「はーるくんっ!」

 それから数日後。僕が先に “あの場所” へ行って本を読んでいると、また彼女――夏恋さんがペットボトルを頬に当ててきた。             
 氷をそのまま当てられたような冷たさだけど、慣れてしまったからか、僕は驚かなかった。          

 「前みたいには驚かなくなっちゃったよねー。つまんないじゃん!」              
 
 頬をぷくっと膨らませながら、そう言う夏恋さん。                     
 ……もしかして怒らせてしまっただろうか、と思い慌てて謝罪する。

 「ごめん、何か慣れちゃったんだ」

 「いや、真面目か! 謝らなくていいよ。そっか、私との日々にもう慣れてるってことだね?」

 「……まぁ、そういうことになるね」

 夏恋さんは嬉しそうに微笑みながら、灰色のトートバッグからもう一本、ペットボトルを取り出し、差し出してきた。             
 同じく “天然水” と書かれているペットボトルだった。

 「そうだ! これ、あげる」

 「え、いいの?」

 「もちろん、だってはるくんのために買ってきたんだから! それとも天然水嫌い?」

 「いや。いただくよ、ありがとう」

 僕は有り難くいただいたペットボトルのキャップを開けて、口をつける。             
 ただの冷たい水だけど、自然を感じさせる甘さがほんのり口いっぱいに広がった。確かに普通の水とは違う気がする。

 「……何か、美味しいね」

 「え、でしょ!? 初めて飲んだ?」

 「うん、いつもお茶飲んでたから。天然水は初めて飲んだかな」

 「そうなんだ! 私この天然水大好きなの。はるくんも気に入ってくれたら嬉しいなぁ」

 どうして……どうして、こんな素敵な笑顔を僕に向けてくれるのだろう。こんな僕だから勘違いしてしまうではないか。
 胸の鼓動がいつもよりも頭の中に響く。ドクン、ドクンと次第に早くなるのが分かる。

 「……夏恋さん」

 「ん?」

 「僕――夏恋さんのことが好きだ」

 夏恋さんのエメラルドグリーンの瞳には、湖と本ではなく、僕が写っている。
 夏恋さんの艶のある髪がそよ風にゆらゆらとなびく。

 「……うれしい。ずっと待ってたんだよ、はるくん」

 頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。                     
 ずっと、待ってくれていた……?

 「え、それって、どういう……」            

 「そのままの意味。私、去年からはるくんが気になってた。クラスで毎日同じ本を読んでて、変わってるなって。だからずっと話してみたいなって思ってたの」

 それはつまり――彼女も、僕と同じ気持ちということで合っているのだろうか。                                   
 あまりにも美しい湖と、この世界の何よりも好きな本と、目の前にいる彼女に包まれる僕。なんて幸せなのだろう。             

 「好きだよ、はるくん。よろしくお願いします」                     

 「……う、うん」
                        
 「あっ、はるくん、顔赤いよ! かーわいい!」

 「ちょ、夏恋さん、見ないで……」

 いつの間にか僕は彼女に好意を持っていた。  
 同じ『読書』という趣味を持っていて、明るくて向日葵のような笑顔を向けられたら誰だって好きになる。                   

 夏恋さんのことが、好き。                                                                                                           

 「暑い夏には、甘い恋がぴったりだねっ」                                                                       

 「……あぁ。そうだね」

 そうだ。僕と彼女の恋物語は、こう呼ぼう。
 僕たちが大好きな本と、同じように。         

 ――暑い夏、甘い恋。