9◇オークと魔王夫人◇
「ただいま」
「あらお帰りなさい、早かったわね。魔王どうだった?」
「まあ、大した事はなかった」
一年足らずで帰ってこれた。
確かに、思っていたよりも早いな。
勇者に抱かれた俺の子も、そんなにデカくなってない。やはり姿通りに人族の成長速度のようで安心した。
「なぁ、おい。ソイツ、勇者じゃねぇの?」
「え? ちょっと、嘘、ソレ、魔王じゃない?」
おう、二人とも正解だ。
花マルくれてやる。
何があったかを、混乱する二人に簡潔に説明した。
「こちら俺の嫁で、知ってると思うが勇者だ」
「そしてこちら、知ってると思うが八年ぶりの魔王だ」
なんやかんやと二人が言い募るが、ま、良いじゃあないか。
少しの間、一緒に過ごしてみりゃあさ。
◇◇◇◇◇
久しぶりの故郷は良いな。
嫁も居る、我が子も居る、そして、毎日同じ様でそうでもない仕事がある。
魔王には嫁も子もないが、養豚場の仕事に夢中なのか、一向に飽きる気配はない。
ウチの養豚場は、前世で両親がやっていた仕組みを踏襲してる。
まず第一に広い敷地、それに樫の木が豊富である事。
樫の木はドングリを落とすが、通年ではないから、ドングリの無い季節にはトウモロコシなどを与えている。
俺が豚だった頃に喰った配合飼料に較べりゃトウモロコシも充分に旨いが、ドングリ程じゃあない。
そして、そのトウモロコシの季節の餌は少なめにして太らせない。
そしてドングリの季節。
ここぞとばかりに、豚どもの食欲を満足させるだけのドングリを与えて太らせる。
これで最高の豚肉になる。
この養豚場のお陰で、我が村の潤いは大したものだ。
他の商売で少々コケても、村全体の潤いに揺らぎはない。
豚様様だ。
俺は魔王の事を、老いた食人鬼だと思っていた。
ガリガリの体に、落ち窪んだ眼窩、それに一人称が「儂」。
しかし、どうやら違ったらしい。
ウチの特産である豚肉料理を喰い、養豚場での充実した仕事に身を置く事で、まだガリガリだが少し肉がついて肌は艶々、見るからに回復し若々しくなりやがった。
やはり人を喰わなくても大丈夫らしいな。
「なあ、豚マン」
失礼な奴だろう?
豚の魔物の事を揶揄する時に使う言葉らしいんだが、魔王の奴、俺の事を『豚マン』なんて呼びやがるんだ。
「なんだ、ガリ魔王」
「かーっ! 魔物のクセに魔王を崇めんとは! 何て奴だ!」
マンってのは人族を意味するらしいんだ。
前世で人族やってたからか、実はそんなに嫌な気はしてないんだが、言われっぱなしは面白くないからな。
「いや、名前なんてなぁどうだって良くてだな」
「なんだ? 真面目な話か?」
割りと普段からふざけて真面目に話さない魔王にしては珍しいな。
「余所の養豚場を知らねぇから分かんねえんだが……、このドングリでの育て方、お前のオリジナルか?」
なんだよ魔王。
どうして涙目で聞きやがるんだよ。
ああ、そうさ。
この育て方は、俺の両親がやってた仕組み、当然、お前は知ってるだろうよ。
「魔王、お前は俺に、封印されていた間の不思議な、荒唐無稽な体験を教えてくれたな」
「お前以外は、誰も信じねえがな」
「長くなるだろうが、俺がそれを信じられる理由を教えてやろう。そうすれば、ドングリについても分かるだろうさ」
誰にも、嫁にさえ、明かしてこなかった俺の来歴。
何故だろうな。
魔王にだけは、明かしても良い気がした。
……いや、ちょっと違うか。
俺は、誰かに――いや、この魔王に――聞いて欲しかったのかも知れないな。
◇◇◇◇◇
俺の生は、記憶の限りで、今回で四回目だ。
分かりやすく言えば、三度生まれ変わった。
ああ、そうだ。
記憶の限りだ。
俺は滔々と、淀みなく、話し続けた。
人族だった頃の話を聞いた魔王が、何か言いたそうにしたが、俺の眼差しを見て口を閉じた。
食人鬼の癖に、聞き上手な奴だ。
最初の生、糞の役にも立たない豚の魔物だった頃。
二度目の生、「ぽーくそてー」か「とんかつ」か、献立は知らんが俺を喰らった誰かを幸せにしたと信じたい、豚だった頃。
三度目の生、俺に愛を与えてくれた二人の役に立てなかった、人族だった頃。
そして四度目の生、家族を愛し、嫁を愛し、そして、彼らに愛を与えてもらった、この、今の俺。
それが俺。
四度の生の全てが、俺の全てなんだ。
◇◇◇◇◇
「ひとつ言わせろ」
「なんだ?」
話し終わった俺は、何故か涙を流していた。
しかし、より一層の涙を流しているのは、聞き終わった魔王だった。
「お前の三度目の生、人族の頃」
魔王は、涙を拭う事などせずに言う。
「お前は、二人の役に立てなかったと言ったが、それは誤りだ」
魔王は、真摯に、俺の目を見つめて言った。
「お前が生き延びていた事を知れば、あの二人は絶対に喜ぶ。お前は生き残って、天寿を全うした。それが最も、あの二人のためになる」
「儂が言うんだ。間違いない」
そうだよな。
恐らく自分でも分かっていたんだ。
それでも、誰かにそう言って欲しかったんだろう。
しかし、俺の涙は、止まるどころか、滝のようになっちまった。
◇◇◇◇◇
数日後、魔王が凄い事を言い出した。
「なぁ、豚マン」
「なんだ」
「お前、魔王やんねえか?」
は? 俺が、魔王?
「ちょっと! それだと私が魔王夫人って事!? 世界の希望たる勇者の私が!?」
「魔王夫人、やりゃ良いじゃねえか」
「何言ってるのよ!」
凄い剣幕だな。
そりゃ、ま、そうだろう。
なんつっても、勇者様なんだから。
俺だって魔王なんざやりたくないし、もっと言ってやってくれ。
「やるに決まってるでしょうが!」
……やるのかよ。参ったな。
「ただいま」
「あらお帰りなさい、早かったわね。魔王どうだった?」
「まあ、大した事はなかった」
一年足らずで帰ってこれた。
確かに、思っていたよりも早いな。
勇者に抱かれた俺の子も、そんなにデカくなってない。やはり姿通りに人族の成長速度のようで安心した。
「なぁ、おい。ソイツ、勇者じゃねぇの?」
「え? ちょっと、嘘、ソレ、魔王じゃない?」
おう、二人とも正解だ。
花マルくれてやる。
何があったかを、混乱する二人に簡潔に説明した。
「こちら俺の嫁で、知ってると思うが勇者だ」
「そしてこちら、知ってると思うが八年ぶりの魔王だ」
なんやかんやと二人が言い募るが、ま、良いじゃあないか。
少しの間、一緒に過ごしてみりゃあさ。
◇◇◇◇◇
久しぶりの故郷は良いな。
嫁も居る、我が子も居る、そして、毎日同じ様でそうでもない仕事がある。
魔王には嫁も子もないが、養豚場の仕事に夢中なのか、一向に飽きる気配はない。
ウチの養豚場は、前世で両親がやっていた仕組みを踏襲してる。
まず第一に広い敷地、それに樫の木が豊富である事。
樫の木はドングリを落とすが、通年ではないから、ドングリの無い季節にはトウモロコシなどを与えている。
俺が豚だった頃に喰った配合飼料に較べりゃトウモロコシも充分に旨いが、ドングリ程じゃあない。
そして、そのトウモロコシの季節の餌は少なめにして太らせない。
そしてドングリの季節。
ここぞとばかりに、豚どもの食欲を満足させるだけのドングリを与えて太らせる。
これで最高の豚肉になる。
この養豚場のお陰で、我が村の潤いは大したものだ。
他の商売で少々コケても、村全体の潤いに揺らぎはない。
豚様様だ。
俺は魔王の事を、老いた食人鬼だと思っていた。
ガリガリの体に、落ち窪んだ眼窩、それに一人称が「儂」。
しかし、どうやら違ったらしい。
ウチの特産である豚肉料理を喰い、養豚場での充実した仕事に身を置く事で、まだガリガリだが少し肉がついて肌は艶々、見るからに回復し若々しくなりやがった。
やはり人を喰わなくても大丈夫らしいな。
「なあ、豚マン」
失礼な奴だろう?
豚の魔物の事を揶揄する時に使う言葉らしいんだが、魔王の奴、俺の事を『豚マン』なんて呼びやがるんだ。
「なんだ、ガリ魔王」
「かーっ! 魔物のクセに魔王を崇めんとは! 何て奴だ!」
マンってのは人族を意味するらしいんだ。
前世で人族やってたからか、実はそんなに嫌な気はしてないんだが、言われっぱなしは面白くないからな。
「いや、名前なんてなぁどうだって良くてだな」
「なんだ? 真面目な話か?」
割りと普段からふざけて真面目に話さない魔王にしては珍しいな。
「余所の養豚場を知らねぇから分かんねえんだが……、このドングリでの育て方、お前のオリジナルか?」
なんだよ魔王。
どうして涙目で聞きやがるんだよ。
ああ、そうさ。
この育て方は、俺の両親がやってた仕組み、当然、お前は知ってるだろうよ。
「魔王、お前は俺に、封印されていた間の不思議な、荒唐無稽な体験を教えてくれたな」
「お前以外は、誰も信じねえがな」
「長くなるだろうが、俺がそれを信じられる理由を教えてやろう。そうすれば、ドングリについても分かるだろうさ」
誰にも、嫁にさえ、明かしてこなかった俺の来歴。
何故だろうな。
魔王にだけは、明かしても良い気がした。
……いや、ちょっと違うか。
俺は、誰かに――いや、この魔王に――聞いて欲しかったのかも知れないな。
◇◇◇◇◇
俺の生は、記憶の限りで、今回で四回目だ。
分かりやすく言えば、三度生まれ変わった。
ああ、そうだ。
記憶の限りだ。
俺は滔々と、淀みなく、話し続けた。
人族だった頃の話を聞いた魔王が、何か言いたそうにしたが、俺の眼差しを見て口を閉じた。
食人鬼の癖に、聞き上手な奴だ。
最初の生、糞の役にも立たない豚の魔物だった頃。
二度目の生、「ぽーくそてー」か「とんかつ」か、献立は知らんが俺を喰らった誰かを幸せにしたと信じたい、豚だった頃。
三度目の生、俺に愛を与えてくれた二人の役に立てなかった、人族だった頃。
そして四度目の生、家族を愛し、嫁を愛し、そして、彼らに愛を与えてもらった、この、今の俺。
それが俺。
四度の生の全てが、俺の全てなんだ。
◇◇◇◇◇
「ひとつ言わせろ」
「なんだ?」
話し終わった俺は、何故か涙を流していた。
しかし、より一層の涙を流しているのは、聞き終わった魔王だった。
「お前の三度目の生、人族の頃」
魔王は、涙を拭う事などせずに言う。
「お前は、二人の役に立てなかったと言ったが、それは誤りだ」
魔王は、真摯に、俺の目を見つめて言った。
「お前が生き延びていた事を知れば、あの二人は絶対に喜ぶ。お前は生き残って、天寿を全うした。それが最も、あの二人のためになる」
「儂が言うんだ。間違いない」
そうだよな。
恐らく自分でも分かっていたんだ。
それでも、誰かにそう言って欲しかったんだろう。
しかし、俺の涙は、止まるどころか、滝のようになっちまった。
◇◇◇◇◇
数日後、魔王が凄い事を言い出した。
「なぁ、豚マン」
「なんだ」
「お前、魔王やんねえか?」
は? 俺が、魔王?
「ちょっと! それだと私が魔王夫人って事!? 世界の希望たる勇者の私が!?」
「魔王夫人、やりゃ良いじゃねえか」
「何言ってるのよ!」
凄い剣幕だな。
そりゃ、ま、そうだろう。
なんつっても、勇者様なんだから。
俺だって魔王なんざやりたくないし、もっと言ってやってくれ。
「やるに決まってるでしょうが!」
……やるのかよ。参ったな。