柳原と連絡が取れたのは、それから二週間後のことだった。
 新作の執筆に追われていたらしく、メッセージに気づいてはいたものの、なかなか返信することが出来なかったらしい。
 聞き込み調査については、二つ返事で了承を得た。本人曰く、通知でメッセージの内容は確認していたようで、一目見たときから調査に協力するつもりでいてくれたらしく、日取りもかなりスムーズだった。
 そして、正式に依頼を受けた日から三週間後――僕と日南さんは、柳原の聞き込み調査のため、ふたたびココを訪れていた。こちらから柳原の方に出向くつもりだったが、どうやら後の予定が燈色町であるらしく、それならば、とこの店を指定したのだ。
 日南さんは、あの日以来、ココの常連になったようだ。相当、あのオムライスが気に入ったのだろう。悦子さんも、日南さんのことが気に入ったようで、しきりに、ここで働かないか、とアルバイトのスカウトをしている。そのたびに、日南さんは首を横に振りながら苦笑した。

「杏子ちゃんが看板娘になってくれれば、うちももっと客が入るんだけどねぇ」

「考えておきますね」

 なんて会話を、僕の目に入った限りでは、三度ほど。日南さん曰く、片手では数えきれないくらいのお誘いを受けているらしいけれど。

 柳原がココに姿を現したのは、約束の時間の十分前だった。七月に入り、暑さは増す一方だというのに、柳原は重そうな焦茶色のスーツを身に纏っていた。着ている、というよりかは、着られている。やはり暑いようで、額にはハンカチが押し当てられていた。

「ごめん、お待たせ」

 僕の前の席に座った柳原はそう言うと、日南さんに視線を移し、はじめまして、と頭を下げる。

「咲間の友人の、柳原(せい)()です」

「日南杏子です」

 柳原に倣い、日南さんもぺこりと頭を下げた。

「わざわざ来てくれてありがとう」

「いやいや、気にすんなって。少しでも力になれるなら、喜んで協力するよ」

「ありがとうございます」

 悦子さんが注文を取りに来る。僕はアイスカフェラテ、柳原はアイスコーヒーのブラック、日南さんはメロンクリームソーダ。
 各々が注文したドリンクが届くと、早速本題に入った。最初に口を開いたのは、日南さんだった。

「咲間さんから前情報はもらっています。いろはちゃんと、同じクラスだったんですよね?」

「はい。高校二年生のときに――西園さんと同じ教室で過ごしたのは、八か月ほどでしたけど」

 そう言うと、柳原はコーヒーをストローで一口飲んだ。ココの冷房がしっかりと効いているのか、汗は引いてきているようだった。

「柳原さんは、いろはちゃんとはどんなご関係で?」

 日南さんの問いに、柳原は苦笑した。

「どんなご関係、か。正直なところ、友達かって聞かれたら、胸張って頷くことは出来ないです。クラスメイトのうちの一人、という感じでした」

「……そうだったんですね」

「あっ、でも、今回の調査協力を受けたのは、西園さんはほかのクラスメイトとは違う、僕にとって特別な存在だったからなんです」

「えっ?」

 特別、という言葉に、異様に反応を示してしまったのは僕だった。
 日南さんが、怪訝な顔で僕を見つめる。対して柳原は、変な誤解を招いたことに気づいたのか、慌てて言葉を続けた。

「あーそうじゃなくて! 特別っていうのは、恋愛的な意味じゃなくて。一人の人間として、ただただ尊敬してたんだよ。咲間だって、そうだろう?」

「あぁ……うん」

 柳原が言わんとしていることは、ぼんやりと理解していた。
 人気者となると、妬み、嫉み、僻みなど、そういった負の感情を抱かれることも少なくはない。実際に、高校一年生のころ、お笑いキャラで人気を博した野球部の男子が、スクールカーストの三軍に属する男子たちの恨みを買い、野球グローブをズタズタに切り裂かれるという事件が発生した。もちろん、加害者たちは特別指導を受け、主犯格だった一人は退学処分を下された。が、一部では、被害者の野球部員が、加害者に対して度を越えたいじりをしていたのではないかと、でっち上げのうわさを流されて、冷遇を受ける始末となった。
 しかし、西園いろはは例外だった。彼女の悪口を言っている人は見たことも聞いたこともなかった。
 それは、きっと、彼女自身が周りに対してランク分けすることなく、誰にも分け隔てなく親身になっていたから。彼女を妬むよりも、嫉むよりも、僻むよりも先に、みんなが彼女から、対等な愛情を注がれていたから。
 僕が二十二年間生きてきた中で、他に類を見ないほど、本当にいい人だった。