——そんな別れを経て大学生になった俺は今、奇跡の様な偶然の出会いによって再び葉月と会うことが出来た。
新しい俺達の明日が始まる、そんな予感がしてやまない。その予感を現実にしたい。現実にするといったら、この予言日記の出番だ。
さようならのページで終わった予言の後、まだ何も書かれていない白いページが続いているのを見て、俺はそこに明日の日付と共に予言を書き込んだ。
“葉月とまた話をする”
よし、やるぞ。
あの日の葉月の覚悟を背負ったこの予言日記に、今度は俺が力を借りる。新しい明日を今度は俺が始めるんだ。
次の日になると、大学へ向かう最中からずっと俺はそわそわしていた。だって俺は予言日記に書き込んだのだから、それを現実にしなければならない。
多分葉月と受けている講義は被っていないだろうと思う。だって入学してから昨日までずっと葉月の存在に気がついていなかったのだ。この広いキャンパス内、一度も顔を合わせたことの無い人間なんてごろごろ居るだろうから、きっと葉月もその中の一人だったのだろう。
大学生になると自分で単位の調整が出来るので、受けたい講義と一週間のスケジュールを決めるのは自分次第だ。朝から最後までずっと入れてる日もあれば、午前か午後だけの日もある。お互いの予定を合わせないで葉月と出会うことはとても難しいのだと、ずるずると午前中を終えた今、改めて感じた。
どうしようか……葉月と話す、それだけのことも出来ないかもしれない。本当は自然と会えたらなと思ってたんだけど。
だってその方が偶然を装えるし……なんて、相変わらず俺は格好つけたがりらしい。そんなことでは駄目だと、食堂で学食を食べながら取り出したのはスマートフォン。ここには葉月の連絡先が入っている。
“こんにちは。昨日はありがとう”
“葉月は今日大学来てる?”
送ってから画面を閉じて、小さく溜息をついた。自分の葛藤が一瞬で終わりを迎えた瞬間だ……葉月はどう思うかな? 返信を待つ時間は苦手だ。あれこれ考えてしまうから。でも会えないまま終わってしまったら元も子もないし、もう俺は小学生の頃の俺ではないのだから変なこだわりは捨てるべき。その為の予言日記な訳なんだし、
ブー、ブー
「!」
返事だ!と震えるスマホを慌てて手に取り確認すると、嬉しいことに予想通り。その送り主は葉月だった。
“こんにちは! 私も送ろうと思ってた〜!”
“今日はさっき着いた所なんだ。午後から最後まで入ってる日”
午後から最後までということは、もう講義が始まる所か。
“じゃあ俺も最後までだから良かったら一緒に帰らない?”
“え、嬉しい! そうしよ!”
そして、後でね〜と猫が手を振るスタンプが送られてきて、俺は心の中でガッツポーズをした。
ありがとう現代の機器。小学生の頃のあのお別れとは違うのだ。会おうと思えば会える今は何て素晴らしいのだろう。
先程までの偶然会えないかなと、変な所にこだわっていた自分はもうすっかり居なくなっていた。
+
「あ! 飛鳥!」
「おまたせ〜!」と眩い笑顔でこちらに駆け寄る葉月と合流する。お互い最後の時間まで講義があった為、もう夕方を過ぎて辺りは薄暗くなっていた。
「葉月は大学まで電車? 徒歩?」
「電車。飛鳥は?」
「俺は徒歩。大学の側に部屋借りてるから」
「え、一人暮らし?」
「うん。実家はあの頃引越したままだよ」
「そうだったんだ……じゃあ今度遊び行っても良い?」
「え?……い、良いけど、何も無いよ」
「そんなことないよ。飛鳥が居るじゃん」
「でも、だったらうちじゃなくても会えるでしょ?」
急な展開に、一人暮らしの男の家になんてと。しかも昔別れ際に泣かせてしまった大事な女の子を呼ぶのだと思うとなんだかどぎまぎしてしまい、つい思っていた以上の拒否感を醸し出してしまった。はっとした時には、葉月は少し寂しそうに「そっか、そうだよね」と微笑んでいて、その笑顔がちくりと心に刺さる。
……失敗した。嫌な訳じゃなかったのに。
でも、今更嫌じゃないからと積極的に誘うのも違う気がして、「駅まで送るよ」と、話題を切り替えて歩き出すことしか俺には出来なかった。
……駄目だな俺。
一緒に駅へ向かう最中、何事も無かった様に今日の出来事や、昔の思い出話を笑顔で話してくれる葉月に相槌を打ちながら、俺は先程の失態を引きずっていた。すると最寄駅になんてあっという間に着いてしまう。
「送ってくれてありがとう。またね」
葉月が小さく手を振り改札へ向かおうとする姿があの日の別れ際の葉月と重なり、過去の何も出来ずに見送った自分が脳裏に蘇る。
——これじゃ、あの頃と何も変わってない。新しい明日を今度は俺が始めるんだって、決めたはず……!
「は、葉月!」
背を向け一歩足を進めた葉月の手を取ると、驚いた顔をした葉月が振り返る。
「実は俺、予言日記始めたんだ。昨日から」
「え?」
「だからその、一緒にやらない? またあの頃みたいに二人で」
「…………」
つい、引き止めたくて、繋ぎ止めたくて、何かを進めたくて、咄嗟に飛び出した言葉がそれだった。
……けれど。
「……やらない」
そう言って、葉月は自分の手を取る俺の手にもう一方の手を重ねる。
「もうやめたの。だからやらないんだ」
困った様に微笑む葉月から丁寧な対応をされ、俺はそれに「そっか」としか答えられず、
「じゃあ、またね」
「……うん、また」
そっと葉月の手を離し、結局去り行くその背中を静かに見送ることしか出来なかった。
……なんでやめちゃったの?
心の中で葉月の背中に尋ねてみても、答えなんて返って来ない。言葉に出来なければ彼女に届かないのはわかっているけれど、その質問を口にすることは出来なかった。
だって、葉月は俺の知らない顔をしていた。あんな傷付いた様な切なげな表情、初めて見た。
——葉月の表情が頭の中から離れない。
昨日偶然出会って、昔と変わらない葉月がそこに居たことがとても嬉しかった。
葉月は俺の知っている葉月のまま、ずっと前を向いて今日まで生きて来たのだろうとすぐに思ったし、あの頃の様にまた一緒に歩んで行く毎日を過ごせるのだと信じた自分がそこに居た。
けれど、現実は違った。
それはそうだ。だってあの頃の俺達は小学生で、今の俺達は大学生。法律上成人している年齢である。葉月だってもうあの頃と違って当たり前なのだ。
俺は……俺は、どうなのだろう。
俺はあの頃と何か変わったのだろうか。あの頃はいつも葉月が明日に導いてくれていた。葉月はいつも、未来の提案をする。そういえば今回初めて葉月と会った時もそうだ。葉月からカフェに誘ってくれたし、連絡先の交換だってそう。俺はずっと頷いていただけ。
今度は俺がって、予言日記の力を借りて声を掛けてはみたものの、結果、この通りだ。何一つ前に進んでいないし、むしろ下がった様な気がする。
こんなこと、始めるべきじゃなかったのかな。
俺には向いて無いのかもしれない。失敗しかしなかった今日にどん底まで落ち込んでいく自分を感じる。
ブー、ブー
「? 誰だろ」
スマホが連絡があることを通知する為に震えているので手に取ると、画面には葉月のアイコンが。
びっくりしてすぐに開くと、
“今日は誘ってくれて嬉しかった。送ってくれてありがとう”
と、あんな空気で、あんな別れ方をした俺に対して、葉月はお礼のメッセージを送ってくれた。
うじうじ悩んでばかりで、気の利いたこと一つ出来ない情けないこんな俺に。
——もう、情けない俺はここで終わりにしよう。
決意と共に俺は予言日記を取り出した。返事をする前にここに書き込んでしまおう。弱い俺が逃げ出さない様に。
“葉月と二人で出掛ける”
良し!と気合いを込めた俺は改めて画面と向き合うと、どきどきしながらメッセージを記入し、送信した。
“こちらこそありがとう。良かったら次は一緒に出掛けませんか?”
きっと俺の家より楽しいと思う、と書いた分は送ることなくすぐに消した。もうそういう言い訳みたいなものは無しだ。俺は格好良く前を向きたい。
ブー、ブー
「!」
“嬉しい! 行きたい!”
送られて来たにっこにこでほわほわの犬のスタンプを見て、同じ様に喜んでいる葉月の笑顔が頭に浮かんだ。可愛いなと心が和んで、俺も自然と笑顔になっていた。
新しい俺達の明日が始まる、そんな予感がしてやまない。その予感を現実にしたい。現実にするといったら、この予言日記の出番だ。
さようならのページで終わった予言の後、まだ何も書かれていない白いページが続いているのを見て、俺はそこに明日の日付と共に予言を書き込んだ。
“葉月とまた話をする”
よし、やるぞ。
あの日の葉月の覚悟を背負ったこの予言日記に、今度は俺が力を借りる。新しい明日を今度は俺が始めるんだ。
次の日になると、大学へ向かう最中からずっと俺はそわそわしていた。だって俺は予言日記に書き込んだのだから、それを現実にしなければならない。
多分葉月と受けている講義は被っていないだろうと思う。だって入学してから昨日までずっと葉月の存在に気がついていなかったのだ。この広いキャンパス内、一度も顔を合わせたことの無い人間なんてごろごろ居るだろうから、きっと葉月もその中の一人だったのだろう。
大学生になると自分で単位の調整が出来るので、受けたい講義と一週間のスケジュールを決めるのは自分次第だ。朝から最後までずっと入れてる日もあれば、午前か午後だけの日もある。お互いの予定を合わせないで葉月と出会うことはとても難しいのだと、ずるずると午前中を終えた今、改めて感じた。
どうしようか……葉月と話す、それだけのことも出来ないかもしれない。本当は自然と会えたらなと思ってたんだけど。
だってその方が偶然を装えるし……なんて、相変わらず俺は格好つけたがりらしい。そんなことでは駄目だと、食堂で学食を食べながら取り出したのはスマートフォン。ここには葉月の連絡先が入っている。
“こんにちは。昨日はありがとう”
“葉月は今日大学来てる?”
送ってから画面を閉じて、小さく溜息をついた。自分の葛藤が一瞬で終わりを迎えた瞬間だ……葉月はどう思うかな? 返信を待つ時間は苦手だ。あれこれ考えてしまうから。でも会えないまま終わってしまったら元も子もないし、もう俺は小学生の頃の俺ではないのだから変なこだわりは捨てるべき。その為の予言日記な訳なんだし、
ブー、ブー
「!」
返事だ!と震えるスマホを慌てて手に取り確認すると、嬉しいことに予想通り。その送り主は葉月だった。
“こんにちは! 私も送ろうと思ってた〜!”
“今日はさっき着いた所なんだ。午後から最後まで入ってる日”
午後から最後までということは、もう講義が始まる所か。
“じゃあ俺も最後までだから良かったら一緒に帰らない?”
“え、嬉しい! そうしよ!”
そして、後でね〜と猫が手を振るスタンプが送られてきて、俺は心の中でガッツポーズをした。
ありがとう現代の機器。小学生の頃のあのお別れとは違うのだ。会おうと思えば会える今は何て素晴らしいのだろう。
先程までの偶然会えないかなと、変な所にこだわっていた自分はもうすっかり居なくなっていた。
+
「あ! 飛鳥!」
「おまたせ〜!」と眩い笑顔でこちらに駆け寄る葉月と合流する。お互い最後の時間まで講義があった為、もう夕方を過ぎて辺りは薄暗くなっていた。
「葉月は大学まで電車? 徒歩?」
「電車。飛鳥は?」
「俺は徒歩。大学の側に部屋借りてるから」
「え、一人暮らし?」
「うん。実家はあの頃引越したままだよ」
「そうだったんだ……じゃあ今度遊び行っても良い?」
「え?……い、良いけど、何も無いよ」
「そんなことないよ。飛鳥が居るじゃん」
「でも、だったらうちじゃなくても会えるでしょ?」
急な展開に、一人暮らしの男の家になんてと。しかも昔別れ際に泣かせてしまった大事な女の子を呼ぶのだと思うとなんだかどぎまぎしてしまい、つい思っていた以上の拒否感を醸し出してしまった。はっとした時には、葉月は少し寂しそうに「そっか、そうだよね」と微笑んでいて、その笑顔がちくりと心に刺さる。
……失敗した。嫌な訳じゃなかったのに。
でも、今更嫌じゃないからと積極的に誘うのも違う気がして、「駅まで送るよ」と、話題を切り替えて歩き出すことしか俺には出来なかった。
……駄目だな俺。
一緒に駅へ向かう最中、何事も無かった様に今日の出来事や、昔の思い出話を笑顔で話してくれる葉月に相槌を打ちながら、俺は先程の失態を引きずっていた。すると最寄駅になんてあっという間に着いてしまう。
「送ってくれてありがとう。またね」
葉月が小さく手を振り改札へ向かおうとする姿があの日の別れ際の葉月と重なり、過去の何も出来ずに見送った自分が脳裏に蘇る。
——これじゃ、あの頃と何も変わってない。新しい明日を今度は俺が始めるんだって、決めたはず……!
「は、葉月!」
背を向け一歩足を進めた葉月の手を取ると、驚いた顔をした葉月が振り返る。
「実は俺、予言日記始めたんだ。昨日から」
「え?」
「だからその、一緒にやらない? またあの頃みたいに二人で」
「…………」
つい、引き止めたくて、繋ぎ止めたくて、何かを進めたくて、咄嗟に飛び出した言葉がそれだった。
……けれど。
「……やらない」
そう言って、葉月は自分の手を取る俺の手にもう一方の手を重ねる。
「もうやめたの。だからやらないんだ」
困った様に微笑む葉月から丁寧な対応をされ、俺はそれに「そっか」としか答えられず、
「じゃあ、またね」
「……うん、また」
そっと葉月の手を離し、結局去り行くその背中を静かに見送ることしか出来なかった。
……なんでやめちゃったの?
心の中で葉月の背中に尋ねてみても、答えなんて返って来ない。言葉に出来なければ彼女に届かないのはわかっているけれど、その質問を口にすることは出来なかった。
だって、葉月は俺の知らない顔をしていた。あんな傷付いた様な切なげな表情、初めて見た。
——葉月の表情が頭の中から離れない。
昨日偶然出会って、昔と変わらない葉月がそこに居たことがとても嬉しかった。
葉月は俺の知っている葉月のまま、ずっと前を向いて今日まで生きて来たのだろうとすぐに思ったし、あの頃の様にまた一緒に歩んで行く毎日を過ごせるのだと信じた自分がそこに居た。
けれど、現実は違った。
それはそうだ。だってあの頃の俺達は小学生で、今の俺達は大学生。法律上成人している年齢である。葉月だってもうあの頃と違って当たり前なのだ。
俺は……俺は、どうなのだろう。
俺はあの頃と何か変わったのだろうか。あの頃はいつも葉月が明日に導いてくれていた。葉月はいつも、未来の提案をする。そういえば今回初めて葉月と会った時もそうだ。葉月からカフェに誘ってくれたし、連絡先の交換だってそう。俺はずっと頷いていただけ。
今度は俺がって、予言日記の力を借りて声を掛けてはみたものの、結果、この通りだ。何一つ前に進んでいないし、むしろ下がった様な気がする。
こんなこと、始めるべきじゃなかったのかな。
俺には向いて無いのかもしれない。失敗しかしなかった今日にどん底まで落ち込んでいく自分を感じる。
ブー、ブー
「? 誰だろ」
スマホが連絡があることを通知する為に震えているので手に取ると、画面には葉月のアイコンが。
びっくりしてすぐに開くと、
“今日は誘ってくれて嬉しかった。送ってくれてありがとう”
と、あんな空気で、あんな別れ方をした俺に対して、葉月はお礼のメッセージを送ってくれた。
うじうじ悩んでばかりで、気の利いたこと一つ出来ない情けないこんな俺に。
——もう、情けない俺はここで終わりにしよう。
決意と共に俺は予言日記を取り出した。返事をする前にここに書き込んでしまおう。弱い俺が逃げ出さない様に。
“葉月と二人で出掛ける”
良し!と気合いを込めた俺は改めて画面と向き合うと、どきどきしながらメッセージを記入し、送信した。
“こちらこそありがとう。良かったら次は一緒に出掛けませんか?”
きっと俺の家より楽しいと思う、と書いた分は送ることなくすぐに消した。もうそういう言い訳みたいなものは無しだ。俺は格好良く前を向きたい。
ブー、ブー
「!」
“嬉しい! 行きたい!”
送られて来たにっこにこでほわほわの犬のスタンプを見て、同じ様に喜んでいる葉月の笑顔が頭に浮かんだ。可愛いなと心が和んで、俺も自然と笑顔になっていた。