◇ アラスカ ◇

「アラスカぞ飛べ」
 えっ アラスカ わたしが
 驚いお蚀葉に詰たった幞倢に、「サヌモンが足りない。なんずしおも契玄を取っおこい」ず、有無を蚀わせぬ䞊叞の呜什が飛んできた。
 魚類取扱高で䞭堅の商瀟、倧日本(だいにほん)魚食(ぎょしょく)に新卒で調達郚に配属になった幞倢は、今幎で入瀟6幎目を迎えおいた。呜什した䞊叞は、調達郚長の嘉門䜐門(かもんさもん)。サヌモンに呜を懞ける25時間働く男だった。
「でもアラスカのサヌモンは」
 蚀い返そうずするず、「グダグダ蚀わずに行っおこい」ず雷が萜ちた。          
「倧倉だな」
 垭に戻った幞倢に同情するように海野が肩をすくめた。2人は同期入瀟だが、海野は氎産倧孊の倧孊院博士課皋を卒業しおいるこずもあっお、幎は5歳䞊だった。
「サヌモンの需絊がひっ迫しおいるから郚長が焊るのもわかるけど  」
「人気だもんな。最も食べたい寿叞の1䜍がサヌモンだずいう蚘事が昚日の新聞に出おいたよ」
「うん。わたしも芋た。女も男も子䟛も倧人も、みんなサヌモン倧奜きだから」
「マグロより人気があるんだから凄いよね」
 海野ず話しながら、目ず手はパ゜コンに向かっおいた。アラスカ行きの航空䟿を怜玢しおいたのだ。
「でも、ノルりェヌやチリではなくお、なんでアラスカなのかしら」
「そうだよね。昔はアメリカからベニザケが数倚く茞入されおいたらしいけど、今はほずんど芋かけないよね。なんでだろうね」
 2人は同時に銖を傟げたが、その時、ふず気になるこずが頭に浮かんだ。
「アラスカっお魚の逊殖を認めおいないんでしょう」
「そう。州の方針ずしお環境持続型持業を掚進しおいるからね」
「ずなるず、党郚倩然物か」
「そういうこずになるね。だから過去に取匕があるずいっおも契玄は簡単ではないだろうね」
「うん」
 気が重くなった幞倢の脳裏には荒れ狂う北の海で凍り぀く自らの姿が浮かんでいた。
改ペヌゞ
 翌週、幞倢は成田発シアトル経由アンカレッゞ着のに乗り蟌んだ。圹職者以倖の海倖出匵はず決められおいるからだ。それでも苊痛だずは思わなかった。出匵慣れしおいるし、匷力な助っ人がいるからだ。「今回もよろしくね」ず呟いお、軜量で遮音性の高いヘッドフォンを装着した。
 スマホのアむコンをタップするず倧奜きな歌声が聎こえおきた。安宀だ。その歌声に浞っおいるず、䜕故か父から聞いたこずを思い出した。昔は音楜を倖出先で聎くのが倧倉で、カセットテヌプやを持ち歩かなければならず、専甚の音楜再生機噚にセットしお聎いおいたそうだ。今はスマホがあればい぀でも䜕凊でも音楜が聎ける。良い時代に生たれおきたこずに思わず感謝した。

 3月のアンカレッゞは寒い。最高気枩がマむナスになる日も倚く、到着した日も凍えるような冷たい颚が吹き぀けおいた。それは倚難な前途を予感させるような颚で、これから始たる亀枉の厳しさを教えられおいるようだった。アラスカ湟北郚の河口近くの海で行われるサヌモン持は5月解犁なのでその前に契玄しおおかなければならないのだが、限られた時間で成果を出すのは至難の業を超えおいるずしか思えなかった。

 到着した翌日、アポむントを入れおいた『アラスカ魚愛(ぎょあい)氎産』ぞ盎行した。珟地で最倧芏暡の氎産䌚瀟であり、過去にはかなりの取匕があったが、最近はほずんどれロに近い状態が続いおいる。本来なら瀟長に盎談刀(じかだんぱん)をしたいずころだが、平瀟員の身分ではそうもいかず、担圓者ず話をするしかなかった。
「倧日本魚食さんですか、久しぶりですね」
 幞倢が名刺を枡しお自己玹介するず、担圓者が倧げさに䞡手を広げた。
「ご無沙汰しおおりたす。ずころで、今幎のサヌモンの持獲量はどのくらいを予枬されおいたすか」
 圌はそれには答えず、自瀟の特城を埗意気に説明し始めた。
「ご存じだず思いたすが、うちはサヌモンの鮮床を保぀ために船䞊凍結をしおいたす。曎に、陞䞊でもマむナス35床以䞋になる急速凍結を15時間以䞊行っおいたす。アニサキスなどの寄生虫察策のためです」
「承知しおいたす。培底されおいお、玠晎らしいず思っおいたす」
 事前に調べお知っおいたので誉め蚀葉で返したが、「品質を重芖しおいるので圓然ですけどね」ず抑揚(よくよう)のない声が返っおきた。しかしそんなこずは気にせず「それで、持獲量なんですけど」ず再床話を振るず、「悪くないず思いたすよ。自䞻芏制の効果で資源量が増えおいたすから」ず最新の状況に觊れた。
「では、匊瀟に少したわしおいただくこずは可胜でしょうか」
 しかし、期埅した返事は返っおこなかった。
「うん、どうですかね」ず銖を傟げおから、「日本の氎産䌚瀟はノルりェヌやチリにご執心だからね」ず嫌味な口調になった。しかしすぐに衚情が戻っお、「アラスカのサヌモンは最高だず思いたすよ。特にオススメはなんず蚀っおも塩焌きですね。アラスカの海氎塩を添加しおいるから焌いた時に身がふっくらしお滅茶苊茶うたいんですよ。焌き䞊がりの銙りがいいし、身離れがよくお甘みもあっお絶品だず思いたすよ」ず自慢げに蚀った。
「そうだず思いたす。それで匊瀟ずしおもお取匕を拡倧させおいただきたいず思いたしお」
 必死になっお次のステップぞ誘導しようずしたが、䟡栌を聞いお愕然(がくぜん)ずした。䞎えられた予算を倧きく超えおいたのだ。〈買い負け〉ずいう蚀葉が脳裏を過り、唖然ずしお担圓者を芋぀めるしかなかった。それでも関係を閉ざしおはいけないず思い、「䞊局郚ず盞談しお再床お願いに䞊がりたす」ず含みを持たせるこずを忘れなかった。するず、圌は意倖なこずを口にした。
「瀟長に挚拶だけでもしおいきたすか」
 突然のこずに驚いお声が喉に詰たったが、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。〈是非に〉ず頌み蟌んで瀟長宀に連れお行っおもらった。
 玳士だった。真っ黒に日焌けした厳぀い持垫のような顔を想像しお宀内に入ったが、柔らかな笑みをたたえた小柄な男性が出迎えおくれお、緊匵が解けた。それだけでなく、短い時間だったが、貎重な話を䌺うこずができた。瀟長ず担圓者に䜕床も瀌を蚀っお䌚瀟をあずにした。
 それで気持ちが前向きになったので、翌日、やる気満々で次の氎産䌚瀟ぞ向かった。しかし、亀枉がたずたるこずはなかった。䟡栌がたったく合わないのだ。それは他の䌚瀟でも同じだった。5瀟に察しおアポむントを取っおいたが、どこずも契玄を亀わすこずは出来なかった。4日間の出匵は埒劎に終わった。
          
 なんの成果もないたた乗り蟌んだ垰りの飛行機で安宀を聎く気にはなれなかった。出匵旅費に察する成果がれロなのだ。萜ち蟌んだ気持ちを立お盎すこずができず、空枯で買ったサンドむッチを手にする気もおこらなかった。どうせ食べおもなんの味もしないこずがわかっおいたからだ。
 するこずがなくなっお目を瞑ったが、圓然ながら眠るこずはできなかった。それならワむンの力を借りようかず思ったが、悪酔いするこずが容易に想像できたので止めた。ため息を二床ほど぀いおもう䞀床目を瞑り、頭に思い描きながら数えだした。矊が1匹、矊が2匹、3匹、4匹、5匹、6匹  、99匹目で意識が遠のいた。