー、オレたちの料理は口に合うか」
「ああ、とても美味いよ。ばあちゃんも喜んでる」
 実際に喜んでいるのかはわからなかったが、俺が取り分けた分を黙々と食べているから、不味いということはないだろう。
 筒原さんも、やはり無言で咀嚼している。昨日、牛丼を食べていたときも口数は少なかったけれど、美味しくも不味くもないものを食べているとき、彼女は無言になる傾向にある気がする。
 異世界の食べ物なんて口にするものか! と思っていたとしても、元いた世界の食べ物と似通ったものが多いから、名前が違うだけでおなじ物なのかもしれない。ウェイドが俺たちに取り分けてくれた魚のフライなんかは、白身魚——それこそ、スケトウダラみたいな味がするし、テーブルの真ん中に山盛りで盛られているのは、見た目も味も、鶏肉の唐揚げそのものだった。
「うーん、コタロウくん、贅沢を言ったらバチが当たりますけれど、わたしは煮物や、焼き魚を食べたいですねえ。わがままばかりいって、あいすみません」
 ばあちゃん、皿に盛ってもらったものをしっかりとたいらげて合掌している。
「ばあちゃん、よくいうよ、全部食ってるじゃないか」
「折角頂いたものですからね。残したら失礼でしょうが。……それはそうとコタロウくん、わたしのお薬を知りませんか?」
「げっ!」
 どうしよう。ばあちゃんは、元いた世界で朝、昼、晩と毎日薬を飲んでいた。もっともばあちゃんが一人で薬の管理は出来なくなっていたから、医者からもらった処方箋を薬局に持っていって、薬を仕分けして、毎食ばあちゃんが飲めるように調整していたのは俺だ。
 正直、忘れていた。ベリュージオンに来たどさくさに紛れて、ばあちゃんの体調のことを気にかける余裕がなかった。……これは、言い訳になってしまうのだろうか。
 業務だったらありえないミスだ。
「ばあちゃん……、薬は、ないんだ……」
 口の中がカラカラに乾いて、心臓がばくばくと波打っている。ばあちゃんが普段飲んでいる薬は、血圧の上昇を抑える薬、便を柔らかくして排出しやすくする薬、認知症の症状を緩和させる薬だ。今のところ、本人に特段の変化はないが、飲まない期間が長くなればどうなるかは分からない。人はいつか必ず死ぬ。順序に決まりはないけれど、歳をとっていくにつれてその可能性は跳ね上がっていく。避けることの出来ない別れが、薬を飲まないことによって早まってしまう可能性だってある。
「薬はもう飲まなくてもいいんですねえ。老い先の短いこんな老いぼれには勿体ないとずっと思っていましたから、よかったよかった」
 これだけ生きられれば、もう充分ですよと、ばあちゃんは呟いた。普段、耳にタコができるくらいに聞いていて、また言ってるよと流していたその言葉も、シチュエーションが違うともの悲しく聞こえてしまう。一日でも長く生きていてほしいと思うのは、若いヤツだから抱くエゴなのだろうか。