「涼吾、もっと飛ばして?」

 リクエスト通りに安全運転を心掛けていると、背中越しに六花の声が聞こえてきた。
 はい? 安全運転で宜しくって自分で言ってなかったっけ?

「全部抜いて振り切っちゃおう!」

 六花は前を走る自転車を指差し、まるで馬に跨る騎手のように僕に指示を出した。
 いやいや、だから安全運転どこ行った?

「ほら~、急げっ。もっと早く! じゃないと、後ろから来るゾンビの群れに追いつかれちゃう!」

 いつからこの平和な河川敷がC級ホラーの舞台になったっていうんだ。
 でも、楽しそうな彼女の声を聞いているうちに僕もつい高揚してしまって、ギアを上げてペダルを漕ぐ足にも力が入る。
 が──速度を上げた拍子に大きめの石を踏んでしまい、ガタンと揺れた。後ろから「きゃっ」という小さな悲鳴とともに、不満が聞こえてくる。

「ちょっと涼吾、お尻痛いんだけど。後ろにデリケートなもの乗せてるの、わかってる?」
「飛ばせって言ったの六花でしょ!」

 そんなツッコミを入れつつ、僕らは自転車で夏を駆け抜けていった。
 六花と実際に話したのは、今日が初めてだ。でも、毎晩夢で他愛ない話をしていたからか、慣れてしまえばずっと友達だったかのようなノリで話せてしまう。何だか不思議な関係だった。

「あっ。本もいいけどさー、一緒に映画も観よ? 見たい映画たくさんあるんだけど、皆私のシュミに付き合ってくれなくてさー。せっかくネトフリ入ってるのに、誰も一緒に観てくれないんだー」

 自転車の速度に満足したのか、或いはゾンビという単語でホラー映画を連想したのか、唐突に彼女からそんな提案がなされた。

「そりゃ、ハズレだってわかってる低予算ホラー映画なんて誰も見たがらないでしょ」
「わかってないな~、涼吾は。ホラーはね? C級とかD級の中からB級を見つけ出すのがいいんだよ」
「ごめん、全然わからない」
「だーかーらー、私がその楽しさを教えてあげようって言ってるんじゃない。きっと涼吾にもわかるよ」

 後ろで六花がくすくすと楽しそうに笑っていた。
 どうやら、今年の夏休みはC級だかD級だかのほぼハズレが確定しているホラー映画を見る予定まで追加されてしまったらしい。
 現状、全然そんな映画が面白いとは思えない。でも、もしかすると……彼女と一緒に見ると、そんなくだらない映画でさえも面白いと思えてしまうのだろうか。
 自分の価値観まで破壊されてしまいそうで、何だか少し怖かった。