ーーー それから、三葉との関係は、比較的平和に築かれていき、今ではこうして、登校、タイミングが合えば、下校も一緒にするようになった。

僕は自転車で登下校しているが、徒歩で登下校する三葉に合わせて、三葉と合流するであろうタイミングで、自転車から降りて、押して歩くという事が日課になっていた。そう。それが当たり前となって、僕はそれを待ち望むようになっていた。

「あ! てか、今日って朝から古文だよね? やってしまったぁ! 課題をやり忘れたぁ!! うわぁぁぁん!ちらっちらっ」

そう擬音を声にして、それに合わせるように、僕に視線を向けてくる三葉。

「分かったって。そんなあざとくしなくても、見せてあげるって」

「本当!! もう! 純也、大好き!!」

「貸しだからね」

「ちっさ!」

こんな軽口を叩きあえる仲にはなったものの、不意に向けられるその「好き」という言葉に、意味はないと分かってはいるけれど、ドクリと心臓をひとつ弾ませてしまう。

そんな照れを隠すように放った言葉に、三葉はまた笑ってくれる。

それがとても心地よかった。

「キャッ!!」

その瞬間、三葉は急に可愛らしい悲鳴を上げたかと思えば、僕の腕にしがみいた。

「わぁ! ど、どどうしたの? 」

急な展開に情けなく取り乱してしまう。バランスを崩し、自転車を倒しそうなりながらも、何とか持ち堪える。

「虫! 虫が私の肩に!!」

半泣きになりながら左肩を僕に向ける三葉。そこには確かに、バッタがピタリと張り付いている。

「なんだ………びっくりした……」

僕は、ホッと胸を撫で下ろすと、三葉の肩についたバッタを掴み、茂みの方へぴょんと投げ下ろす。

「もういない!? もういない!?」

「大丈夫! 大丈夫! もう取ったから!」

三葉の強くしがみつく左腕の感覚はもう既にない。それは痛みからではなく、精神的な部分が作用しているようだ。

このドキドキと速くなる鼓動がそうだと僕に告げているのだ。

「あ、ありがとう〜。純也は私のヒーローだ〜」

「分かった! 分かったから、もう離れてよ! みんな見てるよ!」

これ以上は身が持ちそうにないので、そう突っぱねてしまった。

「あ、ごめんごめん!」

三葉もその現状にようやっと気づいたようで、気まずそうに僕の腕から離れていく。

離れていったはずの僕の左腕には、まだ温もりが残ったままだった。

ーーー 4時限目。男女分かれての体育の授業中。

今朝の怒涛なラブコメのようなシチュエーションが、時間の経った今でも脳裏に浮かんでは、僕の思考を停止させていた。

それだけじゃない。今朝の夢。それもまた、僕の日常を奪うには充分だった。

好きだった人。現在進行系で好きな人。ここは密に関係しているといってもいい。

女々しくも、三葉という人に出会って、この気持ちを育むまで、僕の心には、初恋がずっと居座り続けていた。

きっと、1人では、振り切る事のできなかった。強く根を張る想い。それを溶かしてくれた三葉。

もし、三葉が居なければ、あの日、声をかけてくれなければ、あの日、あの場所に行かなければ。

そう思うと怖くなる。とても。とても怖くなる。

そんな思考を巡らせ、ボーッと突っ立ている僕の意識を、現実へと返したのは、クラスメイトの「純也!」「危ない!」そんな鼓膜を刺す声をだった。

「え?」

僕は声のする方向へと顔を向ける。サッカーの試合中。ボーッとしていた僕に向かってくる天罰。

このままでは危ない。真っ直ぐに僕に向かってくるボール。しかし、驚くほど頭は冷静にそんな事を考えている。

頭は冷静。それでも、体に司令を送ることはない。まるで石像のように硬直してしまう。

ああ。ぶつかるな。それでも尚、冷静な頭は、申し訳程度に、瞼を閉じるように司令を送り、ぶつかる寸前で僕は目を閉じた。

…………? それかは数秒。もう、ボールは到達していてもおかしくないはずだが?

僕は恐る恐る瞼を開ける。

そして、眼の前に広がった光景は、安堵したかのように、笑みを浮かべるクラスメイト達の姿と、コロコロと僕の右側、数メートル先で転がっているサッカーボール。

どうやら、僕は助かった? らしい。

痛みもなければ、触れた感触もない。ただ腑に落ちない。

明らかに僕に向かって飛んできたはずのサッカーボール。勢いは避けきれないと思うほどだったはず。

そんなボールが、何らかの影響により、急激に導線を変化するとは考えにくい。

そよ風程度の風しか吹いていない。ボールにかかったスピン?それにしても、ほぼ直角に曲がるスピンなんて、アニメや漫画の世界の話だろう。

考えられる可能性として、ぶつかる直前に、誰かの手が加わり、物理的にボールの導線を変化させたという事。

しかし、僕の周りには、そんな事を行えるような人物は、距離的にも考えられない。

魔法? そんな突飛な解答にしか導けない、そんな不思議な体験だった。