ーーー「てな事があってさ。あれは結局、なんだったんだろう?」

僕らいつもの様に一度帰宅してから、私服へと着替えて、再び合流したのち、恒例の感想会へ向かう道中、僕は体育の時間の、不思議な出来事を三葉に話した。僕の自転車の籠には、途中で買ったレモンスカッシュと、三葉のレモンティーが仲睦まじげに並んでいる。

「なぁんだ〜、水くさいじゃん! 魔法が使えるなら、そう言ってよね!」

「いや、使えるわけないでしょ。てか、多分、僕の性格的に、使えても教えないと思うし」

「じゃあさ、あれじゃない? 実は、魔法が使えたんだけど、今をまでは自覚してなくて、これを機に覚醒していくパターン!」

「だとしたら、尚更、隠し通さなきゃね。ヴィランは何処に潜んでいるか分からないし」

そんな軽口を叩き合いながら、示し合わせた訳でもなく、僕らはいつものように河川敷のコンクリートブロックに腰を落ち着かせる。

「あ、そうそう! これ、ありがとうね!」

三葉は、鞄から、一冊の恋愛小説を取り出す。これは、あの日から始まった、僕らの繋がりの形で、僕のお気に入りの小説を薦めては、こうして感想をやり取りするそんな、小説で繋がれた僕らの形。

「どうだった?」

「いやねぇ〜、もう最高だったよ! 特にほら、あそこ! ラブレターを本の間に挟んで、数年越しに気づく所! あそこは、少し切ないけど、なんか全てが動き出す瞬間じゃん! 遠回りの告白、何だか凄くドラマチックじゃない?」

そうやって、身振り手振りで目を輝かせる横顔を、何度見てきただろうか?

やっぱり、何度見てもこの瞬間に浮かぶ言葉はひとつだけだった。

そして、やっぱり毎回、言わずに終わるのだけれど。

「ねぇねぇ! 純也はさ、どんな告白がお好み?」

「え?」

すると、三葉はそんな僕の心情を見破ったかのような問を投げかけてくる。

「ど、どんなって………。急に言われても………」

「う〜ん。じゃあさ、少し言い方を変えてみようかな。純也はさ、好きな人いるの?」

ゴクリと唾を呑み込む音がハッキリと聞こえた。

そういえば、長らく一緒に過ごしてきて、こういう話はしてこなかった気がする。恋愛小説という繋がりを持っている癖に、僕は、その話題から逃げていたのだと思う。

「それ、言い方、変えているっていうか、もう、質問の内容が、まるっきり変わってるじゃん」

そう。この瞬間も同じで、僕は、衝動的に話を逸らそうとしている。

「あー、そうやって、誤魔化そうとするという事は、好きな人居るって事じゃん! まぁ、私にも好きな人は居るんだけどね〜」

「え?」

そう。ずっと逃げてきた理由は2つ。気持ちを伝えて、拒絶させる事が恐かったから。そして、三葉に想い人が居ると知ってしまえば、僕は、今まで通りに、三葉と接する事が出来なくなると思ったから。

「何よ! その、え?って、私が恋しちゃいけないの?」

「違うよ! 僕は、ただ………」

「ただ?」

何を言うつもりなのか、多分、半ば、玉砕覚悟の諦めだったのだと思う。

三葉に、想い人が居ると知った今、もう、それ以上に恐れるものは無いと思ったんだ。

「ただ、僕は………。三葉の事が好きだから。少し。ううん。かなり、寂しいなと思って………」

僕は、顔を見ることは出来ずに、三葉から受け取った小説に目線を落としていた。

すると、隣から、砂利の踏む音と共に、三葉が立ち上がる空気の変化が、ひたりひたりと肌に纏わりついた。

あぁ。終わりだ。このまま、また僕は1人。この場に取り残されるのか。

そんな悲壮感という暗雲が徐々に胸中に広がり始めたその時だった。

「180ページ」

そう真上から降り注いだ三葉の声。

「え?」

僕は、慌てて三葉を見上げようと顔を上げるものの、三葉は、河川敷を下り、河岸の方へと走り抜けていく。

「ちょっと待って!」

そんな僕の静止すら耳に届いていない様子の三葉。

僕はただ、残されたたったひとつのキーワードに導かれるように、小説を開く。

示された180ページ。そこへ辿り着くと、そこには、一枚の小さく切られたメモ用紙が挟まれている。

僕は、そのメモ用紙を手に取り、そんな小さなメモ用紙に書かれた、大きな2文字を視界で捉えた。

【好き】