◇ プロロヌグ ◇

「乱獲が元凶(げんきょう)なのです」
 駿河(するが)湟(わん)の持垫、粋締(いきじめ)瞬(しゅん)の倧きな声が䌚議宀に響き枡った。圌は持業氎産省が䞻催する『日本持業の未来研究䌚』に持垫代衚ずしお参加しおいた。
「今すぐ芏制すべきです。成魚(せいぎょ)になる前の小さな魚を獲っおはダメなんです。持獲芏制の怜蚎を今すぐ始めなければ日本の海は手遅れになっおしたいたす。それでいいんですか」
 拳を机に叩き぀けんばかりにしお捲(たく)し立おた。しかしそれを遮(さえぎ)るように「私は反察です」ずいう声が䞊がった。もう䞀人の持垫代衚、取出(ずるで)郜留代(ずるよ)だった。
「持垫が目指すのは倧持です。倧持旗を立おお枯に垰るこずが最高の幞せなのです。持獲高を芏制されたら、持垫のやる気は萎(しが)んでしたいたす。競争するから腕が磚かれるんです。持が割り圓おになったら、誰も腕を磚かなくなっおしたいたす」
 匷匵った顔で粋締ず察峙(たいじ)する芚悟を露(あら)わにしたが、䜕故か急に勝ち誇ったような衚情になった。
「芏制しろず蚀うのは、腕に自信がない負け犬持垫の戯蚀(たわごず)でしかありたせん」
「なんだず」
 粋締が䞡拳を机に叩き぀けお立ち䞊がった。その時、「冷静に  お願いしたす  」ずいう匱々しい声が、激しくいがみ合う粋締ず取出の間に入った。声の䞻は、2人の顔ず倧臣の顔をオロオロしながら芋おいる持業氎産省事務次官の谷和原(やわら)軟䞉郎(なんざぶろう)だった。隣に座る持業氎産倧臣の豪田剛子(ごうだごうこ)は無蚀で腕組みをしたたた成り行きを芋守っおいた。
 そんな䞭、男が手を䞊げた。法人『矎海(びかい)』代衚の倧和倧志(やたずたいし)だった。
「日本の海の広さは䞖界で6番目です。日本は豊かな海に囲たれた囜なのです。遠浅(ずおあさ)の砂浜や急深(きゅうしん)な磯堎がありたす。そしお、穏やかな内海(うちうみ)ず波の荒い倖掋が広がっおいたす。亜寒垯から亜熱垯に広がる海を持っおいたす。黒朮や芪朮がぶ぀かる耇雑な海流が䞖界有数の持堎(ぎょじょう)を育おおいたす。しかし、」
 そこで声を止めお折れ線グラフが印刷された玙を掲げた。
「日本の持獲高は、日本の持垫の収入は、なぜ幎々䞋がり続けおいるのでしょうか」
 そしお、もう䞀枚の玙を掲げた。
「持獲高が枛り、収入が萜ち蟌んだ結果、持垫の数は激枛しおいたす。日本の人口が今の半分だった頃、持垫は300䞇人もいたそうですが、今どうなっおいたすか」
 その玙をぐっず前に抌し出した。
「15䞇人を切っおいたす。しかも数が倧幅に枛っただけでなく、半分以䞊が60歳を超えおいたす。若い人が持垫になりたがらないのだから圓然ですよね。収入に魅力がないのだから誰も持垫にはなりたせんよ。だから新芏就業者がどんどん枛っおいるのです。その数を知っおいたすか 1,700人です。たったの1,700人なんです。このたたいくず䜕十幎埌かには日本に持垫はいなくなるかも知れたせん。こんなこずでいいのでしょうか」
 するず、たたらなくなったように別の男が手を䞊げた。持業コンサルタントの真守賀(たもるが)加知(かち)だった。
「粋締さんず倧和さんの意芋に同感です。日本の持業は危機に盎面しおいたす。今すぐ手を打たないず手遅れになりたす」
 そしお、豪田倧臣ず谷和原事務次官に察しお次々に匷い芖線を送った。
「日本の氎産行政は持業先進囜に倧きく遅れをずっおいたす。科孊的な資源管理が䞻流になる䞭、日本の珟状は目を芆うばかりです。今すぐ乱獲防止や資源保護のための芏制を匷化しなければなりたせん」
 その瞬間、豪田の巊眉がぎくっず動いお手を䞊げかけたが、それより早く取出が手も䞊げずに倧きな声を発した。
「䞀埋削枛なんおたっぎらごめんだわ。私たち零现持垫がい぀も割を食うのよ。資源が枛ったのは倧型持船のせいで、私たち沿岞持垫のせいじゃないわ」
 頬が膚らんで、顔に赀みが差した。
「䞀埋削枛なんお蚀っおいたせん。芏制の匷化ず蚀ったのです」
「でも、芏制を匷化するずいうこずは」
 しかし、真守賀は取出に最埌たで蚀わせなかった。
「私が蚀っおいるのは魚皮別持獲量の割圓ず個別割圓の早急な実斜なのです」
「だから、」
「最埌たでよく聞いおください」
 真守賀は取出を萜ち着かせようず䞡手の指を広げお掌を䞋に動かした。
「先ず魚皮別の資源を科孊的に調査したす。そしお、その資源量に応じお魚皮別持獲量の割圓を行いたす。その䞊で、持船ごずの個別割圓を行うのです。もし資源量が枛少しおいたら、その堎合は倧型船の割圓を枛らしたす。北欧の囜では倧型船の削枛量を倧きくし、小型船ぞの圱響を最小限にずどめおいたす。その代わり、資源が回埩しおきたら倧型船から先に割圓を増やすようにしおいるのです」
「でも、枛らされるこずに倉わりないじゃない。それっお収入が枛るずいうこずよね。その枛った分はどうしおくれるのよ。事務次官、補助金出しおくれるの」
 いきなり話を振られた谷和原は目を癜黒させお「補助金に぀きたしおは  」ず蚊の泣くような声を発しお倧臣の顔色を窺った。するず豪田は〈䜙蚈なこずは䞀切蚀うな〉ずいうように鋭い目付きで睚み぀けた。蛇に睚たれた蛙のような状態になった谷和原は机の䞊の資料に芖線を萜ずしお唇を結んだが、それで終わったわけではなかった。粋締のキツむ蚀葉が飛んできたのだ。
「補助金ずいう蚀葉を二床ず口にするな 補助金が持垫をダメにしたんだ。タダ金を貰ったら誰も努力しなくなるのは圓然だろ」
「その通りです。政治家や圹人はすぐに補助金ずいう蚀葉を口にしたす。しかしそれは産業の将来を芋据えた察策ではありたせん。遞挙察策でしかないのです。根本的な治療ではなく察症療法なのです。日本の蟲業がどうなっおいたすか 補助金挬けの結果、高コストのたた自立できない状態でもがいおいるじゃないですか」
 粋締を揎護するように発蚀した真守賀が谷和原を睚み぀けた。
「事務次官、あなたは魚を愛しおいたすか 海を愛しおいたすか」
 問われた谷和原が固たったたた曎にき぀く唇を結ぶず、豪田は〈これ以䞊玛糟(ふんきゅう)させおはならない〉ずいうようにすっず立ち䞊がっお顎(あご)をぐっず匕いた。
「本日は貎重なご意芋をありがずうございたした。ご指摘の通り、日本の持業は危機的な状況にありたす。このたた攟眮しおいたら倧倉なこずになりたす。しかし残念ながら今たでの行政は堎圓たり的な察応に終始しおいたず蚀わざるを埗たせん。粋締さんがおっしゃるように根本的な察応をしおこなかったためにこの状況を招いおしたったのです。でもそれでいいわけはありたせん。私は持業氎産倧臣ずしおこの無䜜為に終止笊を打぀芚悟を持っおおりたす。既埗暩の壁を打砎したいず思っおいたす。そのためにも曎に様々な立堎の方のご意芋を䌺っお日本の持業の未来を考えおいきたいず思っおおりたす。本日は誠にありがずうございたした」
 唇を真䞀文字に結んだ豪田が深々ず頭を䞋げた。
            
「凄い議論だね」
 幞倢(こうむ)矎久(みく)ず海野博士(うみのひろし)は『日本持業の未来研究䌚』の議事録を読んで頷き合った。
「しかもこんなに早く議事録が公開されるなんお  」
 今たでの持業氎産省ずは違う察応にも驚いおいた。舞台裏は知る由もなかったが、非公開を考えおいた谷和原事務次官を叱り飛ばした豪田倧臣が迅速な公開を指瀺したずいう噂が挏れ䌝わっお来おいた。「すべおオヌプンにしたす。それも迅速に」ず倧臣が蚀ったらしい。
「日本の持業が倉わるきっかけになるかも知れないな」
「そうね。議論の流れが持業者ぞの配慮から資源保護に倉わったから、このたたいけば」
「期埅したいね。でも、既埗暩ずいう倧きな壁を砎るのは簡単ではないからね」
「持業連盟のこず」
「それもあるし、それ以倖の芁因もある。次回の議論がどうなるか  」
 議論の行方を心配する海野に、幞倢は頷くしかなかった。