数ヶ月かかって北の国へとやって来た。
これからちゃちゃっと用を済ませたとしても、往復で一年。
一年もあったら、我が子が大人と変わらなくなってしまう、と思ったがそれは豚の魔物の子供の場合。人族の子供の成長は遅いんだったな。
けれど一年、掛かっても一年半で帰るのを目標にしようか。
以前にここ、北の国で魔王軍を蹴散らした時に、人の良い騎士と知り合った。
上手く見つかると良いんだがな。
国の中を堂々とウロウロしてたら、割とすぐに向こうからやって来た。
豚ヅラ様様だな。
◇◇◇◇◇
あんまり大っぴらに豚ヅラ晒すな、だとよ。
随分な言い草じゃあないか。
ま、勿論言いたくなる気持ちも分かるがな。
その騎士と酒でも飲みに行こうと思ったが、店は目立つからダメだと言うから、その騎士の自宅で飲んだ。
魔王が支配する『魔国』と最も近いのは、やはり、この北の国。
ここ北の国から更に北、『枯れた草原』を超えた先の、広大な『魔国の森』の中央に位置するらしい。
じゃあ、ま、ちょっと行ってくるか。
◇◇◇◇◇
おかしいな。
どうして魔国の連中、俺を襲うのだろうか?
俺は確か、豚の魔物だった筈なんだが?
どちらかと言わなくても、俺は連中の仲間みたいなものではないのか?
枯れた草原の中頃からか、ひっきりなしに襲われるもんだから、既に二千頭くらいは魔物を殴り倒したんだが。
ようやく森に差し掛かった、恐らくは魔国の森であろう。
恐らくここでも襲われるだろう。
そろそろ強敵も現れるであろうし、いつまでも素手では厳しいかも知れない。
ならば、剣を振るのに邪魔な木を斬りながら進もうか。
帰り道に悩まなくて済むしな。
腰の剣を抜き、右、左、右、左……、と密集する木を斬りながら歩を進める。
右、左、右、左、右、左、右、左、右……
どれ位の間そうして進んだかな。
テンポ良くやっていたら、なんだか楽しくなって、無心でやり続けていたら、急に視界が大きく開けた。
そう言えば全く襲われなかったが、ようやく俺も魔物だと気がついたのか。
トロい奴らだな。
と、思ったんだがな。
森を抜け、僅かも行かぬ内に、大きな門と高い城壁に阻まれ、そして頭上から声が掛けられた。
敵である貴殿の入国を認められない、だとよ。
そうか、ようやく合点がいった。
きっと、以前に勇者と蹴散らした時に顔を覚えられたんだ。
細身のオークって珍しいもんな。
既に敵だと思われているなら、もう、しょうがないな。
押し通るだけだ。
門の正面に立ち、ふぅっ、と軽く息を吐いて剣を抜く。
門の中央で、縦に、上から下に振り抜いて、クルリと回して鞘に納める。
そして手で門を押す。
単純にデカいから重いが、扉の内側に掛かった閂さえ斬り捨ててしまえば、オークの力で押して動かない程ではない。
そうなんだよな。
前世で『剣王』とまで呼ばれた剣に加え、魔物の中でも力の強いオークの腕力、やっぱり反則かも知れないな、俺。
門を突破された事に気がついた魔物どもが殺到するが、峰を返した俺の剣が、それを弾き飛ばす。
俺の剣が片刃で良かったな、オマエら。
「悪い様にはせぬ。魔王の下へ案内しろ」
◇◇◇◇◇
ま、それからも色々ややこしかったが、魔王軍四天王とかいう連中のうち三人をコテンパンにしてからは、割りとスムーズだったかな。
最後の四天王に案内されて、城下を行き、王城を目指している。
ふむ、思っていたのとは、違う。
北の国の騎士や、勇者が抱いていたイメージとはかけ離れている。
城下のイメージは、そうだな、俺の村に雰囲気が似てる。
不潔でもない、殺伐としてもない、普通だ。
しかしだ。
魔王のイメージは、割りと合っていた。
グルルゥゥゥゥ、などと唸って涎を垂らしていた。
最後の四天王が慌てて、懐から何か、どうやら干し肉を魔王に与え、それをクチャクチャと咀嚼すると、魔王はあっという間に嘔吐した。
最後の四天王に背を摩られて、ようやく落ち着いた魔王は、先ほどとは打って変わって知性の輝きを瞳に湛えていた。
「悪い。ロクでもないとこ見せちまったな」
「気にしなくて良い。病か?」
ゲホゲホと咳をしつつ、魔王は、病ではないんだが、と一言述べてから、滔々と話し始めた。
◇◇◇◇◇
魔王の話を聞いた。
結論から言う、この魔王は殺さない。
「魔王、これを喰え」
俺は自分の携行食を差し出した。
「干し肉か……、さっきのを見ただろう。儂はもう、人の肉は受け付けねぇ。この食人鬼である儂がだ。もう、どうにもならねぇよ」
「勘違いするな。これは豚|の肉だ」
「……なに!?」
俺の携行食、豚の干し肉をガツガツと食べた魔王は、吐き戻す事もなく、ついにようやく人心地ついた様だ。
「有り難え、助かったぜ。自分の口で喰ったのは初めてだが、豚の肉ってのは旨いもんだな」
「そうだろう。我が村の特産品だ」
俺の村の豚を褒められるのは、悪い気はしないな。
「ところでオマエさん、城下では大暴れだったそうだが、何の用だ? 儂の命か?」
「……用か。用なら済んだ」
「そうかよ。ならもう帰るのか?」
「ああ、そうだな。だが魔王、お前も一緒に来い」
勇者を含めた弟子たちが魔王を封印したのが、だいたい八年前。
それまでの魔王は、普通に食人鬼してたらしい。
そりゃ討伐対象にもなるだろう。人を喰らうんだから。
ま、それは勿論、人族側の論理であって、魔物側の論理では、はい分かりました食べません、とはならない。
当たり前だ。喰いたいんだから。
しかしだ。
魔王が封印されている間に、状況は大きく動いた。
魔王はその間、荒唐無稽な体験をしたそうだ。
誰も信じられないような、荒唐無稽な。
だが、俺は信じた。
世界中で俺だけは、信じられた。
「儂は、封印されていた間に、養豚場に生まれた男の意識に溶け込んでいた」
信じない訳には、いかなかった。
◇◇◇◇◇
儂は封印され、意識が戻った時、目がなかなか開かず、体も動かせなかった。
じきに状況が分かった。
この世界なのかどこか遠くの世界なのか知らぬが、儂は人族の、男の赤子になってやがった。
いや、なる、というのとは違うな。
人族の赤子に住み着いていた、という方が正解に近いだろうな。
その男児は両親の愛を一身に受けて成長し、養豚場を受け継いだ。
残念ながら両親は早くに亡くしたが、美しく優しい妻を娶り、幸福な生活を送っていた。
当然、男は人など喰わぬ普通の人族だ。
儂は人の中に在って、人の愛を受け、それでも人の肉を喰いたいと求める、なんとも不思議な感覚を抱いていた。
そして男に子が生まれた。
元気な男の子だった。
勿論その子供は儂の子ではないが、男と同じ様に儂も喜んだものだ。
男とその妻は、精一杯その子を愛した。
男の養豚場は、滅法評判が良かった。
それと言うのも、その生まれた息子が豚どもの気持ちが分かるかの様に的確なアドバイスをくれたからだ。
そりゃ実際どうかは知らんがな、男はそう思ってやがったし、男を通して味わった豚肉は本当に旨かった。
しかし、息子が十になった頃、彼らの村は豚の魔物に襲われた。
男は震えていたが、なんとその息子は、勇敢にも剣を取ってオークどもに立ち向かおうとした。
男は息子に、「母さんを連れて逃げろ」と声を荒げて息子の背を押した。
とにかく妻とこの子だけは助けなければと、男と儂は、必死に戦った。
いや、意識だけしかない儂は、糞の役にも立っちゃあいない。
それでも男と共に育ち、育み、作り上げた家族を、男も儂も間違いなく、確かに愛していた。
当然、人族のただの男がオークの群れに敵う筈もなく、男はそこで命を散らし、儂の意識も途絶えた。
あの後、妻と子供がどうなったかは分からん。
どこかで生き延びていてくれたなら、男も本望であろうが……
俺は、ボロボロと流れる涙を、どうやっても止める事ができなかった。
◇◇◇◇◇
「魔王。お前はもう、魔王辞めろ」
何を言うか豚ヅラ! と四天王の最後の一人が喚くが無視だ。
魔王が片手を上げて四天王の最後の一人を制して口を開く。
「そうすべきだと思うか?」
「思う」
「明確な理由はあるか?」
「ある。一つ目は、かつては知らんが、今のお前は弱い」
「ふむ、一理ある」
「二つ目は、もう人族は喰えんだろう。このままなら、どうせお前は、食人鬼としては、死ぬ」
「ふむ、それも確かだ」
「三つ目は、俺は嫁に、魔王を倒してきてくれと頼まれたんだが、俺は、オマエを殺したくない」
何を偉そうに吐かす! と四天王の最後の一人が喚く。
無視しても良かったんだが、あんまり五月蝿いから殴ってやったら、涙目でようやく黙りやがった。
「結論はすぐに出さなくても良い。ただし、俺の村まで一緒に来い」
◇◇◇◇◇
「おいおい。ウチの、魔国の森にこんな道を作りやがったのは誰だよ」
「ああ、すまん。それ俺だ」
俺の帰り道に、食人鬼が一人増えた。
こんな連れでも、一人旅より寂しくなくて良い、なんて思っている自分が我ながら不思議だ。
「お前のとこの連中がな、俺の事を襲うもんだからな、森だとちょっと不便だなと思ったから、しょうがないだろう?」
「仮にもウチは魔国なんだぜ? こんなに分かりやすい道を拵えやがって」
良いじゃあないか。
人族にも開かれた魔国。
俺の村と同じだ。
道中、北の国の騎士の所に顔を出して、魔王を紹介してやった。
泡食ってやがったが、奴さん、腰が引けてる癖に、俺と魔王を自宅に連れてって酒とツマミを出しやがった。
凄い奴だと、単純に感心した。
人族にも色んな奴が居て、本当に、面白い世の中だよな。
9◇オークと魔王夫人◇
「ただいま」
「あらお帰りなさい、早かったわね。魔王どうだった?」
「まあ、大した事はなかった」
一年足らずで帰ってこれた。
確かに、思っていたよりも早いな。
勇者に抱かれた俺の子も、そんなにデカくなってない。やはり姿通りに人族の成長速度のようで安心した。
「なぁ、おい。ソイツ、勇者じゃねぇの?」
「え? ちょっと、嘘、ソレ、魔王じゃない?」
おう、二人とも正解だ。
花マルくれてやる。
何があったかを、混乱する二人に簡潔に説明した。
「こちら俺の嫁で、知ってると思うが勇者だ」
「そしてこちら、知ってると思うが八年ぶりの魔王だ」
なんやかんやと二人が言い募るが、ま、良いじゃあないか。
少しの間、一緒に過ごしてみりゃあさ。
◇◇◇◇◇
久しぶりの故郷は良いな。
嫁も居る、我が子も居る、そして、毎日同じ様でそうでもない仕事がある。
魔王には嫁も子もないが、養豚場の仕事に夢中なのか、一向に飽きる気配はない。
ウチの養豚場は、前世で両親がやっていた仕組みを踏襲してる。
まず第一に広い敷地、それに樫の木が豊富である事。
樫の木はドングリを落とすが、通年ではないから、ドングリの無い季節にはトウモロコシなどを与えている。
俺が豚だった頃に喰った配合飼料に較べりゃトウモロコシも充分に旨いが、ドングリ程じゃあない。
そして、そのトウモロコシの季節の餌は少なめにして太らせない。
そしてドングリの季節。
ここぞとばかりに、豚どもの食欲を満足させるだけのドングリを与えて太らせる。
これで最高の豚肉になる。
この養豚場のお陰で、我が村の潤いは大したものだ。
他の商売で少々コケても、村全体の潤いに揺らぎはない。
豚様様だ。
俺は魔王の事を、老いた食人鬼だと思っていた。
ガリガリの体に、落ち窪んだ眼窩、それに一人称が「儂」。
しかし、どうやら違ったらしい。
ウチの特産である豚肉料理を喰い、養豚場での充実した仕事に身を置く事で、まだガリガリだが少し肉がついて肌は艶々、見るからに回復し若々しくなりやがった。
やはり人を喰わなくても大丈夫らしいな。
「なあ、豚マン」
失礼な奴だろう?
豚の魔物の事を揶揄する時に使う言葉らしいんだが、魔王の奴、俺の事を『豚マン』なんて呼びやがるんだ。
「なんだ、ガリ魔王」
「かーっ! 魔物のクセに魔王を崇めんとは! 何て奴だ!」
マンってのは人族を意味するらしいんだ。
前世で人族やってたからか、実はそんなに嫌な気はしてないんだが、言われっぱなしは面白くないからな。
「いや、名前なんてなぁどうだって良くてだな」
「なんだ? 真面目な話か?」
割りと普段からふざけて真面目に話さない魔王にしては珍しいな。
「余所の養豚場を知らねぇから分かんねえんだが……、このドングリでの育て方、お前のオリジナルか?」
なんだよ魔王。
どうして涙目で聞きやがるんだよ。
ああ、そうさ。
この育て方は、俺の両親がやってた仕組み、当然、お前は知ってるだろうよ。
「魔王、お前は俺に、封印されていた間の不思議な、荒唐無稽な体験を教えてくれたな」
「お前以外は、誰も信じねえがな」
「長くなるだろうが、俺がそれを信じられる理由を教えてやろう。そうすれば、ドングリについても分かるだろうさ」
誰にも、嫁にさえ、明かしてこなかった俺の来歴。
何故だろうな。
魔王にだけは、明かしても良い気がした。
……いや、ちょっと違うか。
俺は、誰かに――いや、この魔王に――聞いて欲しかったのかも知れないな。
◇◇◇◇◇
俺の生は、記憶の限りで、今回で四回目だ。
分かりやすく言えば、三度生まれ変わった。
ああ、そうだ。
記憶の限りだ。
俺は滔々と、淀みなく、話し続けた。
人族だった頃の話を聞いた魔王が、何か言いたそうにしたが、俺の眼差しを見て口を閉じた。
食人鬼の癖に、聞き上手な奴だ。
最初の生、糞の役にも立たない豚の魔物だった頃。
二度目の生、「ぽーくそてー」か「とんかつ」か、献立は知らんが俺を喰らった誰かを幸せにしたと信じたい、豚だった頃。
三度目の生、俺に愛を与えてくれた二人の役に立てなかった、人族だった頃。
そして四度目の生、家族を愛し、嫁を愛し、そして、彼らに愛を与えてもらった、この、今の俺。
それが俺。
四度の生の全てが、俺の全てなんだ。
◇◇◇◇◇
「ひとつ言わせろ」
「なんだ?」
話し終わった俺は、何故か涙を流していた。
しかし、より一層の涙を流しているのは、聞き終わった魔王だった。
「お前の三度目の生、人族の頃」
魔王は、涙を拭う事などせずに言う。
「お前は、二人の役に立てなかったと言ったが、それは誤りだ」
魔王は、真摯に、俺の目を見つめて言った。
「お前が生き延びていた事を知れば、あの二人は絶対に喜ぶ。お前は生き残って、天寿を全うした。それが最も、あの二人のためになる」
「儂が言うんだ。間違いない」
そうだよな。
恐らく自分でも分かっていたんだ。
それでも、誰かにそう言って欲しかったんだろう。
しかし、俺の涙は、止まるどころか、滝のようになっちまった。
◇◇◇◇◇
数日後、魔王が凄い事を言い出した。
「なぁ、豚マン」
「なんだ」
「お前、魔王やんねえか?」
は? 俺が、魔王?
「ちょっと! それだと私が魔王夫人って事!? 世界の希望たる勇者の私が!?」
「魔王夫人、やりゃ良いじゃねえか」
「何言ってるのよ!」
凄い剣幕だな。
そりゃ、ま、そうだろう。
なんつっても、勇者様なんだから。
俺だって魔王なんざやりたくないし、もっと言ってやってくれ。
「やるに決まってるでしょうが!」
……やるのかよ。参ったな。
「よお、久しぶりだな。元気にしてたか?」
豚ヅラ晒して歩くな! って怒られっちまった。
こいつ会う度に俺に説教しやがるな。
ま、俺が悪いんだがよ。
「お久しぶりね。私の事も覚えてくれてるかしら?」
俺の背に隠れていた勇者がピョコンと飛び出した。
北の国の騎士が、え、あ? え? なんつって狼狽てやがる。
ふふ、笑っちまう。
勇者の奴、忘れられてるじゃないか。
騎士の家でまた、酒と飯を出された。
なんだかんだで、コイツと会うと大抵ご馳走してくれる。
良いやつだよな。
魔王はどうしたか、だって?
「ああ、あのガリガリは先に魔国に帰った。何だか準備があるらしい」
オマエもガリガリじゃないか、という視線を無視して俺は、胸に抱えた息子にスプーンを使って食事を与えながら、今度は俺が魔王になるらしい事を説明した。
「息子だ。ちょっと鼻が上向いてはいるが、可愛いだろう?」
まさかアンタと勇者様がねぇ、なんて言いやがるが、コイツの事をすっかり忘れてやがったクセによ。
「ねえ、貴方たち仲良しみたいだし、こちらの方にも魔国に来て貰ったらどうかしら?」
勇者がまた考えなしに適当な事を言うもんだから、騎士のやつ途轍もなく動揺してるぞ。
可哀想なくらいの動揺っぷりだ。
騎士だなんて言っちゃあいるが、はっきり言ってコイツ、弱いからな。
弱いクセに、強い正義感と謎の肝っ玉を持った、可笑しなハンサム野郎だ。
「でも、ま、お前にしては良い案かも知れないな」
俺は手を伸ばし、勇者の頬についた米粒を摘んで、俺の口に放り込んでから、そう言った。
「あら、ありがと。豚の魔物の貴方が魔王、人族の私が魔王夫人になるのだもの。ならお客様には人族も居た方が良いと思うの」
本当にいつもの俺の嫁かよ。
よく分からんがなんとなく説得力がある気がする。
どうしたんだオマエ、変なものでも喰ってないだろうな?
◇◇◇◇◇
魔国の森は、分かりやすい道ができて良い。
俺が斬り飛ばしただけだから、切り株だらけだがな。
魔国の王城に辿り着いたんだが、全然思ってたのと違う風景が広がっていた。
あろう事か、魔王が牢に入れられていた。
牢の外にいるのは四天王のうちの三人。
ぱっと見は、終わってる。
魔王的には。
「……よう豚マン。嫌な所を見られちまったな」
哀愁漂う雰囲気を醸すのは止して欲しいぜホント。
「まぁ、そういう時もあるわよね」
勇者がぞんざいに慰めるが、勇者的には全力で慰めているらしいのが俺にはよく分かる。
「ま、なんだ。とにかくどういう状況か教えてくれないか?」
◇◇◇◇◇
魔国四天王の一人目、豚の魔物の彼が説明してくれた。
ま、結論で言えば、魔王が悪い。
俺を次の魔王に指名する、魔国に戻っていきなりそう説明したらしいが、魔王になるには二通りあって、その二つとは、突出した武力を示すか、国民の同意を得るか。
現国王に任命権は無いんだと。
それを聞いて、暴れて、取り押さえられたそうだ。
魔王、バカだよな。
因みに魔国四天王の最後の一人、この間うるさかったアイツは、忠誠が厚すぎて魔王と一緒に暴れて、一緒に牢に入ってる。
四天王の一人目は豚の魔物、
二人目は鳥の魔物、
三人目は首なし騎士、
そして五月蝿い四人目は牛の魔物。
五月蝿いのはミノタウロスぐらいで、他の三人はどちらかと言えば寡黙。
首なし騎士に至っては筆談だ。
連中はキチンと魔国の事を考えてる。
こいつらに任せて置けば、そうおかしな事にはなるまい。
しばらくは魔国に滞在して様子を見るが、俺の出る幕はないだろう。
当然、それならそれで良い。
俺は、連中が出した答えを受け入れる。
◇◇◇◇◇
すっかり萎れた食人鬼を牢から引き取って宿を取った。
俺、勇者、息子で一部屋。北の国の騎士と魔王で一部屋だ。
喰われないと分かっていても、なんと言っても相部屋相手が食人鬼。
ソワソワしっぱなしの騎士だったが、翌日の朝には慣れたらしい。
魔王の肩を叩いて慰めたりしてやがる。
相変わらず凄い奴だ。
結局、次の魔王には、四天王の中からオークが選ばれた。
俺に簡単にコテンパンにされた位で武力的には大変頼りないが、融和路線で魔国を運営するらしい。
新魔王と話す機会があった。
風の噂で、南の方のオークの村が人族と商売していると聞いたらしい。
その村の様にここ魔国を運営したいが、その村の事を知らないか? だとさ。
笑っちまうぜ。
それ、俺の村だよ。
何年か魔国に滞在して、色々と手助けした。
牧畜や農業なんかも元々やってた様だが、効率や環境などイマイチだったから、俺が知ってる事は全て教えてやった。
さらに、北の国の騎士にも骨を折って貰って、北の国と魔国を和解させた。
北の国の、魔国に対する悪感情は相当なものだったが、『魔国に属する魔物はもう人を喰わない』と明文化した事、二国の戦争にはどちらにも侵略の意思があった事など挙げ連ねて、最終的に和解へと至った。
俺や勇者も第三者として会談に出席したが、魔物と勇者の夫婦がその子を連れてるんだ、人族と魔物が歩み寄れる良い証になった事だろう。
「魔王夫人にはなり損ねたけど、なんだかんだで皆んな喜んでくれて嬉しいわねー」
良い事言うじゃないか。
誰かの役に立つってのは、そういう事だよな。
魔王になんざならなくても、俺は俺らしく、誰かの役に立てばそれで良いんだ。
「それじゃ、ま、村に帰るか」
帰りの道中は連れが増えた。
俺、勇者、もうすぐ十になる息子、食人鬼、牛の魔物、さらに北の国の騎士だ。
勝手に元魔王にくっついてきたミノタウロスはともかく、騎士の奴には悪いことした。
魔国との戦争が無くなったお陰で、軍は縮小、奴は失業だってよ。
しかし本人が言うにはあまり気にしていないらしい。
あんまり戦争自体が好きじゃないんだと。
ま、アイツ、びっくりするくらいに弱いからな。
結局、騎士の家名も打っちゃって、ハンサムゆえに纏わりついていた女どもも打っちゃって、俺はただの村人になる! なんてほざいてくっついて来た。
だからアイツは、北の国の騎士でなく、今じゃただのハンサムな騎士だ。
良い奴なんだが、実は勇者並にオツムが弱いのかも知れないな。
何も魔物の村の村人にならなくても良いだろうに。
◇◇◇◇◇
変なメンバーになったが、せっかく嫁も息子も一緒だから、ちょっと多目に遠回りのルートを選んだ。
久しぶりに寄った西の国で、あの紳士的な警備隊の男に出会った。
俺と勇者でぶっ飛ばした軍は、あれから再建される事はなかったそうだ。
そうなると、またしても俺のせいで失業者を多数出したかと、少し冷や汗かいたが平気だそうだ。
西の国はあの頃、貪欲な王と貴族の方針で、他国への侵略の為に軍を大きくしていたらしく、食料自給率に無理が出始めていたらしい。
国の規模に不釣り合いな軍が瓦解したお陰で、失業した元軍人どもと、奴隷から解放された亜人どもは全て、農業や漁業や鉱業なんかの、腹が膨れるか懐が潤うかの産業へと回されたらしい。
割を食ったのは、戦争・侵略で私服を肥やそうとしていた王と貴族だけ。
主だった貴族は投獄、王は強制的に代替わり。
跡を継いだ新王は、凡庸ではあるが貪欲とは掛け離れているそうだ。
なんだそれ、最高の展開じゃないか。
勿論、最初の数年は大変だったらしいが、ここの所はようやく落ち着いたそうだ。
正直言って、ホッとした。
誰かの役に立つつもりが、国ひとつドン底に叩き込む所だった。
ま、結果オーライだ。
◇◇◇◇◇
西の国を離れて南下しているんだが、最近ハンサムな騎士とミノタウロスの様子がおかしい。
お互いにソワソワとお互いをチラ見するし、あの五月蝿かったミノタウロスはやけに大人しくなった。
「アイツらどうかしたのか?」
「発情期だろ」
「違うわ、きっと恋よ」
元魔王と勇者がそう言うが、なんの事かよく分からん。
「アイツら男同士だろう」
「何言ってるの? 男は彼だけじゃないの」
勇者がハンサムな騎士を指差してそう言う。
なに? ミノタウロスって……
「女の子よ?」
なんてこった。
全然気付かなかったよ。
あんな頼もしい女は初めてだ。
頬を桃色に染めたハンサムな騎士の言い分だ。
そりゃそうかも知れんが……、いや、良いんだ。
人族の嫁を貰った魔物が、魔物に惚れた人族の事をどうこう言えたもんじゃないよな。
◇◇◇◇◇
随分と南下し、そろそろ東進しようかという所で、急に勇者が真顔で言った。
「この辺りはホント久しぶりだわ」
「詳しいのか?」
俺はこの辺りは初めてだから、俺と一緒に旅する前の事だな。
「もう二十年以上も前だから、記憶と違うかも知れないけど……」
そうだな。
言っちゃ悪いが、オマエのそういう所にはあまり期待していない。
初めて出会った時も、迷子で行き倒れてたからな。
「この先の森のね、そのさらに向こうに、魔物に襲われた村がある筈よ」
ふん、嫌なこと思い出させるなよ。
四度の生のうちで最も苦い思い出だな。
元魔王の奴も、俺と同じ思いなのか変な顔してやがるぜ。
「おい、なぁ豚マン」
「なんだ?」
元魔王が前方の森を指差して言う。
「あの森、なんとなく見覚えがねぇか?」
見覚えと言ったって、俺はこの辺りは初めての筈……
……と思ったんだが、見覚えあるどころか、前世で俺が、何十年にも渡って自分を鍛えた森だった。
「私はこの森で、お師匠さまに剣を教えて頂いたの」
◇◇◇◇◇
俺んちだ。
木で作った家は、所々腐って相当ガタがきていて当時の面影はない。
しかし間違いない、あの二人と一緒に過ごした俺んちだ。
廃墟を前にポロポロと零れる涙を、ハンサムな騎士に不思議そうに見られたが、ボロッボロと流れる元魔王の涙のせいで目立たなかった。
「あの男の家だ、間違いない。おい豚マ――」
尚も言い募ろうとする元魔王に掌を向けて遮る。
……何も言わないでくれ。
もう少し、このままいさせてくれ。
あの日、二人を置いて逃げた俺は、その後どれほど自分が強くなろうと、この村に訪れる事はしなかった。
二人を、村人を、弔ってやりたい想いはあったが、どうしても足が向かわなかった。
自分だけ逃げた罪悪感なのか、二人を喪った現実を見つめたくなかったのか、それはもう自分でも判らない。
「……おい、喋るぞ」
立ち尽くす俺を置いて、荒れた村をウロウロしていた元魔王が戻って来てそう言った。
「記憶通りの場所に、恐らくだがあの男の骨を見つけた。どうする?」
「…………どこだ?」
無言で歩き出した元魔王、その後をのそりと俺も歩く。
ふらつく足取りの俺を、勇者と息子がそっと腕を支えて一緒に歩く。
そういやコイツ、俺を剣王の生まれ変わりだと思ってるんだったな。
普段は割りと――いや、かなりポンコツのクセに、勘の良い奴だ。
元魔王に案内された所は、家からそう離れていない、あの森へ向かう道すがら。
お世辞にも綺麗な白とは言えない、茶色く燻んだ人の骨。
「あの男は間違いなくこの場所で死んだ。恐らくは、あの男だろう」
俺は、その骨に向かい膝を地につけて顔を寄せた。
ふふ、これが物語か何かなら、感じるものがあったりするんだろうな。
……だが俺には、これがあの人の骨かどうか、全く判らない、感じられない。
しかし、どちらでも良かった。
俺は、ただ、とにかく、謝りたかった。
「…………あの時、助けられなくて……、一人で逃げて……、ごめんなさ――」
「そいつぁ違う」「ごめんじゃないわ」
跪いて、頭を下げようとする俺を、両脇から元魔王と勇者が邪魔をした。
二人の顔を見上げる様に、涙に濡れた顔を上げる。
「違うだろ」「違うでしょ」
再び骨に向き直り、最も伝えなければいけない言葉を、口にした。
「…………ありがとう、お父さん」
父の骸は何も言わない。
しかし、なんだろうな、スッキリしたような、なんか、そんな気がした。
◇◇◇◇◇
母の骨は見つけられなかった。
というか、どの骨が母親か特定出来なかった。
全ての骨を集めて弔った。
きっと父と母も、久方ぶりに一緒になれて喜んでいる事だろう。
「俺はここに残る」
夜、村のすぐ近くで野営し、焚き火を囲んでそう宣言した。
「残ってどうするの?」
「さあな。まだ考えてない」
「なら、ここに村を……ううん、国を作りましょう」
国?
「そう、国!」
「私は貴方と離れる気はないから、必然的に私も残る。もちろんこの子も残る。私たち三人じゃ寂しいから、この人たちも巻き込む。でもそれだけじゃ寂しいから……、だから国!」
……また俺の嫁が無茶言い出した。
勝手に巻き込まれた他の連中、ポカンとしてるぞ。
が、悪くないかも知れないな。
人族の国でもない、魔物の国でもない、俺たちの国。
そうだな。
思ったよりも、良いかも知れないな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は今世で満足しきった。
勇者と、子らと、元魔王やハンサムな騎士たち、連中と生きて、満足した。
俺たちの国は、近在の国ともやり取りして、色んなことに口出して、煙たがられたり感謝されたりもしながら、なんやかんやで大きくなった。
魔物も人族も、亜人もなんでもござれのごった煮の国。
良い国になったよ。
勇者も先に逝き、子らももう、俺の手は必要ない。
何ひとつの未練もない。
恐らく、俺の転生はもう、今生で最後、打ち止めだろう。
もう俺のことを語る事はないと思う。
では、さらばだ。
じゃあな。
◇◇◇◇◇
むう、目が開かん。
体も動かない。
まさかと思ったが…………
…………するのかよ、転生。
ま、良い。
俺はこの転生も受け入れよう。
今生もきっと、面白いだろうぜ。