むぅ。
目が見えぬ。
思うように体も動かせぬ。
ガチャガチャゴチャゴチャと体を揉みくちゃにされるこの感じ、懐かしさすら感じるな。
俺は、またしても新たな生を頂いた様だ。
どうやら人族ではない。
人はこの様に多頭産ではないし、産まれてすぐに蠢く事も出来んしな。
また豚かも知れん。
ま、それも悪くない。
あの頃の様に、兄弟どもの背を押して食事の世話をしてやろう。
前世での二人の様に、大事な、俺の家族になるのだからな。
◇◇◇◇◇
二日ほどして目が見えるようになった。
もしこの世に神がいるのならば、恐らく俺に新たな生を与える存在なのだろう。
ちょっと一走りして神のところに行って、怒鳴りつけるか殴りつけるかしてやりたい。
俺は、今生では、愛する誰かのために生きると誓ったのだ。
誓ったのに、だ。
周りを見渡せば、豚ヅラの兄弟ども、しかし豚と違って二足歩行だ。
愛せる訳がない!
なぜ俺は再び豚の魔物なのだ!
当然、兄弟どもも、母親も、あの憎々しいオーク、前世であの二人を殺した、あのオークなのだ!
……いや、それは、違う。
オークだから何だと言うのだ。ただの私怨ではないか。
オークへの憎しみは、前世で溶けた筈ではないか。
見ろ、この豚ヅラの兄弟どもを。
どいつもこいつも、何も考えてやがらねえ。
幼気な純真無垢そのものだ。
ならば、俺はこいつらを受け入れる。
俺が、この俺が導いてやる。
そう思ったのも束の間、母親が手を伸ばし、兄弟どもの中から一頭摘み上げて自分の口に放り込みやがった。
兄弟どもは何も考えてやがらねえから平気だが、咀嚼する母親を見て俺は、戦慄し、恐怖し、そしてメラメラと使命感に駆られた。
喰われた兄弟は確かに、誰よりも小さく、二日経ってもまだ上手に歩けずにいた。
俺たちは豚の魔物だ。
当然、弱者は淘汰されるべきだ。
しかし、やはり違う。
前世でのあの二人と余りにも違う。
俺は、認めぬ。
再び俺たち兄弟へ伸びた母の手を遮る様に立つ。
キッと睨み据えて、毅然と立つ。
前世では人類最強とまで言われた俺だが、当然今の、生後二日の俺にはなんの力もない。
もちろん俺も体は大きくない、なんなら小さい方だが、兄弟どもの中では最もスムーズに動ける。
生きる事、産まれる事の経験の差だろう。
なんと言っても、俺にとって産まれるのは四度目だからな。
どこへ伸びようとも、母の手を遮った。
ブヒィ、と小さく息を吐き、諦めたのかゴロンと横になった母が言った。
「好きにしな。この連中はオマエに任せたよ」
『…………了解』
母に念話で返事した俺を、母は訝しそうに一瞬目をやったが、再びブヒィ、と小さく息を吐いただけだった。
俺は、やる。
この兄弟どもも、母も、オーク全てを、俺が導いてやる。
◇◇◇◇◇
オークの成長は早い。
二年ほどが経った今、俺たち兄弟はそれぞれすっかり大人と変わらない体となっていた。
前世の経験を活かし、『剣王』とまで呼ばれた剣を使うため、俺だけはオークとしては破格の細身体型を維持しているが。
そして今の俺は、この群れのボスだ。
俺の父がこの群れのボスだったのだが、余りにもオークらしいオークで、馬鹿で、粗暴で、暴虐で、力も強い上に暴飲暴食、どうやっても導けんと俺も匙を投げた。
しかし見捨てることなどせぬ。
一歳になった日、殴り倒して言うことを聞かせた。
俺には前世も前々世も、前々々世の記憶もある。
体力さえ記憶と経験に追いつけば、そんじょそこらのオークなど何ほどの事もない。
そして俺が率いた群れの方針は――
『奪わない事』『誰かの役に立つ事』。
この二つだけを徹底させた。
そうするとどうだ。
いつの間にか、兄弟どもも、母も、父でさえも、朗らかに笑う気持ちのいい連中となっていた。
◇◇◇◇◇
数年が過ぎ、俺の群れにこの辺り全てのオークが併呑された。
養豚がメインの牧畜を生業とし、我々魔物とも商売をしようという剛気な商人を仲介にし、近在の村々との取引も軌道に乗った。
もう大丈夫だと見極めをつけ、弟妹どもに群れを任せ、剣ひとつを腰に帯びてあちこち徘徊した。
俺がここに居ても、愛する家族どもの為にはもう、ならん。
俺は、三度の生まれ変わりを経た、ぶっちゃけ反則みたいなもんだ。その俺に助けを求めたとしても、それはもう、ただの甘えだ。
ならば俺は新たに、助けを必要とする者を助けよう。
ま、そうは言っても豚ヅラのオークだからな、あちこちで一悶着あった。
それでも、様々なところで誰かのために生きていると、色々な出会いが訪れた。
中でも一番驚いたのは、今一緒に飯を食ってるコイツなんだが……
「本当に覚えてないのか?」
「悪いけど覚えてないわ」
「恐らく十年……、いや、もう少し前かも知れない」
「だから覚えてないって。私がオークに『死んでやり直せ』って言ったんでしょ? そんなの多すぎて覚えてないわよ」
俺もまさかと思った。
三度生まれ変わって四度目の生を生きているが、豚に生まれ「とらっく」に揺られたあの生以外は、同じ世界で生まれ変わっていたようだ。
いや、豚の時も同じ世界なのかも知れない。
どうやら同じ世界の中でも、時代を前後して転生しているようだからだ。
なぜそう言えるのか。
目の前のこの女が幼い頃、俺は前世で――人族だった頃――この女に剣を教えた。
そして前々々世で――愚かなオークだった頃――この女に殺された。
俺のことに気付いていないようだが、あの、俺が泣いて股を濡らして跪いて命乞いした、あの勇者が、この女だ。
なんなんだ一体。
なぜ俺はあちこち時代を跨いで生まれ変わるのだ。
訳がわからんが、順にすると俺が人族だった三度目の生、その後が馬鹿だったオーク、そして豚、そしてさらに今生である今。
そして殺された相手と呑気に飯など喰っている。
いや、この女に殺されたからどうだという事ではない。
思うところはあるが、ただそれだけだ。
コイツはコイツの、やるべき事をやっただけ。
だから、俺は俺のやるべき事をやるだけだ。
……何なんだろうな、何度も生まれ変わる俺がやるべき事ってのは。
ま、考えても分からんし、俺がやりたい事をやるべきだな。