『ふん、聞きしに勝る無能っぷりだな!
カーテシーもまともにできないのが婚約者だと俺様が恥をかくんだ。
お前が四公の令嬢だったから俺様の婚約者になれたんだ。
有り難く思って精進しろ』

 初めて婚約者としての顔合わせの時だ。
ロブール夫人に連れられた婚約者は、子供としては及第点のカーテシーで挨拶を済ませ、夫人の隣でただ微笑むだけだった。

 確か私が12歳になってすぐ、あいつはまだ8歳で9歳になる年だ。

 この頃の3歳差は大きいと、今ならわかる。
パーティーにも出た事のない子供なら、礼儀作法もあんなものだろうと今ならわかる。

 だが初めてできた婚約者が、パーティーで見る同い年のどの令嬢よりも下手くそなカーテシーだった事に、まずショックを受けた。

 次いで、話しかけても軽く相槌を打つだけでこれまでの令嬢のように話題を膨らませる努力もしない事に腹を立てた。

 母上から庭を案内するよう言われて2人きりになっても特に会話もなく、堪えきれなくなったのだ。

『まあまあ、嫌でしてよ?
何もありがたくありませんわ。
有るのが難しいと書いて有り難いなら、まあニュアンス的にわからなくもありませんけれど。
それよりも俺様とか、ふふふ、どこの世界線かしら?
いえ、今の世界線ね。
現実世界ではこんなに違和感だらけなのね。
俺様なんて言う人が周りにいなかったから、わからなかったわ。
今は可愛いから許されるでしょうけれど、大人になってもこのままだったら……ないわ、それ』

 表情だけは淑女らしい微笑みでそれまでとは打って変わったように言うだけ言って、最後はスン、と表情を消す。

『なっ、なっ、、、』
『な?』

 あまりの事に二の句が告げられず、頭に血が上るのが子供ながらにわかった。

 こいつのキョトンとした顔に感情が大爆発した。

『お前、俺様の婚約者にしてやったのに生意気だ!
俺様の前からもこの城からも消えろ!
2度と来るな!』
『まあ!
ありがとうございます!
もちろん畏まりましてよ!
王族たるもの、撤回は認めませんわ!
よろしくて?!』
『なっ……当然だ!
2度と来るな!』

 泣かすつもりで言ったのに、予想外に喜ばれた事に絶句し、再び命令した。

『それでは、これにて御前失礼致します』
 
 それは初めて見せた時とは全く違う、見事なカーテシー。
四公の夫人達がするような、隙の無い、しかし流れるような慣れた所作。

 思わず見惚れてしまうが、そんな私を残して颯爽と庭を出て行く。

 後で知ったが、そのまま邸まで1人で帰ったらしく、私は事の顛末を母上に素直に話して叱られた。

 世の理不尽さを初めて知った貴重な日となった。

 とにかくあいつに言われた事が頭から離れず、その日を境に俺様を封印し、私と言うようになったのは秘密だ。

 あれからあの婚約者は1度も登城せず、妃教育も余裕のすっ飛ばしっぷり。

 母上が登城命令だと家令に告げて連れて来いと言った事もあったらしい。

『あらあら?
2度とお城に来るなとのご命令でしてよ?
撤回しない事を殿下も私も了承し合っておりますの。
初めての婚約者同士の共同作業ですし、まさか王族の下した命令を軽んじるわけにもまいりません事よ。
不敬を疑われかねませんもの。
それともあなたが不敬罪で罰を受けるのかしら?』

 と、断るらしい。
四公の公女という身分もあって引きずってまでは連れて来られないと母上は嘆いた。

 せめて自宅で王子妃教育をと伝えられれば、こうだ

『まあまあ?
私も殿下も婚約者らしい交流は何1つしておりませんわ。
政略結婚であっても互いに尊重するのが礼儀。
ですがそうした事も互いに無い名ばかりの、登城すらする事もなく、こちらに参られるわけでもない婚約者同士である以上、学ぶ必要性はございませんわ。
お顔を突き合わせて会話を楽しんだ事もございませんし、四大公爵家嫡子にして第1公女、ラビアンジェ=ロブールの名だけを今後もどうぞお好きにご利用なさって』

 ある意味正論だ。

 だがこんな婚約者、認められるわけがない!
私が折れて婚約者として誘えと母上だけでなく父上からも言われ、不承不承に手紙を送った事はあれど、送り返された手紙には一言。

【お気になさらず】

 あいつ、嫌いだ!!

 以来私も気にせず、むしろ関係の破綻をもって婚約を解消したいと母上にも父上にも伝え続けている。