やがて、不意に会場は闇に包まれた。世界が滅んでしまったかのような暗転の中、一瞬でざわめきは消え、観客の目線はスモークの焚かれたステージの上に自然と集まる。

 そんな期待と注目の中、夜空を照らす星のように彼らは現れた。

「燈夜くん……本物だぁ……」

 ステージ中央で客席を見下ろす、最愛の人。思わず呟いた彼の名前は、すぐに始まった演奏に掻き消される。

 大きなスピーカーから響く重低音のサウンドと、CD音源とは違う彼らの生の歌声が空気を揺らして、直接身体を突き抜けていく。
 それはときめくだとかそんな生易しいものじゃない。心臓を鷲掴みにされて直接揺さぶられるような、そんな感覚。

 恋よりも激しく、愛よりも重い音の波。目の前で繰り広げられるパフォーマンスと身体全体を包む音楽で他のことすべて頭の中から消え去って、わたしは彼らの作り上げる世界を一心に受け取るだけの、真っ白なキャンバスに成り果てる。

 この瞬間、間違いなくこの場の全員が感じているだろう。
 わたしは、今この時のためだけに生きてきたのだ。LIVEという言葉の意味を、改めて実感した。

「……わたしも、燈夜くんも……今ここで生きてる……」

 指の先まで洗練された動きと、照明に照らされて光る汗。ステージに映え翻る衣装と、絶えず振動する空気。
 グループで作り上げる世界観、四人で一つのステージなのに、気付くと燈夜くんしか目に入らない。

 客観的に見て、ダンスなら青月くんの方がキレがあって魅せ方が上手いし、歌は翠心くんの方が耳馴染みがいい声をしているし、体躯や笑顔のファンサなら銀河くんの方が目を惹く。

 それでもわたしは赤いペンライトを祈るように胸元に掲げたまま、光に吸い寄せられる夜光虫のように他所見することなく燈夜くんを追う。
 しなやかな四肢の動きも、時折掠れる低い声も、パフォーマンスに真剣な鋭い眼差しも、どの瞬間も愛おしい。

 ああ、自分の瞬きが鬱陶しい。目蓋の遮る一瞬さえ逃さず、彼が呼吸する際の髪の毛の動きひとつさえ、網膜に焼き付けたかった。

 立て続けに奏でられる今日まで何百回と繰り返し聴いた曲と、ファンサービスを交えながら踊り続ける彼らの圧巻のステージに、会場中の愛が爆発する。

 ペンライトの織り成す鮮やかな光の海が、彼らの名を表す星空のよう。
 わたしたちはこの夜に、きっと改めて世界一の恋をしている。

 激しいサウンドは炎のように身体と魂を揺さぶって、しっとりとした曲は水のように心の奥までじんわりと沁み込んできて涙が滲む。
 ステージの世界観が世界そのもので、彼の一挙一動に感覚の全てを持っていかれるような錯覚。その高揚のまま、いっそこの幸福のまま死んでしまっても構わないとさえ感じる。

 何とかこの感動を伝えたくて、この命を差し出してしまいたくて、わたしはそっと胸の前で両手を使ってハートを作った。

「……えっ」

 すると、目が合った。そう感じるのは、ファンの都合のいい勘違い。そう思うのに、ダメだった。
 差し出されたハートを掴んだとばかりに、他でもない愛する燈夜くんが拳をまっすぐわたしの居る方に付き出して、奪い取るように強引な仕草でその手を引く。
 そんな動き、こんな明るい曲の振り付けにはない。

 そして向けられた悪戯な笑みに、心臓を奪われただけでなく撃ち抜かれた。
 先程生を実感したばかりだったけれど、わたしは今、一瞬にして千回くらい死んだかも知れない。

 正直、そこから先の記憶が曖昧だ。
 濃密で愛しい時間は、あっという間だった。ツアーならではのご当地ネタを交えたMCも、メンバー内のデュエット曲やソロ曲も、夢のような時間は数倍速で進んでいく。
 気付いたら終わっていた演目に、メンバーが去ってから気付く。終わってしまう。そう考えたら耐えられなくて、アンコールは切実に、泣きそうになりながら手を叩いた。

 物販でも売られていたツアーTシャツに身を包んだメンバーが再び現れた時には、歓喜に震えた。
 アンコールの三曲はもう燈夜くんと目が合うことはなくて、手を振ったり客席全体へのファンサービスを享受するだけ。他のメンバーからも目線を貰えた気がしたけれど、ただ嬉しいばかりであの心臓を貫くような衝撃は訪れない。

 わたしは残りの数分を噛み締めるようにしながら音の波に乗り、愛する彼とお揃いのラバーバンドを揺らしながら、最後の瞬間までその空間を満喫した。

「みんなありがとう、愛してるよ」
「……わたしも、愛してる」


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