「それで? 今作はどーよ。それも面白いでしょ?」

 六花は僕の鞄から今朝買った文庫本を取り出して訊いてきた。
 まるで自分のことのように胸を張って、自信満々だ。

「まだ一章までしか読んでないよ。でも、面白いと思う。何だか伏線が張り巡らされてそうだし」
「いいところに気付いたね、涼吾。でも、その伏線は一章だけじゃないから、心して読むように」

 うむうむ、と何かに満足した様子で、彼女は腕を組んで頷く。
 ようやくリアルでも本について話せる人ができたのが嬉しいのだろう。

「心して読むよ。感想は……」

 LIMEで伝えるよと言い掛けて、言い淀む。僕は彼女の連絡先を知らないのだ。
 どうやって伝えようかと思っていると、彼女はポケットからスマホを取り出し、QRコードを僕の前に差し出した。LIMEの友人登録用のコードだ。

「交換、しよっか」

 こちらの考えはお見通しらしい。僕がちょっと不貞腐れた様子でスマホを出してコードを読み込むまで、彼女はずっとにこにこしたままだった。

「今度はさ、涼吾のおすすめも教えてよ」

 言いながらスマホを操作し、友達登録するついでに僕に意味不明なスタンプを送りつけてくる。なんだ、秋刀魚(さんま)の塩焼きの実写スタンプって。『やあ、サンマだよ』じゃないよ。白目向いてて丸焼き状態じゃないか。

「僕のおすすめ? でも、六花が読んでる本と結構ジャンル違うくない?」

 六花が好んで読むジャンルは、文芸やライト文芸など恋愛を主体とするものが主流だ。
 一方、僕はミステリ小説をよく読んでいる。あまり彼女が好むとは思わなかった。 

「いいよ、それでも。自分が普段読まないものを読むのも楽しいし、新しいジャンルも開拓できるかもじゃん?」

 あっけらかんとして笑うその様はまるで向日葵で、見ていて眩しくなる。
 日陰者の僕でも、明るく照らされてしまうほどに。