ーーー 本当は嬉しかった事を覚えている。あの日、純也くんに告白されて、恋愛とかそんな云々の感情ではなく、誰かに愛されているという実感が、たまらなく嬉しかった。

だから、そんな温かい気持ちに甘えるように、そんな純粋な心を傷つけないように、曖昧な返答をしてしまった。

でもそんなエゴの塊が、ここまで、純也くんを傷つけてしまうとは、呪いのように住み憑いてしまうとは。

心底後悔をした。あの日。事故に巻き込まれて。路上に広がる鮮血と、コンクリートの冷たい灰色を、薄れゆく視界の中で捉えながら、最後に浮かんだのは、そんな、純也くんへの懺悔。ただ、それだけだった。

今は眠ることはできない。あの日、私の人として生はそこで幕を下ろした。それでも、この魂だけは、まだ私を続けようとしていた。

魂だけの存在。肉体は無く、形として生前の私を保っているだけの存在。

そう。所謂、幽霊という存在に、私はなってしまっていたのだった。

目を腫らし、疲れ眠る純也くんの頭をすり抜けるこの手の平では、純也くんを慰める事はできない。

哀しみは時間が解決してくれる。私もそう思っている。でも、この瞬間、確かに純也くんは、失意という物の渦中を漂っていて、それを見守る事しかできないこのもどかしさが、眠るという選択の取れない私に、一時の有余もなく押し寄せてくる。

初恋という呪い。そんな置き土産を遺してしまった純也へ、届かない声で「ごめんね。ごめんね」と何度も何度も謝罪する。無論、それが罪滅ぼしになる事はなかった。

あの告白から3年。20歳という大きな節目を前に私は死んだ。その3年の間に変わらなかった純也くんから向けられる想いは、何も変わること無く、これからも続いていってしまうのだろうか?

そんな心配は、容赦なく現実となって降り注いだ。

あの日から、純也くんは心を閉ざしてしまい、中学に上がったばかりで、思春期真っ只中のクラスメイトの中で、明らかに1人浮いた存在となっていた。

結局、純也くんには、中学時代、友人というものは1人もできずに、そればかりか、家庭でも口数少なく、無気力に日常を浪費していた。

「ごめんね。ごめんね」

その度にまた、届かない声でそう呟いてしまう。もしかしたら、ふとした瞬間、奇跡が起こって、この声が届くことがあるかもしれない。

そんな風に思うことにして、私自身に言い聞かせるように、ただただ謝罪の言葉を呟く。

こんな日々がこれからも続いてしまうのだろうか?

あの日、私が中途半端な返答をせずに、気持ちよく送り出せたなら、こんな事にはならなかったのではないか?

そんな後悔ばかりが頭を巡り、ああ、こういう奴が酷い未練を持って、留まり続け、いずれ怨霊になってしまうのでないかとか、そんな笑えない冗談を浮かべては、自分自身を呪っていた。

そうやって、大人になれない私は、変わらずに成長していく純也くんを見守り続けるのではないかと。

しかし、そんな強靭な氷は、ひとつのきっかけで、いとも簡単に溶け始めていったんだ。

そう。彼女。三葉ちゃんとの出会いによって。

太陽みたいな人。よくある文言だけど、これ程彼女を表すのに最適な言葉は見つからないと思う。

それは比喩なんかじゃなくて、ずっと純也くんの心に降り積もっていた、強靭な雪の塊だって、あっという間に溶かしてしまった。

雪解けを待って、ずっと春を待ちわびていた小さな芽に、ようやっと差し込んだ陽の光。

そんな小さな芽を育むのに、そう時間はかからなかった。

ずっと見てきたから分かる。内面が見れなくとも、言葉を交わせなくとも、視線交わることはなくとも、私には、その微妙な表情の変化にも、声の色の変化にも気づくことは出来た。

それはかつて、私に向けられてきた物だったから尚更に。

純也くんは今、恋をしている。

そう。いつか時間が解決してくれるだろうと、他人任せに手離した希望が、こうして現実となったのだ。

純也くんもきっと、それは自覚している事だろう。私から見れば、三葉ちゃんだってきっと、純也くんと同じ気持ちに違いない。

それでも、2人の歩みは、純也くんの心に積もった雪を溶かしたほどのスピード感はなく、ゆったりと一歩一歩、探り合いながら進んでいるようだった。

そんな2人を、まるでドラマを見ているのかのように、もどかしく思っていた私は、少しのお節介を焼くことにした。