『ここだ。ここを掘るのだっ』

 ヴァルゼさんは目をキラキラさせながら、地面を指さす。

「真下にですか?」
『うむ。この下に吾輩の研究所があるのだ』
「こんな山んなかで研究?」
『こんなとはなんだドワーフよ。ここならば採れ立て新鮮な魔導石が手に入るのだぞ』

 生ものじゃないんだし……。

「わしらが欲しいのは魔導石であって、幽霊なんぞの研究所じゃねえんだぜ」
「まぁまぁ。確かに僕らは魔導石を必要としていますが、鉱石だけあっても使えませんし。ヴァルゼさん、魔導鉱石の精錬方法をご存じですか?」
『当たり前であろう! なんせ吾輩は魔導具師の第一人者であるぞ!』
「なぁにが第一人者だ。魔法王朝末期の魔術師なら、魔導具の技術はもう確率してただろうよ」
『むむむ。ドワーフはいつの時代にでも頭の固い種族だな』

 魔法王朝の歴史は一二〇〇年とちょっと。
 その最後らへんに生きていたヴァルゼさんの研究は、一二〇〇年の歴史の間に築かれたものの復習みたいなものだろう。

「そうでもないわ。一部の魔導具は、特に今、重宝されてるエンチャント系アクセサリーなんかは、末期に発明された魔導具だって話じゃぞ」
「え、そうなんですかルキアナさん」
「まぁ私もおばあさまにそう聞いただけだから、実際のことはわからないけど」
『ふ、ふふふふ、ふははは、ふはーはっはっは』

 突然ヴァルゼさんが笑い出す。
 思わずみんなが後ずさった。

『聞いたかドワーフどもよ! そうとも、そうだとも! 偉大な吾輩が生み出したのは、ダイナミックエレガントエンチャントスーパーパーフェクションリングに他ならない!』

 しー……んと静まり返る坑道。
 ダイナミック、エレガント? え?

「だっさ」

 誰かの――いや、ここに女性はひとりで、聞こえてきたのは女性の声だから、言ったのはルキアナさんしかいない訳で、彼女の非常な言葉が響き渡る。
 ポージングまで決めていたヴァルゼさんは、塵になって消えた。

「え、消えた!?」
『なーんてなっ。驚いたか? 驚いたか?』
「って、いきなり天井から逆さまになって出てこないでくださいっ」
『せっかく幽霊なのだから、こういう楽しみもありだろう』
「なしでお願いしますっ」

 語気を荒げてそう言うと、ヴァルゼさんは唇を尖らせてブツブツ言っていた。
 なんか子供みたいな人だなぁ。

「ところで、エンチャントリングを生産していたって、本当ですか?」
『ダイナミック――』
「本当で・す・か?」
『あ、あぁ、うむ。証拠が見たければ、吾輩の研究所を掘り起こすのだな』

 まぁ確かに、研究所があるというなら見てみたい。
 魔導石を使った研究なのだから、当然、精錬設備だってあるだろうし。

「ドワーフのみなさん、掘り起こせませんか?」
「できるがな、真下ってんなら準備をしねぇと。研究所があるってんなら、もしかすると空洞があるかもしれねぇ。掘り進んで空洞に出たら、真っ逆さまだからな」
「そうですね。一度町に戻りましょうか」
「そうだな。人でも増やした方がいい」

 そうと決まれば、善は急げだ。
 
『ぬ? か、帰るのか? せっかく来たのだ。もう少し話でもしよう。な? な?』

 道を引き返そうとした僕らに、ヴァルゼさんが必死に引き留めようとする。
 この人……寂しいんだろうか?

 何百年もここでひとりだったんだ。そりゃあ、寂しいよね。

「ヴァルゼさん。すぐに戻ってきます。ゆっくりお話しするためにも、食べ物とかいろいろ準備しないといけませんし」
『む……そ、そうか。そうだな。生ある者は、食わねば生きてゆけぬしな』
「二時間ほどで戻ってきますから、僕たちに聞きたいことがあったら、今のうちに考えておいてくださいね」
『そうか! よしわかった。考えておいてやろう!』

 僕たちは一度町へ戻ることになった。





「約束通り、来ましたよ」
『おおおぉぉぉぉ、待っていたぞ少年! それにハーフエルフっ娘《こ》に剣士よ。他の者は?』
「ドワーフのみなさんはお仕事の準備をしています。今日のところは来れないと思います」
『そうか。まぁいい。さて質問だがな』

 さっそくか。
 坑道に戻ってきたのは僕とルキアナさん、それにフレドリクさんの三人だけだ。
 ドワーフの皆さんは、直下掘りするための機材を作るために町に残っている。

『まず、今は何年だ?』
「あ、そういえば答えていませんでしたね。今は太陽暦七三五年です」
『ふむふむ。この大陸は今でも統一国家であるか?』
「いえ。魔法王朝がなくなってからは戦乱の時代に突入して、三十年ほど経ってから太陽暦が誕生しています。その時には五つの国が出来ましたが、現在は八つの国に別れています」
『そうか。今は落ち着いているのか?』

 落ち着いているっていうのは、戦争は起きていないのかって疑問だろう。

「まぁ平和とは言い切れませんが、ここ五十年ほどは落ち着いています。それより少し前に大きな戦がありましたが」
『ふむふむ。では次――』

 本当にたくさん質問内容を考えていたんだなぁ。

『次は少年よ、お前の名を教えてくれ』
「あ……すみませんっ。ヴァゼルさんは名乗ってくださったのに、僕らは自己紹介をしていませんでしたっ」
「謝る必要はない。その幽霊が勝手に自己主張しまくっていただけじゃ」
『辛辣ぅぅぅ』
「まぁまぁ。僕はデュカルト・ハーセランです。それとこちらは――」

 ルキアナさんとフレドリクさんの紹介もして、それから僕が領主代理であることも伝えた。

『ほぉ、少年は貴族なのか。どうりで魔力量が多いわけだ』
「え? 魔力量が分かるんですか?」
『だーい賢者であるからな! ふはーっはっはっは』

 もの凄い仰け反ってる。そのままブリッジしちゃうんじゃないかってぐらい仰け反ってる。

 魔力量が多いから貴族――というのは、古代魔法王朝ならではの考えだ。
 あの時代は魔法が使えなければ、市民権すら与えられない。
 魔法が使えても魔力が低いと身分も低い。
 そういった時代だって、本で読んだ。

「ヴァルゼさん。今の時代は、魔法が使えるか否かで身分は決まらないんです」
「世襲制でございますね」
『なぬ!? で、では、魔法が使えぬ者でも、市民権が与えられているのか!?』
「もちろんです。そもそもこの時代は、魔法を使えない人の方が圧倒的に多いですよ。僕だって魔力量は多いですが、魔法の適正が皆無で使えませんし」
『な、なんだと!? 類まれな魔力量を持っていながら……いや、そうか。魔法が使えなくて、市民になれるのか……そうか。よかった』

 そう話すヴァルゼさんの顔は、とても穏やかで、今にも成仏してしまいそうな感じだった。