「あっ。じゃあさ、今から市立図書館いこーよ! それで、お互いおすすめし合うの。名案じゃない?」

 僕の答えを待たずに、彼女から新たな提案が齎される。
 夢でも現実でも、彼女はとにかく会話のペースが速い。あまり話すのが得意でない僕は、いつもそんな彼女のペースについていくのに必死だった。
 どうやら、それは()()()でも変わらないらしい。
 でも、市立図書館か。ここからだと結構離れている。

「市立図書館って、ここから遠くない? 歩くと三〇分は掛かるよ?」
「なーに言ってんの! それがあるでしょ?」 

 六花は親指でくいっと僕の自転車を差した。

「後ろ、乗っけてよ」
「いや、ヘルメットひとり分しかないし」
「安全運転で、ヨロシク頼むよ」

 僕の反論には聴く耳を持ってくれないらしい。
 大きな溜め息とともに僕の分のヘルメットを投げて渡すと、六花はご機嫌な様子でそれを被った。
 僕が自転車にまたがると、彼女も続いて後ろに乗っかる。六花の細い腕が僕の腰に回され、柔らかい身体が背中に押し付けられるとともに、ふわりと彼女の香りが僕を覆った。

「叱られても知らないよ」
「叱られる前に全速力で逃げちゃえば大丈夫!」
「それ、全然大丈夫じゃないでしょ」
「大丈夫だって! ほら、いくよ?」

 そんなやり取りの後、僕は自転車のペタルをぐっと踏み込む。
 叱られるとしたら、ノーヘルのまま自転車を漕いでいる僕だろうか。それとも、二人乗りの言い出しっぺである彼女だろうか。
 そんなことを考えながら、背中から感じる彼女の体温だとか、柔らかさだとかを誤魔化して、土手の上を自転車で走る。
 自分でもこの状況が信じられなかった。一体全体何が起こっているというのだろうか。
 ただひとつだけ言えるとすると……僕の惰性に満ちた夏休みの序章は、僅か一ページにしてコペルニクス的な転回を迎えてしてしまった。それはきっと、間違いないのだろう。