「陛下はなんて気前のいいお方なんだ」

 翌日、鉱山組合長さんと副長さんが屋敷にやってきた。
 採掘に必要な道具類の一覧を作ったから、それを持ってきたと。
 そこで彼らを地下に案内して、昨日、陛下から頂いた品を見せたのだ。

「生産量が少なくって、なかなか手に入らない物だそうですよ」
「カァーッ、そう聞いたら今すぐにでも飲みたくなるじゃないですか坊ちゃん」
「そうですか? じゃ、もう何も言いません」

 陛下から頂いた、なかなか手に入らなくて飲めるもの――お酒だ。
 日頃の労をねぎらうためにと、父上と一緒に陛下が贈ってくれたもの。
 
 昨日ここへ戻ってくるとき一緒だった二十人の騎士たちは、小さな酒樽を抱えて魔導装置に乗っていた。
 小さいといっても、たぶん三十リットルぐらいは入ってそうなサイズの樽だ。
 それが二十一個。
 最後の一個はフレドリクさんが運んでくれたものだ。

「それじゃ確認させていただきますね」
「おうよ」

 組合長さんから書いてもらった一覧を、ハンスさんと一緒に見る。
 僕だけではまだ判断ができないから。

「これって必要最低限の数ですか? それとも余裕を持たせた数ですか?」
「とりあえず必要最低限の数だ」
「そうですか。じゃ、いったんこの数を発注して、翌月に同じ数をもう一度発注しましょう。今ある物は全部破棄して構いません。鉄は溶かして再利用しましょう」
「同数を来月に!?」
「はい。いきなり大量な数を発注したら、商人さんも在庫がなくて困るでしょうから。事前に同数を発注すると伝えておけば、用意してくれるでしょうし」
「い、いや、俺はそういうことを言いたいんじゃなくって……いやまぁいいか」

 すぐに書類を用意して、商人に――

「ところで、この価格って普通ですか? 安い方ですか?」
「高けぇー方だ。以前はエディアント男爵家が懇意にしている商人と取引をしていたのですが、あの野郎が来てからは……」
「ガルバンダス侯爵家が用意した商人とってことかな?」
「そうなんでさ」

 エディアント男爵というのが、僕の母上の兄だ。つまり伯父ということ。

「じゃあその商人に、取引を再開して欲しいと頼んでみよう。もしダメだとしても、ガルバンダス侯爵の腰巾着と取引するつもりはないから、今回の件のことを伝えて契約を破棄していただこう」

 僕がそう言うと、ハンスさんや組合の人が無言になった。

「え、っと、どうしましたか?」
「あっ、いやなんでもありやせん坊ちゃん」
「す、直ぐに手紙の手配をいたします」
「うん。あ、そうだハンスさん。どうせなら伯父上にも文を出そう。伯父上の方からもお願いしてもらえれば、取引を再開してくれやすいだろうし」
「承知いたしました」

 伯父上とは二、三度会ったことがある程度だけど、とても優しい方だった。
 きっと頼みを聞いてくれるはずだ。

「もうしばらくは今ある物でしのいでください」
「わかりやした、坊ちゃん」
「ところで、酒はいついただけるんでしょう?」
「あはは。ドワーフ族のみなさんが町に戻って来てからですよ。その方たちにも迷惑をかけてしまっていますし」
「はぁ……全部飲み干されねえか心配だぜ」

 ドワーフがお酒好きっていうのは、この世界で常識としてあるようだ。
 組合の人が席を立つと、それと同じタイミングで執務室の扉が開いた。

「来てやったぞ」
「魔女さん!?」

 やって来たのは魔女さんだ。
 なんか大きな荷物を背負ってるけど、どうしたんだろう?

「お、魔女のばーさんとこの嬢ちゃんじゃねえか」
「いらっしゃい、魔女さん。それにしても、早かったですね」

 たまには遊びに来てほしいなって思ってたけど、やっぱりひとりは寂しかったのかな。

「ま、まぁ、荷物をまとめるだけであったからの」
「荷物をまとめる?」
「うむ。とはいえ、町で暮らすにしても、たまに森の家には戻らねばならぬのじゃ。薬の材料になるキノコやハーブを向こうで栽培しておるでな」

 ん? んん?
 話が見えてこないんだけど、どういうこと?

「ほぉ、嬢ちゃん、町で暮らすことにしたのか」
「そうじゃ。そこの坊やが私に町で暮らせと言うのでな」

 え……僕そんなこと言ったっけ?

「そうなると、薬の心配はしなくてよくなりそうだな。それを見越して魔女っ娘を誘ったのか? いやぁ、さすがだぜ坊ちゃん」
「え、と……そ、そうですね。はは、はははは」

 どうしてそんなことに?
 僕はただ、ひとりで食事するのは寂しそうだったから、たまには町に下りて来て、大勢で賑わってる食堂でご飯でもって……。
 きっと来てください、歓迎します……よ……あれ?

 そういえば僕「遊びに来てください」って……言ってない!

「で、坊や。私はどこで寝泊まりすればよい?」

 言葉足らずが生んだ、勘違いだあぁぁー!?

 ……ま、いいか。
 魔女さんが勘違いしたとしても、最終的に町で暮らすことを決めたのは彼女だ。
 それを断る理由はどこにもない。

「ハンスさん。使える部屋はありますか?」
「はい。以前の領主代理として赴任されていた、前侯爵様の義弟であられたバリエウンド伯爵の奥様がお使いになっていた部屋がございます。すぐにそちらを片付けて――あ」
「あ?」

 はぁっとため息を吐き、ハンスさんが申し訳なさそうに頭を下げた。

「実は今朝、メイド三名、執事一名、料理人一名が姿を消しまして」
「えぇ!?」
「ガルバンダス侯爵家に仕える者たちなので、なんの問題もございません」

 つまり逃げたってことかな。

「ただ……」
「ただ?」
「ハンスさん、それじゃあこの屋敷には今、あんたと孫娘のチェリーチェしかいねぇってわけかい?」
「その通りです、組合長殿」

 ハンスさんの孫娘!?
 なんとハンスさんのお孫さんは、ここでメイドとして働いているそうな。
 でもたった二人かぁ。

「掃除なら別にいいわ。精霊にお願いすれば、綺麗にしてくれるもの――、あ、なのじゃ」
「精霊……もしかしてブラウニーですか!?」
「そうじゃ――」
「ぶっ殺せっ」「やっちまえ!」「うわぁぁぁっ」「ぐええぇっ」

 ん?

「なんでぇなんでぇ。ずいぶんと外が騒がしいようだな」
「そうですね。何かあったのでしょうか?」

 全員が窓の外に視線を向けたが、その時には静かになっていた。
 気になって窓を開けると、二十人ほどの男たちが積み上げられているのが見える。
 その前には埃を払うような仕草のフレドリクさんが。

「あの、フレドリクさん。その方たちはいったい……」
「はい。いわゆる悪党と呼ばれる者たちのようです」

 あ、悪党……。

「おっ、こいつら、ゼザークの野郎が連れて来た連中ですぜ」
「あの者らはゼザークが雇った作業員だと言っておりましたが、とても鉱山夫には見えませんでした。腕には罪人の証である入れ墨もありましたし」
「罪人……なんでそんな連中を」

 やっぱりガルバンダス侯爵も、アレを探しているのだろうか。
 あの人たちが何か知っているといいんだけど。

「ハンスさん、あの者たちを閉じ込めておける場所はありますか?」
「牢は一応ありますが、せいぜい五名ほどしか入りません」
「お、それならいい所があるぜ」

 組合長さんがニィっと笑う。

 それから人が集まって、気絶している男たちを鉱山へと運んだ。