「それで、上崎くんは何読んでるの?」

 僕の気持ちなど気にも留めず、花村さんはその翠色の瞳で興味深そうにこちらを覗き込み、小首を傾げた。

「……本、かな」

 僕は気まずさを隠しつつそう答え、鞄を手繰り寄せてそっと本を仕舞う。

「わかってるよー。だから、『何読んでるの?』って訊いてるんじゃん」

 彼女はころころと楽しそうに笑い、その整った顔に喜色を広めた。
 まるで向日葵みたいに明るいその笑顔。僕の鼓動は壊れたメトロノームみたいに、どんどん速まっていく。

「べ、別に……僕が何読んでたっていいでしょ」

 ぶっきらぼうに返して、僕は自然と視線を正面の川の方へと逸らした。そして、自らの心臓にさっさと静まれと心中で怒鳴りつける。
 せっかく花村さんから話し掛けてくれたのに、気の利いた言葉の一つも返せない自分が憎らしかった。