「うああぁぁぁあっっ!! もぉぉおお!! 降谷くんの、バカバカバカァァァっっ!!」
帰宅してからベッドにダイブして左右の拳で枕をボフボフと叩いた。
部屋には無数のホコリが舞うが、そんなの気にしてられないほど心が荒んでいる。
ーー片想いを始めて2年5ヶ月。
いや、一目惚れをしたのは受験日だったから、正確には2年7ヶ月。
あの時消しゴムを半分渡してくれた降谷くんがこの学校に無事に入学してくれることを夢見て、4月になってからはクラスを探して、見つけて、告白して、フラれて……を5回繰り返すくらい想いを寄せていた。
なのに、降谷くんは私に目を向けないどころか好きな人を作っていて、こっそり眺めに行くくらい好意を寄せてるなんて。
「ぐやじぃぃぃいいい!!」
涙と鼻水を拭こうと思ってティッシュ箱を触ると、こんな時に限って中身が空に。
ティッシュさえ私を見放してくるなんて思いもしなかった。
顔面洪水状態だが、ガバっと起き上がり、リビングの収納棚に入ってるティッシュを取りに行くために部屋を出た。
ところが、向かいの降谷くんが使用している部屋の扉が開いていたので吸い込まれるように中を覗くと、彼はローテーブルの上に画用紙を置いて絵を描いていた。
正面にはタブレットを立てかけていて、時より目線を画用紙とタブレットに行き来している。
私は部屋に入ってそのタブレットを横から持ち上げて画面を眺めると、昼間の女性の写真が映し出されていた。
「写真の人、昼間の女性だよね」
「おい! つい先日勝手に部屋に入るなって言ったよな。タブレットを返せよ。ってか、お前の顔……あらゆる箇所から水が出てて汚ったなっ! 早くティッシュで拭けよ」
彼は私からタブレットを取り返そうとしたので、取られないように胸に抱えて後ろを向く。
「女の子の顔を見て汚いなんて酷いよぉ……。タブレットは返さない! 死んでも離さないっっ!」
「いいから俺にタブレット返して顔を拭け!」
「無理っっ!」
タブレットを取り上げただけでこんなにムキになるなんて……。
そんなにこの女性が好きなわけ?
さっき『俺の好きな人』と聞いてからヤキモチが止まらないよ。
しかし、彼はバックハグをするかのように背後からヒョイとタブレットを取り上げた。
彼の胸が自分の背中に当たるだけでもドキドキするのに、心の中は嫉妬で塗りたくられている。
「……ったく、次やったらもう二度と口きかないからな」
彼はタブレットの電源を落としてテーブルの上に置く。
私に彼女の写真を見せたくないからなのだろうか。
「もしかして、絵を描いていたっていうことは似顔絵コンクールに挑戦するの?」
「……」
「そんなに描きたいなら本人に直接頼めばいいのに」
「……お前には関係ない」
「こんなに平ったい写真じゃパーツの立体感や人間の温かみが感じられない絵になっちゃうよ」
背中に向けてそう言うと、彼は私の腕を掴んで部屋の外に追い出す。
「そーゆーの迷惑。人の心の中にずかずか入ってくんなよ」
最後に鬼の形相を向けると、バタンと勢いよく扉を閉ざした。
さっき保育園前でフラれたばかりなのに、いまのこの瞬間に追い打ちを食らうなんて。
私なんて視界に入らないほど遠いところにいると思い知らされるほど、彼の言動ひとつひとつに彼女への愛を感じる。
だから、余計に顔面洪水が止まらない。