「いやぁ、エグっ。何年振り?」

「高校卒業以来だから……四年振り、かな」

「うわ、マジか。時の流れ早すぎだろ」

 パタパタと、服で体を煽ぎながら、その男――岸雄翔は、僕の前に座った。運動終わりなのか、制汗剤の匂いがこちらにまで漂ってくる。ポリエステル素材のTシャツとバスパンが、バスケコートを走る彼を(ほう)彿(ふつ)させた。

「さっきまで、大学のやつらとバスケしてたんだ」

 僕の視線に気がついた岸が、そう説明する。

「へぇ、まだバスケやってたんだ。すごいね」

「いやいや、ただのサークルだから」

 そう謙遜しながらも、一応サークル長ではあったんだぜ、と誇らしげに胸を張った。例に漏れず、早めの段階から就活に手をつけていたらしい。すでに何社から内定を貰っており、最後の思い出作りとしてサークルに顔を出しているようだ。

「本当はサークルのやつら連れて飲みに行こうと思ったんだけどさ、全滅よ。いまだに就活終わってないやつもいるし、後輩たちもテスト前だからって釣れないし、マジありえねぇよな」

 いまだに就活が終わってないやつ、ここにもいます――なんてことは言えるわけもなく、同意を示すように微笑みながら頷く。

「まぁでも、こうやって咲間が来てくれて、俺は嬉しいよ!」

 それに――、と岸が僕の隣に視線を移した。

「こんな美少女までセットで!」

 僕の隣に座る、日南さんを見つめる。その顔には、粘着力のなさそうな、取り繕った笑みが貼り付いていた。
 岸から誘いの連絡を受けたときは、一人で行くつもりだった。飲酒する気満々な彼の元に、まだ二十歳にもなっていない日南さんを連れて行くのは、あまりにも無責任で()(かつ)だと思った。しかし、日南さんは、わたしも行く、の一点張りで、結局僕が折れてしまったのだ。
 無論、飲酒厳禁。テーブルの上には「私は二十歳未満です。お酒は飲めません」と記されたコースターが一つ。にも関わらず、岸は腕を組むとテーブルに身を乗り出し、挑発的な笑みを浮かべた。

「いつもは飲むんでしょ?」

「えっ?」日南さんが困ったように笑う。「いや、飲まないです。まだ十九ですから」

「いいのいいの、みんなやってることなんだから、そんな隠さなくても。友好な対人関係を築くためにも、重要なアイテムだと思うよ? 教師も、警察も、医者だって、十九のときにはもう飲んでるよ」

「は、はぁ……」

 岸の詭弁に、日南さんの笑顔の仮面は剥がれつつある。先行きが不安だ。
 岸は生ビール、日南さんはオレンジジュース、僕はレモンサワーを頼んで、まずは乾杯する。
 二年間、クラスが一緒だったと言えど、気心のしれた間柄、というわけではない。僕が基本的に単独行動だったのに対し、岸の周りはアクティブな人たちで囲われていた。グループワークや、テスト範囲の確認など、業務的なことでしか、ほぼ言葉を交わしたことがない。そんな相手といま、僕は四年振りに向き合っているのだ。円滑に話を進めるには、多少アルコールの力も必要になってくる。

「てか、咲間って、いろはと仲良かったんだな」

 つまみに頼んだきゅうりの漬物が運び込まれたところで、岸が思い出したように声を上げた。
 そういうわけではないんだけど――。
 真っ先に否定をし、彼女の一件を調べることになった経緯を、端的に説明する。僕がミステリー研究会に入っており、探偵事務所に転がり込んでいることも、お酒のせいでぽろりと溢してしまった。が、岸は特に驚いた様子もなく、すげぇじゃん、とだけ言った。

「つまり、咲間はいま、依頼を受けた探偵ってことだろ。なんかそれ、ドラマみたいでかっこよくね?」

 やっばぁ、と高ぶる岸を前に、日南さんは、早く本題に入れ、と言わんばかりに僕に視線を向けてくる。
 わかってるよ、と視線で返すと、一つ咳払いをする。
 さあ、酒が完全に回ってしまう前に、岸から話を聞かなければいけない。

「……でさ、メッセージで送った通り、岸が知ってる西園さんのことを、出来る限り教えて欲しいんだ」

「あぁ、そっか。本題はそれだったよな」

「岸は、バスケ部のプレーヤーで、西園さんは、マネージャー。僕は、君たち二人が、かなり親密な仲だったんじゃないかと勝手に思っているんだけど――」

 西園さんのことが知らされたその日。岸と仲睦まじく話す西園さんをスマートフォン越しに見てから、もしかしたらそうだったのではないかと、ずっと考えてきた。
 僕が恋い慕う相手の元恋人は、僕の目の前に座る、この男なのではないかと。あの夏、彼女を苦しめた罪深き男なのではないかと。
 気づいたときには、僕は突き刺すような視線を、彼に向けていた。岸は、突き立てられた刃物から身を守るように、確固たる盾をその目に宿していた。