「ほんとはいかんのやけどね。嘘ば言いよーとは思えんけん。特別よ」

 集積所のいかにも柔和そうなおじいさんは、事情を説明すると拍子抜けなくらいアッサリと施設内に僕らを入れてくれた。
 案内されたのは今日の辺り一町の回収分が全て収められているという倉庫のような建物で、恐らくトラックの荷台から投げ入れたであろう資源ごみ達の山が聳えていた。

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

 僕と志木さんは何度もお礼を言った。おじいさんは照れくさそうに「探すのは自分でな」と言って事務室に戻っていった。
 
「よし、頑張ろう!」

 貸して貰った軍手をはめながら、気合を入れる志木さんの方を見て精一杯頷く。彼女が居なければここに入ることすらありえない事だった。
 段ボールや新聞紙の束をひたすらかき分け、持ち上げ、どかしていく。想像以上に物が多い。田舎で過疎で人が居ないと思っていた町は、僕が思っている何倍も人の営みがあると、質量でもって思い知らされている気分だ。
 志木さんが「これは?」と一冊の本を持ち上げて見せてくれたが、僕の物ではなかった。それはとても年季の入った文豪の名著だった。

 五分か十分か経った頃、持ち上げた段ボールの下に見覚えのある表紙が現れた。
 思わずビニールテープを鷲掴みにして持ち上げると十冊ほどの本がひと纏まりになっている。そのどれも僕が選び、家を手伝って貰ったお金で買い、読んだり積んだりした本達だった。
 
「あった! ありました志木さん!」

「おおおおー! やったね!」

 無事に本を発見した達成感と共に志木さんと目を見合わせて喜び、笑った。志木さんはこんな暑い中文句の一つも言わずに、それどころか僕と同じくらい必死になって探してくれた。改めて信じられない優しさと度量だ。
 感謝と敬服の念が湧き上がるのと同時に、これまでで一番酷い喪失感が僕の心臓を穿った。

 ——明日からこの人が居ない。

 その事実が重く重くのしかかる。そして目的を達成した喜びやらこれまでの思い出やらと一緒にぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、大粒の涙となって溢れ出してしまった。

「ごめんなさい……なんで、止まんな」

 止めようと思えば思う程それは身体の奥からとめどなく押し寄せてくる。
 ろくに機能しなくなった視覚を何かが覆った。それは志木さんがあてがってくれたハンカチだった。

「落ち着くまでどこかで休もうか。自転車乗るのも危ないし歩いて行けるところで。全部ちゃんとあるかも確認しないとだしさ。そうだな……この辺に安心できる場所とかある?」

「それなら……」

 彼女の提案を聞いて浮かぶ場所は一つだった。
 海と川の境界——汽水域——の緩やかな水流を臨む高架下にある“安息の地”だ。