「締め切りまであと9日かぁ……。ねぇ、今日は休日だから外で絵を描いてみない?」
ーー降谷くんが似顔絵を描き始めてから1週間後の日曜日。
先週はほとんど毎日似顔絵を描いていたけど、描いても破り捨てる状況が続いていたので気分転換に外へ誘った。
「もしかして、どさくさに紛れてデートに誘ってんの?」
最近、彼は警戒深い。
その理由は思い当たる節がない。
私、なんか変なことでも言ったかなぁ。
全然心当たりがないんだけど。
「ちっ、違うよ。天気がいいから普段よりいい絵が描けるかなって」
「いいよ。お前も絵を描くなら外でも」
「えっ、でも私はまだ誰を描くかを決めてないよ?」
「じゃあ景色でも描いてて。俺はその様子を見ながら描くから」
「それいいね! 私も一方的に見つめられているだけじゃ恥ずかしいからそうしよう!」
「……恥ずかしい? お前が?」
「そっ、そりゃあ好きな人に一方的に見つめられっぱなしじゃ……」
照れくさくそう言うが、彼は返答などものともせずに外出の準備を始める。
「もぅぅっ!! 人に質問しておいて聞いてないし!」
「ほら、モタモタしてないで早く支度してきて。行くと言ったのはお前だろ」
「降谷く〜ん……」
ここ1週間で彼と急接近した気がする。
以前なら、気軽に話しかけるなって突き放してきたのにね。
ーー場所は、学校より少し手前にある親水公園。
いまはお昼過ぎということもあり、太陽の日差しがさんさんと降り注いでいる。
空気はだいぶカラッとしてきたが、まだ夏の暑さが残っていて歩いているだけでも額に汗がにじみ出てくる。
私たちは遊具がある場所を通り過ぎると、ボールやバドミントンで遊んでいる人たちがいてその間の芝生を歩いて行く。
「どの辺で描く?」
「ここは通学路に近いからあまりひと目につかないところがいいかな」
「どうして〜? 休日だからうちの学校の生徒は通らないよ」
「万が一、俺たちが学校の誰かに見られてデキてるという噂になったらまずいだろ」
「私はぜーーんぜんまずくないよ。むしろ、噂して欲しい。だって、他の女子に負けたくな……」
と言いかけてる最中、右側を歩いている彼はいきなり私の左肩にまわして体を引き寄せた。
それがあまりにも唐突だったので気持ちが追いつかない。
「えっ……、ふ……、降谷くん?? どうしたの、いきなり……」
ドキン……。
跳ねる心臓にカァッと熱くなる頬。
彼を間近に感じた瞬間、裸でおひめさま抱っこをしてきたあの日のことを思い出してしまった。
ところが、彼は顔色一つ変えずに平然とした声で。
「シャトル」
「えっ……」
「向こうからバドミントンのシャトルが飛んできてお前の体にぶつかりそうだったから避けた」
足元に目を向けるとシャトルが落ちていて、後方から「すみませ〜ん、大丈夫ですかぁ?」との女性の声が。
振り返ると、子供とバドミントンを楽しんでいる最中と思われる女性が走ってシャトルを取りに来た。
「あ、はい。どうぞ」
足元のシャトルを拾って渡すと、彼女は「ありがとうございます」と一礼して子供の元へ戻って行く。
私はそこで彼の配慮に気づかされる。
「降谷くん、ありがとう。シャトルが私の体に当たらないように避けてくれたんだね」
「なに、一瞬変なこと想像しちゃった?」
「えっ?」
「だって、お前はいつも妄想が激しいから」
「もぉぉぉっっ! ちがうよぉぉ〜〜っ!! 変なことなんて考えてないから! ほっ、ほらっっ。早く絵! 絵を描こうよ!!」
指摘されたとおり、確かに一瞬だけ変なことを考えていたのは言うまでもない。
照れ隠しでトートバックからスケッチブックを掴んで取り出すと、手元が狂って芝生へ落としてしまい中身が飛び出した。
ーーところが、ここから別の問題が発生する。
「……ん、スケッチブックの間からなにか落ちたよ?」
「えっ、なにかって?」
「これ、なに?」
彼は芝生に落ちているスケッチブックと中から飛び出た二つ折りの紙を拾い、それを両手で開く。
すると、彼はその中のイラストを瞳に映し出した次の瞬間、私の前に紙を突き出す。
「……なにこれ」
「えっ、あっっ!! これはっ!!」
私は顔面を真っ赤にしながら瞬時に紙を奪い取った。
彼に見られてしまった絵。
それは、先日紙の中だけでも私たちを恋人にしてあげようと思って描いたもの。
しかも、紙は内側に折りっぱなしのままスケッチブックに挟んでいたことをすっかり忘れていた。
「俺とお前の絵をとなり同士に描くことは構わないけど、どうして縦半分に折りたたんであるの?」
「えっ……(ギクッ)」
「半分に折ったら、お互いの顔同士が重なる……、あっ! お前っ、もしかして……」
「あっ、あっ、あのぅ……それは……」
とうとうバレたか……。
紙の中で私たちをキスさせていたことを。
「ぷっはっ!! 俺とお前のイラストを重ねてキスさせるなんて正気? あはははっ!! ってか、お前の頭ん中、小学生レベル!」
「そんなに笑わないでよぉ……。だって、好きな人とキスしたいって思うのはごく自然なことでしょ。なんっていうか……、ただ、それを自然に描いちゃったというか……」
「いいんじゃない?」
「えっ」
「お前らしく妄想丸出しで」
「もうっっ!! 降谷くんのいじわる!」
うううっ……。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい……。
どうして私、この絵を挟んだまま持ってきちゃったんだろう。
どうして家を出る前に確認しなかったんだろう。
後悔しかない。
ーーそれから私たちは川辺に移動して木陰にレジャーシートを敷いて腰を下ろした。
私は先ほどのイラストを持ってきてしまったことを後悔したまま、そして彼にニヤニヤと見つめられたまま、時よりプッと吹き出されて罪悪感を背負いながら川辺に絵を書き始めた。
残念なことに、もうこの時間が地獄で仕方ない。
鉛筆でデッサンを始めたけど、1時間くらい描いてたらいい感じに仕上がってきている。
ふと彼の絵に目を向けると、こちらも輪郭を描き終えて他の色を追加しているところだった。
相変わらず完成度は高い。パーツひとつひとつに命が宿ってるかのよう。正直私の絵と見比べるまでもない。
SNSで発信すれば絶対にバズるのになぁ。
「降谷くんの絵をたくさんの人に見て欲しいな。今回は私がモデルだからちょっと恥ずかしいけどね」
「コンクールは匿名だから誰が描いたかわからないよ」
「それでもいい。顔が見えない分、実力を見てもらえるから。降谷くんの色は降谷くんしか持ってないし」
降谷くんが描いた猫の絵を貰ってから毎日思っていた。
趣味にしたままじゃ勿体ないと。
もっとたくさんの人に見てもらって実力を評価してもらえればいいなって思ってる。
すると、彼は穏やかな目を向け。
「……俺の実力を認めてくれんの、お前だけ」
「え?」
「そーゆーの、すげぇ嬉しい。ありがとう」
お互いの目線がつながった瞬間から私の鼓動は早くなっていった。
降谷くんと一緒に暮らすようになってから”好き”の右肩上がりが止まらない。
彼を知れば知るほど欲深くなっていくだけ。たとえ好きな人のことが忘れられなくても傍にいたいって想っている。
ーーしかし、それから数日後。
さちかさんを忘れようと少しずつ努力を重ねている彼に、心が揺さぶられる事件が待ち受けていた。