「お前はどう思う?」
「ふぇ? ふぁひが?」
誰が思うよ。
こんな頬に飯粒つけて、口いっぱいに食い物詰め込んだ女が勇者なんて、そんな大それたもんだなんてよ。
向かいに座る勇者にソッと手を伸ばし、頬の飯粒を摘み、指で弾いて口に放り込む。
俺の口じゃないぞ。
この女の開けっ放しただらしない口にだ。
「失礼、ありがと」
とぼけた勇者は、ムグムグと咀嚼して飲み込んでからそう言った。
「豚の魔物の俺と飯を喰ってる事だよ」
俺のその質問に、あっけらかんと勇者は言う。
「どうとも思わないわ。貴方は悪い子じゃない。それが全てよ」
有難いことで涙が出るぜ。
「悪い子ってのはなんだ。俺のことを馬鹿にしてるのか?」
「貴方いくつよ。私はこう見えて三十近いの。貴方より断然お姉さんなの」
ふん。
こいつ、面白い奴になったもんだ。
俺が剣を教えてやったのはこいつが……、確か十になるかならないかの頃だから、二十年近く前か。
あの頃は死んだ魚のような目つきだった。
それがどうだ。
得体も知れない、ガリガリのオークと二人っきりでモリモリ飯を喰らって、『私の方がお姉さんなのよ』だとさ。
「そいつは悪かった。確かに俺はせいぜい……、たぶん、産まれて十年ほどだ」
今回産まれてから、だけどな。
「ほらね。貴方は私よりも大きいけど、きっとそうだとおもったのよ」
「しかしな。三十手前と十歳なら……」
「何よ?」
「お姉さんと言うよりもオバ――」
――ちょっとオツムの弱そうな女だが、さすがに勇者と呼ばれるだけはある。
「……今、このお姉さんに何か言った?」
「……いや? 何も言ってない」
ゆっくりとプルプルと首を振る、俺の豚っ鼻に切っ先を向けて微笑んでそう言った。
なんて奴だ。
座ったままで抜刀して、テーブルなんざお構いなしで振り抜いて、そのまま俺の大事なあばら家を叩っ斬りやがった。
「そう? それなら良かったわ。お家の方はちゃんと弁償するわね」
ちょっと訂正しよう。
オツムはちょっとじゃ済まんか。
「どの口が言いやがる。一文無しで行き倒れてた奴が何を弁償するってんだ」
「……あ。しまったわ。確かにそうね……どうすれば良いかしら?」
「ま、良いさ。どうせ俺は根無し草、そろそろ別の国にでも行こうと思ってた所だ」
◇◇◇◇◇
ちょっと思ってたのと違うんだが、あれからあの女――前々々世で俺を殺した勇者――が俺にずっと付いてきやがるんだ。
前世で剣を教えてやった事は当然気付いてないはずだが、コイツ一体どういうつもりだろうな。
まずは二人で北の国に行った。
魔王軍とか言うのに襲われてたんだが、コイツと俺が加勢したら撤退させる事に成功した。
「なんで魔物を殺さないの?」なんてあの女が言いやがるんでな。
一応ちゃんと回答した。
「俺も魔物だからかな。なんとなく嫌なんだよ」
そこから西の国へ向かった。
そこは戦争こそしていなかったが、あまりにも酷い亜人奴隷の使いっぷりに腹が立ったんで殴った。
警備隊がやって来たが、ま、それなりに紳士的な態度だったから剣を預けて大人しく連行されといた。
何故か知らんが、勇者も大人しく、ニヤニヤしながら連行された。
「なんか楽しい事でもあるか?」
「え? あ、私楽しそうにしてた?」
「とても」
勇者は縄で縛られた両手首を軽く持ち上げて言った。
「貴方と一緒に繋がれたら、何だか楽しくなっちゃったのよ」
さっぱりわからない。
それの何が楽しいんだかな。
王城の地下に連れて行かれ、罪状を読み上げられた。
なるほど、先方の言い分は分かった。
「理解した。殴ったから罰という事だな。それは受け入れよう。しかし一つ訊ねたい。亜人奴隷を使い潰すのは罪にならないのか?」
ならんらしい。
訳が分からん。俺は魔物だというのに紳士的に扱い、亜人奴隷はゴミの様に扱っても良いという。
全くもって納得が行かんので、立ち上がり、手足を縛る縄を力任せに引きちぎった。
「その点は受け入れ難い。俺は亜人奴隷の解放を要求する」
勇者も同じ様に立ち上がって戒めを引きちぎった。
本当に人間離れした女だ。
「ねぇ、預けた剣はどうする?」
「ん? 俺のはどうせナマクラだ。くれてやるさ」
「え、嘘。取り返す算段があるんだと思ってた……。私のは業物なのに……」
どうしてこう、ポンコツなんだ。
警備隊が十重二十重に包囲する中、二人でのんびり会話していた。
「じゃあ取り返すつもりで、少しだけ暴れるぞ」
物の数十秒も暴れてやると、警備隊は瓦解した。
「おい、殺してないだろうな?」
「大丈夫だと……思うわ」
自信なさげだな、おい。
ま、仮に死んでたとしても、お互い仕事なり信念なりの為の戦いだ。しょうがない事さ。
地に伏せる連中の中から、最初の紳士的な男を見つけ出し、無事に剣を取り戻した。
ん? 俺たちが何者か、か?
「通りすがりの豚の魔物だ」
「通りすがりの美少女勇者よ」
――三十路手前が何を――
っていう顔で見つめていたら殴られた。
なんとも不思議なお二人ですね、なんて言われてしまったじゃないか。
不思議ちゃんはコイツだけだぞ。
紳士的な男は、警備隊がやられたからには軍が動く、速やかにこの国から離れた方が良い、と忠告をくれた。
なんとも気骨のある男、好感が持てる。
「ご忠告痛みいる。しかし、その軍を叩いてから離れる事に決めた」
結果として、この国で亜人が人権を得た。
どう考えてもこの国に取ってそれがプラスだ。ただ楽がしたいだけの金持ちにとってはマイナスだろうがな。
軍との戦いに難しい事は全くなかったが、一つ問題が起きた。
俺の剣術が、勇者のそれと限りなく近い事がバレた。