「なぜ私と同じ剣を貴方が使えるの!?」
確かに同じ剣だ。俺がコイツに教えたんだから当然だな。
「たまたま良く似てるだけだろう。ベーシックな、よく見掛けるタイプの剣だからな」
これは嘘ではない。
俺が極めた武は、とにかく無駄を削いで、攻撃なり防御なり、ある一点に全力を込めるというもの。
小手先の技などは、基本的に無い。
だからこそ、どの剣術とも似通った点はあるに違いない。
と、思ったんだがな。
そんな事はないんだと。
「馬鹿ね逆よ。私達の剣は、果てしなくベーシック。剣術の基礎だけを突き詰めて突き抜けた武。他のごちゃごちゃした煩わしい剣とは全く異なるわ」
そうだったのか。
誰かに教わった訳でもないし、他の剣術を学んだ事もないから知らなかった。
俺が極めた武とは、そんな事になっていたのか。
だから前世で俺に弟子入りした連中はあんなに喜んでいたのだな。
「貴方は十歳だったわよね?」
「大体そんなもんの筈だ。それがどうかしたか?」
腕を組んで、勇者が眉間に皺を寄せる。
別に俺が同じ剣を使ったとは言え、かつてコイツ以外にも何人かに教えたんだから不思議な事はないだろうに。
「やっぱりダメね。誰もいないわ」
「……何がだ?」
「貴方にその剣を教えた人がね、誰もいないのよ。時期的に誰も条件に合わないの」
……なに?
そんな事は無いだろう。
確か……、コイツが最後の弟子だったから……、その前に十人ほど、キチンと教えたのも五、六人はいた筈だぞ。
「お師匠さまはずいぶん前に亡くなられてるし、兄弟子たちにも無理なの。みんな八年前には亡くなっているのよ」
……ま、そういう事もあるだろう。
悲しくない事はないが、生き物は全ていつかは死ぬ。
俺なんてすでに三度も死んでいるんだから。
しかし、かなりの腕になったのが三人はいた筈だ。もったいない事だ。
「だからね、教えなさい。貴方は誰に剣を習ったの?」
ほう、殺気を放っている。
良い殺気だ。
しかしだ。
俺が同じ剣を使うからと言って、そこまでムキになるような事か?
「答えなさい!」
勇者の右手は腰に帯びた剣の柄へと伸びている。
コイツの腕前で斬りかかられると流石に面倒だな。
「分かった、答える。俺は誰にも教わっていない。百パーセント我流、自分で鍛えたらこうなったんだ」
嘘じゃあない。
信じるとは思わないが、ま、どっちでも良いさ。
一瞬呆けたような顔をしたかと思ったら、勇者の奴、両手を地につけて頭を下げやがった。
忙しい奴だ。
「お師匠さま……、お久しぶりでございます」
「馬鹿、冗談は止めろ」
勇者の腕を取って無理矢理立ち上がらせる。
いや、しかし、まさか看破するかよ。
どうせ根拠に乏しいだろうから、知らぬ存ぜぬでやり通すがな。
「そのお師匠というのは何だ。俺は弟子を取った事などないぞ」
「いいえ、貴方は絶対にお師匠さまの生まれ変わり。前世の記憶がないのは当たり前だけど、絶対にそうよ」
……なるほど、そういう事か。
生まれ変わるのが不思議なんじゃない、前世の記憶を持って生まれ変わるのが不思議なんだ。
ならば、知らんぷりしておけばよいか。
「俺は俺の前世など知らん。好きな様に思ってろ。どちらにせよ、付いてくるのだろう?」
勇者は温もりを感じさせる視線と共に頷いた。
「えぇ」
◇◇◇◇◇
あれから一年くらいかけて色々巡った。
……まぁ、なんだ。
一年も一緒にいると、色々、あるよな。
俺がコイツを助けたり、コイツに助けられたり、まぁ、他にも色々だ。
それで、まぁ、久しぶりに俺の村に向かってる訳だが、正直に言って気が進まない。
久しぶりに愛する家族に会えるのは楽しみなんだが、な。
生きるってのは、色々、あるよな。
「貴方の村はまだなの?」
「ん、あぁ、もう少し、だな」
勇者は少し目立つ様になった腹を摩りながら歩いている。
俺はと言うと、コイツの手を取って、コイツの足元に注意を払いながら、割れ物を運ぶ様に、慎重に歩を進めている。
前世の俺が見たら目ん玉剥いて驚くだろうぜ。
何十年も森に篭って自分を鍛え抜いたあの俺が、ほんの一年やそこら一緒にいたからってよ……。
「何をぶつぶつ言ってるのかしら? まさか、今さら家族に紹介したくないなんて、言わないわよね?」
はー、言いてえなぁ。
いや、言わねえさ。
もう決めた事だからな。
勘違いしないでくれよ。
俺はこの女を紹介するのが嫌な訳ではない。
ただ小っ恥ずかしいだけだ。
俺はコイツを、嫁にもらう。
俺の子を、産んでもらう。
「言わん。オマエは、今この世で、俺の最も大事な存在だ。オマエの為に生きる事が、俺の生きがいだ」
勇者の顔が、ボッと赤くなった。
「…………馬鹿♡」
我ながら良い台詞だとは思うが、こんな豚ヅラに言われて照れるものかね。