あれから一週間ほど経ち、またいつものように僕は本を持って “あの場所” へ行った。
するともう白色の自転車が止まっているのが分かった。相変わらず毎日来ているんだろうな……と思う。
「夏恋さん、こんにちは」
「あっ! やっほー、はるくん。今日は少し遅かったね」
「塾があったからね」
――夏恋さんは、にっこり微笑んで僕を迎え入れてくれた。エメラルドグリーンの表紙の小説に、僕は目がいく。
僕が彼女の手にある小説を見ているのに気がついたように、彼女は自慢げに小説を差し出してきた。
「へへ、これ、はるくんのおすすめのやつ! 買っちゃったんだー」
「行動が早いね。どこまで読んだ?」
「まだ序盤なの。昨日買ったばかりだから。でもあらすじ読んだらすっごく面白そうだった!」
どうやら気に入ってくれたみたいで僕は少し嬉しくなった。
自分のお気に入りの本を気に入ってくれるのはこんなにも嬉しいものなのだろうか。……それとも、夏恋さんだから?
「ね、はるくんは何の小説読むの?」
「……同じだよ。“暑い夏、甘い恋” 。やっぱりどの本を読んでも、これが一番好きなんだ」
「おぉ、やっぱりそうなんだ! でもずっと読んでて飽きないの?」
「違う視点でいつも読んでるんだ。僕だったらこうするとか、こう考えるのにな、とか。そう考えながら読むとまた違う気持ちが湧き出てきて面白いよ」
彼女と会話しながら本を読むのが、とてつもなく楽しい日課になっていた。
もう八月に突入しているけれど、暑さなんて感じさせないほど彼女との会話に夢中になっている。
夏恋さんは前と同じ、天然水が入っているペットボトルのキャップを開けて、美味しそうに喉に通していた。
「天然水、好きなの?」
「へっ? あぁ、好きっていうか、安いからさ。バイトとかしてないからねー、金欠なの」
「なるほどね。でも天然水って味しないでしょ? それでもいいの?」
「……ふふっ、やっぱりはるくんは面白いね。天然水だとしても、味があるの」
僕は天然水よりどっちかというと味がついているお茶が好きだから、その気持ちが分からなかった。
彼女といると新しい発見があって、とても興味が湧く。
きらめく太陽の日差しが暑く、僕はまた本に視線を戻した。
――何度読んでも、この本は面白い。中身を分かっていてもすごく好きなんだ。
彼女の天然水に対する気持ちも、同じなのだろうか。
「……今日ね、この前の喧嘩のことで、両親が謝ってたの。お互いにごめんねって。私それ見てすごく嬉しくなった」
夏恋さんは突然、家の話をし始めた。きっと僕に話したくなるくらい、嬉しかったのだろう。
一度読んでいたページにしおりを挟んで、僕は彼女の目を見つめた。
「良かったね。また仲を取り戻して」
「うん、本当に嬉しい。ありがとう、はるくんのおかげだよ」
「……僕のおかげ?」
「はるくんの言葉がきっと両親の心にも響いたんだと思う」
僕の言葉というのは、一週間前のときだろうか。
『だってその親御さんの喧嘩は、夏恋さんには関係ないでしょ』
確かに僕はそう言ったけれど。
「僕は夏恋さんの両親じゃなくて、夏恋さんに言ったつもりなんだけど」
「まぁまぁ、だとしても両親が仲直りできたのははるくんのおかげ! ありがとう!」
僕のおかげだと言ってくれる人は、今まで誰一人としていなかった。というか、僕自身誰かのために言葉を掛けることがなかったから。
――嬉しいと素直に思った。
「そういえばさ、はるくんも家にいたいとは思わないって言ってたよね?」
「……あぁ、まぁそうだね」
「はるくんも何か事情があるの?」
きょとん、とした瞳で見つめてくる夏恋さん。
僕は自分のことを誰かに話したことはないけれど、彼女なら心の奥を打ち明けたいと思えた。
「別に、虐待とかそういうわけじゃないんだけどね。ただ勉強ばかりの人生に飽きたんだ。学校でも空気みたいな存在だったし。今までつまらない人生送ってきたなって思ったら、家にもいたくなくなっちゃったんだ」
でも――夏恋さんに出会って、話しかけられて、こうやって一緒に本を読んだり会話をしている。それだけでもうつまらない人生とは遠くかけ離れている気がする。
このことは彼女本人には言い難いけれどね。
「そっか。うん、はるくんもここに来て本を読む理由、当てはまってるね」
「……そうかな。僕は夏恋さんみたいに大した理由じゃないけどね。ここに来ると全部、嫌なことを忘れられるから」
「そうだね、分かるよ!」
――やっぱり彼女の向日葵のような笑顔には叶わないな。
この胸のドキドキを抱えて、強くそう思った。
するともう白色の自転車が止まっているのが分かった。相変わらず毎日来ているんだろうな……と思う。
「夏恋さん、こんにちは」
「あっ! やっほー、はるくん。今日は少し遅かったね」
「塾があったからね」
――夏恋さんは、にっこり微笑んで僕を迎え入れてくれた。エメラルドグリーンの表紙の小説に、僕は目がいく。
僕が彼女の手にある小説を見ているのに気がついたように、彼女は自慢げに小説を差し出してきた。
「へへ、これ、はるくんのおすすめのやつ! 買っちゃったんだー」
「行動が早いね。どこまで読んだ?」
「まだ序盤なの。昨日買ったばかりだから。でもあらすじ読んだらすっごく面白そうだった!」
どうやら気に入ってくれたみたいで僕は少し嬉しくなった。
自分のお気に入りの本を気に入ってくれるのはこんなにも嬉しいものなのだろうか。……それとも、夏恋さんだから?
「ね、はるくんは何の小説読むの?」
「……同じだよ。“暑い夏、甘い恋” 。やっぱりどの本を読んでも、これが一番好きなんだ」
「おぉ、やっぱりそうなんだ! でもずっと読んでて飽きないの?」
「違う視点でいつも読んでるんだ。僕だったらこうするとか、こう考えるのにな、とか。そう考えながら読むとまた違う気持ちが湧き出てきて面白いよ」
彼女と会話しながら本を読むのが、とてつもなく楽しい日課になっていた。
もう八月に突入しているけれど、暑さなんて感じさせないほど彼女との会話に夢中になっている。
夏恋さんは前と同じ、天然水が入っているペットボトルのキャップを開けて、美味しそうに喉に通していた。
「天然水、好きなの?」
「へっ? あぁ、好きっていうか、安いからさ。バイトとかしてないからねー、金欠なの」
「なるほどね。でも天然水って味しないでしょ? それでもいいの?」
「……ふふっ、やっぱりはるくんは面白いね。天然水だとしても、味があるの」
僕は天然水よりどっちかというと味がついているお茶が好きだから、その気持ちが分からなかった。
彼女といると新しい発見があって、とても興味が湧く。
きらめく太陽の日差しが暑く、僕はまた本に視線を戻した。
――何度読んでも、この本は面白い。中身を分かっていてもすごく好きなんだ。
彼女の天然水に対する気持ちも、同じなのだろうか。
「……今日ね、この前の喧嘩のことで、両親が謝ってたの。お互いにごめんねって。私それ見てすごく嬉しくなった」
夏恋さんは突然、家の話をし始めた。きっと僕に話したくなるくらい、嬉しかったのだろう。
一度読んでいたページにしおりを挟んで、僕は彼女の目を見つめた。
「良かったね。また仲を取り戻して」
「うん、本当に嬉しい。ありがとう、はるくんのおかげだよ」
「……僕のおかげ?」
「はるくんの言葉がきっと両親の心にも響いたんだと思う」
僕の言葉というのは、一週間前のときだろうか。
『だってその親御さんの喧嘩は、夏恋さんには関係ないでしょ』
確かに僕はそう言ったけれど。
「僕は夏恋さんの両親じゃなくて、夏恋さんに言ったつもりなんだけど」
「まぁまぁ、だとしても両親が仲直りできたのははるくんのおかげ! ありがとう!」
僕のおかげだと言ってくれる人は、今まで誰一人としていなかった。というか、僕自身誰かのために言葉を掛けることがなかったから。
――嬉しいと素直に思った。
「そういえばさ、はるくんも家にいたいとは思わないって言ってたよね?」
「……あぁ、まぁそうだね」
「はるくんも何か事情があるの?」
きょとん、とした瞳で見つめてくる夏恋さん。
僕は自分のことを誰かに話したことはないけれど、彼女なら心の奥を打ち明けたいと思えた。
「別に、虐待とかそういうわけじゃないんだけどね。ただ勉強ばかりの人生に飽きたんだ。学校でも空気みたいな存在だったし。今までつまらない人生送ってきたなって思ったら、家にもいたくなくなっちゃったんだ」
でも――夏恋さんに出会って、話しかけられて、こうやって一緒に本を読んだり会話をしている。それだけでもうつまらない人生とは遠くかけ離れている気がする。
このことは彼女本人には言い難いけれどね。
「そっか。うん、はるくんもここに来て本を読む理由、当てはまってるね」
「……そうかな。僕は夏恋さんみたいに大した理由じゃないけどね。ここに来ると全部、嫌なことを忘れられるから」
「そうだね、分かるよ!」
――やっぱり彼女の向日葵のような笑顔には叶わないな。
この胸のドキドキを抱えて、強くそう思った。