「出たんですか!?」

 寒さが本格化してきたある日、鉱山組合長のダルタンさんが屋敷にやってきた。
 ずいぶんと笑顔だったので、思わず出た言葉だったけど――

「あぁ、出たぜ坊ちゃん。いやぁ、雪が降り始める前でよかったよ」
「ほんとですね! これでミスリル銀が出れば、融雪装置の魔導具が作れそうです。今夜はご馳走を振るいますよ」
『デューよ。吾輩たちも坑道に行くぞっ』

 ヴァルゼさんも嬉しくて仕方ないようだ。

「お邪魔ではないですか?」
「いや、大丈夫だぜ。つっても、もう台車一台分は運んで来てんだけどな」
『おぉ! デュー、見に行くぞっ。吾輩はお主に憑りついておるのだから、動けぬ。代わりにデューが動くのだっ』
「はいはい、わかりましたよ。あ、ルキアナさん」

 掃除を終えたルキアナさんが、一階へと下りて来た。

「どうしたのじゃ?」
「魔導鉱石が出たそうなんです。これから見に行きますが、ご一緒にどうですか?」
「ん……ま、デューが寂しいというなら、一緒に行ってやってもいいわよ」

 寂しいわけじゃないけどなぁ。

「はい、寂しいです。一緒に来てくださいますか?」

 そう言うと、ルキアナさんは僕の頭にぽんと手を置いてから撫で始めた。

「仕方ないのじゃ。行ってあげるわよ」
「へへ。そうだ、今夜は鉱石発見のお祝いに、ご馳走を作ろうと思うんです。メニューはどんなのがいいですかね?」

 そんな話をしながら、採掘した鉱石を保管する倉庫へと向かった。
 フレドリクさんは冒険者のみなさんと一緒に、周辺の見回りに行っている。
 町には一パーティーが滞在しているけれど、見張り櫓の近くで待機してくれていた。
 夜も交代で見張りに立ってくれているので、僕らは安心して眠れる。

 倉庫にはドワーフ族の作業員さんも来ていた。

「おぉ、坊ちゃん。来たか」
「出たんですってね。見てもいいですか?」
『早くっ、早くっ』
「まったく、どっちが子供かわかんねぇな。とりあえず採掘してきたのはこんだけだ。三十キロぐれぇか」
「これぐらいあれば、魔導石に精錬できるんじゃないの?」

 精錬するには、ミスリル銀と混ぜる必要がある。
 しかもミスリル銀は数回に分けて、一度に混合させるミスリルの量は位置グラムまで。
 最終的にミスリル銀がどのくらい必要なのかは、魔導鉱石やミスリル銀の濃度に左右されるから、鉱石一キロに対してミスリル何グラム……とは言えないそうだ。

 最初に発見された魔導鉱石は、一キロぐらいしかなかった。
 ヴァルゼさんの話だと、ミスリル一グラムに対して鉱石一キロは少なすぎるって。
 普段彼が精錬していたときは、最低でも鉱石十キロでやっていたそうだ。

『量としては十分である』
「あとはミスリル銀ですね」
「そいつなら心配いらねぇ。ミスリルならここにあるからな」

 そう言ってドズルさんが、自慢のミスリル製の短剣を取り出した。

「え? ま、待ってくださいっ。それは大事な短剣なんじゃ!?」
「希少高価つぅ意味だとな。別にこいつは誰かの形見でも、記念の品でもねぇ。それよか今すぐにでも、魔導鉱石を精錬してぇんだよ」
「で、でも……」
「気にすんねぇ。どうせそこの幽霊の話じゃ、もうちっと深けぇ所にミスリルの鉱脈があんだろ。出たらこいつよか大振りの短剣を作らせてもらうさ」
「そういうことでしたら……。ヴァルゼさん、鉱石の精錬方法を詳しく教えてください。魔導レンジで――」
「『ダメだ』」

 え?
 ヴァルゼさんとドズルさんの声がハモった。
 二人同時にダメだしされるなんて、思ってもみなかった。

『デューよ。魔導レンジで調理をレンチンする際、スタートする前から何分焼いて、何分煮込んでと決めておるのだろう?』
「はい、そうです」
「坊ちゃん。こいつはな、鉱石に含まれる魔素の濃度で、精錬具合が変わってくんだ。ミスリルを投入するタイミングも、何分後って決まりはねぇんだろう。混ぜ具合にもよるんだろうさ」
『その通りだデューよ。その時々で投入タイミング、回数も変わってくる。こればかりは人の手で直接やらねば、精錬は成功せぬのだ』
「そう、なんですね……お役に立てなくて残念です」

 魔導レンジでなんでも作れるかも!
 って思っていた矢先だったけど、やっぱりそういうわけにはいかないんだな。

「しかしよぉ、あんたが坊ちゃんに憑りついてるってことは、精錬具合を見てもらうためには坊ちゃんにも来ていただかねぇといけねぇってことか?」

 ん?

『そういうことだな』
「じゃ、デューも精錬中は傍にいなきゃダメってことじゃない」
『うむ。三日三晩、よろしく頼むぞ』
「え、三日三晩!?」





 魔導鉱石の精錬には、平均して三日かかるという。
 ヴァルゼさんがミスリル銀を投入するタイミングをドワーフさんに伝えるため、僕は作業場にいなきゃならなくなった。

「ご馳走は完成してからですな」
「あはは。楽しみにしてくださってたのに、すみません」
「まぁ仕方ないですよ。それに、やっぱ精錬が成功してからの方が、安心して騒げるってもんですぜ」

 ダルタンさんはそう言って、高炉で作業をするドワーフのみなさんを覗き込んだ。
 高炉の火を消す訳にはいかない。
 ミスリルと混ぜた鉱石の溶液が固まらないよう、定期的にかき混ぜなきゃいけない。

 だから何人かでずーっと、交代で作業をしてくれている。
 僕もみなさんの食事をレンチンして用意し、ルキアナも手伝ってくれる。
 夜もここで野宿だ。その時にはフレドリクさんも一緒にいてくれた。

 作業場には屋根はあるけど、建物の中じゃない。
 凄く寒いだろうなって思っていたけれど、そうでもなかった。

「こいつぁ保温性能が高い石だ。暖めてあるから、こいつを布でくるんで毛布ん中に入れときな。あったけぇからよ」
「わぁ、ありがとうございます」
「ほんとじゃ、暖かい」
「冬場の野宿では、自分もこの石を抱いて寝ていました」
「そうなんですか」

 僕の握り拳大の、平たい石をタオルに包んで寝袋の中へ。
 一つは足元に、あと体の左右に一つずつ置いて寝た。
 これはなかなか暖かいな。

「これ、お屋敷で寝るときにも欲しいわね」
「冷え性ですか?」
「ん。少しじゃ」

 女性は冷え性が多いっていうけど、本当にそうなのかも。
 
 冷え性かぁ。
 融雪装置が作れるなら、ベッドを温める――電気あんかみたいな魔導具も作れないかな。
 ヴァルゼさんと相談してみよう。

 そして三日目の朝――

「できたぞ!」

 歓喜するようなドズルさんの声が作業場に響く。
 彼の太い指先には、太陽の光を反射した半透明な石が握られていた。