【優Side】
「葉月」
 もう一度呼んで、そちらに走り出そうとしたその時。

「ルナちゃん、だよね?」

 葉月にそう、声をかけるやつがいた。
 小太りなおじさん。見るからに怪しそうなやつ。

「あ……小倉さん、ですか?」

 それなのに葉月は、彼のほうを見てパッと取り繕うような笑みを浮かべた。

「そうだよ。ごめんね、待たせたかい?」
「も……もう、待ちくたびれましたよぉ」

 聞いたこともないような猫なで声。
 しかも、腕を差し出してきたソイツに、彼女はうれしそうな顔で腕を絡めた。
 足元の地面がガラガラと崩れ落ちる感覚。なんだよ、何なんだよ。
 “あの時”からずっと知っていた。そのうえで、会いたいと願っていた。会って話がしたいと。でも。やっぱり。
 ――この目で見るのは、こたえる。
 心のどこかでまだ、葉月がそんなことをするなんてと、信じられない自分がいた。だけど。でも。あぁ。
 ……やっぱり、帰ろう。
 そう思い、足を引いたところで。
 おじさんと楽しげだった葉月が、こちらをチラリと見る。
 その瞳を見てハッとする。楽しい、という顔ではない。今にも泣きだしそうに潤んでいて、でもすぐにパリンと割れてしまいそうなほどに乾いている、そんな目。
 それを見て、助けなくてはと本能的に思う。ここで放っておいたら彼女はきっと……壊れてしまう。

「あの!」

 ほとんど反射だった。
 走って二人のもとに言った俺は、おじさんの腕をグイッと引っ張る。

「はづ……ルナ、未成年ですよね?」

 本当はそんなことはない。葉月は俺と同い年、つまり大学三年生のはずだ。余裕で成人している。でも彼女は童顔だから、今のように大人っぽい格好とメイクをしなければ十分に高校生に見えるはずなのだ。

「なに適当なことを言っているんだ。彼女は成人済みだと、プロフに書いてあったんだ。なぁ?」

プロフ? 出会い系サイトか……?
そんなものまで使っていたのかと驚く。もちろんショックだが、それは今はいい。助けると、決めた。

「ルナ、嘘はよくない。その人に謝れ」

 目であわせろと訴えかけると、葉月は数秒小さく俯いて、そして言った。

「そ、そうなの。実はルナ、まだ高校生で……ごめん」
「は? 本当に未成年なの? 俺をだましたわけ?」
 一気におじさんの顔が険しくなる。俺は焦って声を飛ばした。

「人生を棒に振りたくなかったら、関わらないほうが身のためですよ。暴力なんてふるった日には警察沙汰だ」

 こぶしを固めていたおじさんは舌打ちをして、葉月の方にわざとらしくぶつかり、そのまま去っていった。

「大丈夫か?!」

 駆け寄って手を差し出す。少し迷うようなそぶりを見せた後、葉月は俺の手を取らずに自分で立ち上がった。

「大丈夫だよ、ありがと」

 俺は行き場を失った手をゆるりと自分の背中に回すと、彼女に言った。

「少し、話さない?」