この世界では幽霊も立派なモンスターだ。
 モンスター図鑑に書かれていたから嘘じゃない。

 分類はアンデッド。ゾンビとかスケルトンと同じ扱いになっている。
 ただ幽霊=ゴーストは実体がないから、普通の物理攻撃は利かない。
 武器に魔法を付与した場合や、聖水で濡らした場合には攻撃が当たる。
 あと、銀製の武器だ。 

「ではデュカルト様。ゴースト退治に行ってまいります」

 屋敷の表で剣の素振りをしていたフレドリクさんが、騒ぎを聞きつけ戻って来た瞬間にこの一言だ。

「待って待ってフレドリクさん! あなたが持っている武器って、何か魔法の効果が付与されているものですか?」
「いえ、ただの剣です」

 ダメじゃん!

「私も同行してあげる。精霊魔法にはエンチャントもあるのじゃ」
「ルキアナさんが? それは心強いですが、まだどういう状況なのかわからないんです。二人とも、いったん落ち着きましょう」
「デュカルト様がそうおっしゃるなら」
「そうじゃな。まずは話を聞くとしよう」

 ほっと胸を撫でおろし、それから組合長に視線を向けた。

「詳しい話はうちに来てくれ。見たっつぅ連中が今、休んでるからよ」
「わかりました。では一緒に行きましょう」

 組合長が言う「うち」とは、鉱山組合の本部のことだ。
 落ち着いたらここもリフォームしたいなぁ。

 そうだ。子爵に紹介されたあのボロ宿、あそこを先にリフォームして、完成したら一時的に組合の本部にして、それで本部をリフォームすればいいんじゃないかな。
 よし、そうしよう。

 まずは幽霊騒動から片付けないと。





「魔導鉱石が見つかった新しい坑道を広げていたんだ。そしたら聞こえたんだよ」
「恨めしい、触れない、研究。なんかそんな感じの、男の声でさぁ」
「そりゃもう、憎悪に満ちたおぞましい声でしたぜ」

 幽霊が恨めしいって言うのはわかるんだけど、他の二つは意味が分からない。
 科学者の幽霊――いや、この世界に科学者って職業分類はなかったっけ。

 声だけじゃなく、姿を見たっていう人もいた。

「半透明で、向こう側がうっすら透けて見えてました。それとなんか、ぼぉっと光ってるような」
「男です。裾の長いコートみたいなのを着てやがりまして」
「いや、あれはローブだろ?」
「杖を突いていたんで、老人のゴーストかもしれねぇです」

 幽霊だから半透明なんだろうね。光って見えるのもそれでかな?
 コートかローブを着て、杖持ち。

 なんだか老人っていうよりは、魔術師って感じがするな。

 とにかくそのゴーストが新しく掘られた坑道で目撃されたと。

「今日、現れたんですか?」
「いや、実は声だけなら以前から聞こえていたんだ。そうさな、三カ月ぐれぇ前か。まぁゼザークの野郎には話してやいませんがね」
「え、どうしてです?」
「そりゃ坊ちゃん。話したところで解決してくれねぇだろうよ?」

 まぁ、確かに。

「むしろな、鉱山でゴーストが出たら新しい鉱脈が見つかるなんつぅ、そんな話もあるぐれぇだ。奴がそれを知っていたかどうかはわらなねえが、そういうのもあって報告はしてなかったのさ」
「もしかして、それで実際に魔導石が?」

 組合長はニヤりと笑って「そうだとも」と答えた。
 その時、組合の玄関扉が開き、武装したドワーフ族のみなさんがやって来た。

「おう、デュカルト坊ちゃんじゃねえか。もしかしてお前さんもゴースト退治か?」
「え、まさかみなさんは幽霊退治に行くんですか!?」
「ったりめぇよ。俺らドワーフは、職人であり戦士だ。ゴーストの一匹や二匹、どうってこたぁねぇ」
「ですがゴーストは物理攻撃が――」

 と言うと、ドワーフの皆さんは自慢の武器――斧を僕に見せた。
 キラりと光る銀色の斧。
 飾り立てたものじゃないのに、細かな細工が彫り込まれていてとても綺麗だ。

「もしかしてこれ、銀製ですか?」
「ただの銀じゃねえぜ。こいつぁミスリル銀だ」
「ミ、ミスリル!?」

 異世界ファンタジーの激アツ素材!
 
「ミスリル銀か、なんとも羨ましい」
「はっは。そうだろう、若造。お前さんもかなりの腕前とみた」

 うんうん。凄く強いですよ。

「しかしミスリル銀は早々手に入らぬ。わしらが持ってきたこれが、所有するミスリル銀の全てでな。余分にあれば、剣の一本でもこしらえてやり合いところじゃが」
「いえ、お気持ちだけで」
「この人の剣には私が魔法を付与するから平気じゃよ」
「よし、なら安心だの。では、行くとしよう」

 すぐさま出発しようとする一行。

「待ってくださいっ。僕もご一緒しますっ」
「危険ですデュカルト様」
「そうじゃ。子供は大人しく留守番をしてなさい」
「いいえ、行きます。気になるんですよ、その幽霊がどんな未練を残して亡くなったのか。しかも魔導石が掘り出された場所ですから、何か知っているかもしれないでしょう?」

 研究という言葉の意味を考えると、そのゴーストは魔導石の研究をしていたんじゃないかって思えるんだ。
 だから聞きたい。そのゴーストに。  

「フレドリクさん、僕を守ってくださるんですよね?」
「もちろんです」
「なら大丈夫でしょう?」

 こういう言い方はずるいのかもしれない。
 守ってもらう側なのに、守ってくれるんだからいいよねっていうのは。
 ごめんなさい、フレドリクさん。
 でもこれは大事なことなんです。
 この町のためにも、ハーセラン侯爵家にとっても。

「わかりました。ただし、決して自分より前にでないこと。いいですね?」
「はい。ありがとうございます、フレドリクさん。それではみなさん、現場へ行きましょう」

 さぁ、幽霊とご対面だ。