ーーー 今日も今日とて、2人並び綺麗な河川敷を辿る純也くんと、三葉ちゃん。話の種は、体育の時間の私の功績を称えるもので、なんだか心が軽くなって、宙も飛べそうな気分だ。まぁ、実際飛べる訳だけど。

そうして2人は、思い出と、私の思念がおそらく一番根強く残っているであろう河川敷へと、2人は惹かれるようにして辿り着く。

2人並び座り、とある小説の感想会を開催する。これが、2人を繋いだ目に見える絆であり、恒例行事だった。そして、私もまた、純也くんを挟むようにして、その感想会に参加する。

本日の議題の物語は、私の読んだことのない物語で、凄く興味を惹かれていた事もあって、2人の会話には、いつも以上に敏感になっていた。

だからこそ、2人、主に三葉ちゃんの醸し出す言葉の節々に、その色に多少の違和感を覚えた。

それは、2人の会話が進むにつれて、解明されていった訳だが、私のずっと思い描いていた2人の未来が、もう少し時間がかかるであろうと思っていた未来が、三葉ちゃんの一言により、急接近するとは思ってもいなかった。

「純也はさ、好きな人いるの?」

それは、物語を決定づけるには充分な言葉だった。

その一言で、純也くんの心が大きく揺らいだ事は、心を覗けなくとも、簡単に察する事は出来た。

ここが大きな境界線となりそうだ。さて、純也くんはどう答えるだろうか?

「それ、言い方、変えているっていうか、もう、質問の内容が、まるっきり変わってるじゃん」

純也くんは、有耶無耶にしようと、斜めの切り返しをする。

「あー、そうやって、誤魔化そうとするという事は、好きな人居るって事じゃん! まぁ、私にも好きな人は居るんだけどね〜」

流石の三葉ちゃんだ。それもそのはず。三葉ちゃんだって、勇気を振り絞って、遠回しに好意を伝えようとしたんだ。ここは簡単には引き下がれないだろう。

「え?」

「何よ! その、え?って、私が恋しちゃいけないの?」

「違うよ! 僕は、ただ………」

「ただ?」

そんな三葉ちゃんに乗せられるように繰り出した返答は、きっと衝動的に出たものだろう。さてさて、ここで退くのかい?純也くん。

うん。そうだ。多分、純也くんは、ここで簡単には気持ちを打ち明けたりしないだろう。

そうさせたのはきっと私で。純也くんにとっては、告白というその一歩は、誰よりも大きな意味を持ち、同時にトラウマに近いしこりを残しているはずだから。

「ただ、僕は………。三葉の事が好きだから。少し。ううん。かなり、寂しいなと思って………」

………え? そこで私は気づかされた。ううん。気づかないフリをしていたと思い知らされた。

純也くんがその言葉を口にした刹那、胸の奥が、強く圧迫されるような感覚、そして冷たいはずの肌が発熱するような感覚。

それが痛みだと言うのなら、私はすっかり落ちていたのだと思う。

早く私という過去から脱却して欲しい、その願いと同居していた、叶わぬ恋の痛み。

「180ページ」

「え?」

三葉ちゃんの返答は? 私は息を呑んだ。しかし、返ってきたのはそんな短い、告白の返事としては、意味の持たないような物だった。

三葉ちゃんはそれだけ言い残すと、河川敷を下り河岸の方へ下っていく。

残された純也くんは、その言葉だけを頼りに、手に携えた小説をペラペラと捲っていく。

そして示された180ページ。そこには、一枚の小さな紙切れが挟まっており、私は純也くんの顔の横から、その紙切れに書かれた言葉に視線を落とした。

【好き】

それは紛れもなく、三葉ちゃんからの愛の告白で、この場至っては、純也くんへの告白の返答となった。

純也くんは、力が抜けたようにそのメモ用紙に暫く目を奪われて、河岸で水を掬い、宙に振り撒いている、三葉ちゃんの後ろ姿を捉える。

その頬は赤く染まっており、まだ何処か、信じられないといった様子だった。

私は、チクチクと針で刺さられるような胸の痛みを隠すようにして、その純也くんのうぶな表情を覗きこんだ。

あぁ。もう、大丈夫なんで。もう、私は必要ないんだね。そう悟った私は、寂しさよりも温かくなる心に気づく。

それは、純也くんの浮かべている呆けた表情の中にある、小さな幸せの芽生えを受け取ったから。

だから、私も。次へ向かおうと強く誓って、それでもあと少しだけ、その純也くんの表情を見ていたかった。

そんな物思いに更けていると、自然と心の痛みも消えていて、最後に残ったのは、心からの祝福を込めた微笑みだけだった。