同じクラスで連絡先の入手が出来たバスケ部のメンバーには、例外なく全員にメッセージを送った。そして、二日が経過したいま、誰からも返事はない。
 日南さんは一限から授業があるようで、今日は呉宮探偵事務所で一人、ソファに寝転がってスマートフォンとにらめっこをしている。今日まで、なんだかんだ共に行動をしてきたため、隣にいないとなるとソワソワする。
 ふと、Xを開いた。おすすめのポストが表示される中、それらには目を通さず、左下から二つ目の虫眼鏡マークを押す。
 トレンドは、とある俳優に関連するワードで占領されていた。結婚発表、美男美女、記者会見――など、ワードから察するに、この二人が結婚を発表し、記者会見を開いたことへの反応かと思われた。(ひさ)(みつ)(がく)と、(たから)()くるみ。どちらも、日本を代表する演技派俳優。特に、久光樂は、僕が高校生のときから有名なカメレオン俳優だ。彼女――西園いろはの「推し」でもあった。
 何の気なしに、検索窓に「いろは」と打ち込んでみる。インフルエンサ―や、ライブ配信者がサジェストされるが、その中に西園いろはのアカウントは見当たらない。
 検索ワードを変えてみる。今度は「hsmt_irh_83」で検索を掛ける。すると、サジェストされたアカウントはたった一つ。アカウント名は「いろは」で、プロフィール画像は夢の国で撮ったであろうものだった。上から取られており、頭には人気キャラクターのカチューシャを着けている。わざとだろうか――カメラからは視線を逸らしている。
 逡巡するも、そのアカウントをタップした。画面はプロフィールに(せん)()し、日南さんが持ってきた資料とまるっきり同じものがスマートフォンに映し出された。
 いつ見ても、五年前と変わらないプロフィール。他の同級生たちのプロフィールが毎年更新されてゆく中、彼女の時間だけが止まってしまった。
 彼女の最後のポスト(五年前だからツイートとも言える)が、嫌でも目に入ってくる。

【もうダメになっちゃった】

 このツイートがされたのは、二〇一八年十二月二十五日のクリスマス。彼女が、取り返しのつかない間違いを犯した――いや、決意をしたとも言えるであろう日。それを実行に移す直前にした、最後のツイート。
 たったの一言から、絶望、喪失感、そういったものが感じられる。明るくて、太陽のような、あるいは向日葵のような彼女からは、想像も出来ない言葉。
 ねぇ――君は、僕らの知らないところで、何を見て、何を思っていたの?
 いまさら問いかけてみたところで、彼女からの答えはない。だとしたら、やはり僕がこの手で、真実を追求するしかないじゃないか。
 過去のツイートを遡るため、画面をスクロールしようとしたところで、電話が鳴った。
 ――呉宮さんからだ。
 驚きのあまり上体を起こす。応答をタップし、スマートフォンを耳に当てると、呉宮さんの声が聞こえてきた。およそ三週間ぶりに聞く声に、思わず背筋が伸びる。
 呉宮さんのほうは、調査が難航しているらしく、今月中に戻ってくることは厳しいとのことで、引き続き事務所のセキュリティをお願いされた。

『そっちはどうだい? うまくやれているのかい?』

 ここで、調査の進展を伝え、自己PRをしておきたいところだ。が、残念ながら、進展はない。むしろ、日南さんの性格に難ありということに気づいてからは、停滞しているようにも思える。

「何とも言えないですね。まだ足踏み状態で」

『はじめのうちはそんなもんさ。重要なのは、何事も慎重に行うこと。焦ってはいけないよ』

 当たり障りのない返答に、呉宮さんからのありがたいお言葉をいただく。もし呉宮さんがここにいて、この依頼に協力してくれていたのなら、真実はあっという間に掴んでいるはずだろうけど。
 呉宮さんの言う通りだ。何も、焦る必要はない。
 ありがとうございます、頑張ります。そう伝えて、電話を切る。
 ふたたびソファに寝転がろうとしたところで、一件の通知が届く。

「あっ、」

 二日前、見境なくメッセージを送った一人から、返信があった。その内容を見て、呆気に取られてしまった。

〔よっ、久しぶり。急だけど、今から飲み行かない?〕

 普通であれば、僕が送った文面を見て、関わらないでおこうとするだろう。実際に、既読はついているものの、返信が来る気配は一切ない、という者は何人かいる。きっと、この先の人生で、関わることはないんだろう。
 しかし、なぜ――と、考えるよりも先に、送信相手の名前を見て、合点がいった。
 ――岸雄翔。彼なら、この話に乗ってきても、おかしくはないだろう。