【優Side】
「……あ」
0時を回ったようなころ。いい子は寝る時間。ずっとずっと再開を望んでいた”彼女“の姿を見つける。
 歓喜に胸が震え、それと同時にやっぱり“ここ”に通っているのだとショックを受ける。そんな彼女と向き合うことが怖いと腰がすぼむ。

 ――でも。もう絶対に、後悔したくないから。

「……はづき……」

 かすれた声。彼女は気づかない。昔はどんなに小さな声でも、拾ってくれたのに。嬉しそうな顔で振り向いてくれたのに。こちらに背を向けたままの背中に、ショックだとか怖いだとかいう感情がどうでもよくなる。
 彼女ともう一度視線を交わしたい。声が聞きたい。名前を呼んでほしい。そんな欲求が膨らんでいく。

「葉月!!」

自分でもこんなに大きな声が出せるのかというほどに、大きな声を出した。お願い、気づいて。

祈りが通じたのか、彼女はビクリと肩を揺らし、きょろきょろとあたりを見渡す。
そして、振り返る。二人の視線が交わる。

「優くん……」

 声は聞こえなかったけど、呆然とした彼女の唇がそう動くのを、俺は見た。


【葉月Side】
「はぁ」
 怠さを抱えた体が重い。早く今日の相手が来ないかと、時計をこまめに確認してしまう。
 頬を伝う汗をぬぐう。やはり夏は夜とはいえ暑いな。昼なんてもう蒸し風呂のようで、外に立っているだけでも眩暈がするようになってきた。
若いころと比べて体力も落ちてきている。夏の間はここへ来る頻度を増やしたほうがいいだろうかと、まわらなくなってきた頭で思考する。
 そんなとき、声がした。

「葉月!!」

はづき。……葉月? 私の名前だ。私の本当の名前。偽名じゃなく、苗字でもなく、下の名前で“葉月”と呼ばれたのなんていつぶりだろう。今はもう、私のことを葉月と呼んでくれる人なんていない。聞き間違いだろうか。……でも。
似ていたのだ。ここにいるはずもない“あの人”の声と。こんな場所は似合わない、優しくて、誠実で、馬鹿みたいに真面目で、まっすぐな彼の声と。
 いるはずもない。いたとしても、どんな顔をして会えばいいのかわからない。それでも私は、このギリギリの生活に疲れ果てていたこの時の私は、ぼんやりとした頭で“会いたい”と思ってしまった。
 声の主を探すため辺りを見渡す。どこ。どこ。
 振り返った瞬間、“彼”が目に映る。あぁ、やっぱりあなただ。

「優くん……」

 今一番会いたかった人。“ここ”で一番、会いたくなかった人。



――止まっていた二人の時間が、動き出す。