「ただいま」
自宅に一番に帰宅していた私は、降谷くんが帰宅の挨拶を聞いた途端、リビングからまっすぐに玄関へ向かった。
彼が靴を脱いでる様子を瞳に映しながら言う。
「おかえりなさい。……あの……、さっきはごめんね。いきなり教室に行ってお弁当を突き出しちゃってさ。迷惑だったよね……」
さっきまで昼間の彼の態度を思い返していた。
あの時の迷惑そうな彼の目が私のまぶたの裏に焼き付いていたから。
彼は無言のまま横を通過するが、そのすぐ後ろで足音が止まった。
「あのさ、そうやって学校でも家でも気軽に話しかけられても困るんだけど」
不機嫌な声が届き、「……ごめん」と謝る。
そ……だよね。
5回もフッた人なんて相手にしたくないよね。
降谷くんと一緒に暮らしてるからって。母が持たせてくれたお弁当を渡せば少しはコミュニケーションが図れるんじゃないかって。一人で想像して勝手に浮かれてた。
彼にはそれが迷惑だと気づかないまま。それに、自論を押しつけるなんて最低だよね。
私がシュンとしたままうつむいていると、彼は振り返って私に右手のひらを向けた。
「スマホ」
「えっ?」
「早くお前のスマホ出して」
「えっ、えっと……」
言われるがままに制服のスカートのポケットからスマホを出して向けると、彼は受け取って画面をタップして耳に当てる。
反対の手はスラックスのポケットに突っ込んで自分のスマホを取り出してバイブを止めた。
「いまお前のスマホに電話かけたから、今日みたいに何か用事があったらこの番号にメッセージ送って」
そう言いながら突き出されたスマホを受け取ると、発信履歴には彼の番号が表示されている。
「えっ…………。もしかして、携帯番号を教えてくれたの?」
「気軽に教室に来られても困るから用事がある時だけ連絡して」
「うっ……、うっそぉぉおお!! わわわわ……私のスマホに降谷くんの連絡先がっっ……。信じられなぁいっ!!」
おぉ……、神様仏様。
迷える子羊を見放さないでくれてありがとうございますっ。
失恋5回目にして、あの降谷くんの携帯番号をゲットさせていただきました。
まさかこんな日が来るなんて。同居最高っっ!!
「クールで無愛想な降谷くんが私に携帯番号を。しかも、降谷くんの方から教えてくれるなんて。……これは、もしかしてワンチャンあるのでは? ……そうよね、まだたったの5回しかフラれてないし諦めるのは早いかもしれない」
「……お前の心の声、ダダ漏れなんだけど。教室に来られると迷惑だから教えただけだし、ワンチャンなんてあるはずが……」
「あ、心の声聞こえちゃった? あはっ、やだなぁ〜!! 聞こえなかったことにしてくれる?」
「すげぇ妄想……」
彼はそう言いながらニヤっとしたまま部屋に向かった。
しかし、部屋のドアノブを握った瞬間、何かが脳裏をよぎったかのように頭をクンと上げてから私に振り返る。
「……そうだ。弁当の件、ごめん」
「えっ」
「あの時ちょっとイライラしてたから」
それだけ言い残して勢いよく開けた扉の奥に消えていく彼。
私は返事をする間もなく扉は閉ざされていく。
「えええっ、あの、ちょ……」
結局それが間に合わずに扉は閉まる。
でも、こんな時こそと思ってスマホのリダイヤルキーを押した。
プルルルップッ。
彼がスマホをまだ手に持ったままだったお陰でワンコールで電話が繋がる。
『……電話かけるの早くない?』
「用事があるからかけたの!」
『なに?』
「ありがとう」
『ばぁーーか』
学校の廊下でお弁当箱が入った紙袋を払いのけられた時はもうダメなんじゃないかと思っていた。
あの時焼津くんがフォローしてくれなかったら気分はどん底に突き落とされてたと思う。
でも、彼の頭の中に少しでも自分が映ってると確信した瞬間、自分がしてきたことは無意味じゃなかったんだと思った。
彼と繋がった時間は最高に幸せ。
私たちはまだまだ心の距離は遠いけど、これからもっともっと好きになってもいいかな。