「ん……」

 パッと目を覚ました私は、慌ててカーテンを開けて先生に問いかける。

「すみません……!今、何時ですか?」
「今?まだ1時半よ?」

 深く眠っていたように感じたが、実際は30分ほどしか眠っていなかったようだった。

「あの、体調はもう大丈夫なので戻ります」
「あら、もう大丈夫なの?」
「はい、少し寝たら治ったので……」
「そう、また何かあったらいつでも言って」

 私は保健の先生にお礼を言った後に、班のところに戻る。丁度、カレーを作り終わってみんなでテーブルで食べている所だった。

「あ、川崎さん!」

 私がテーブルに近づくと、三人が立ち上がって近寄ってきてくれる。

「大丈夫?菅谷から体調をちょっと崩したみたいって聞いたけど……」
「うん、ごめんね。カレー作り全部任せちゃって」
「それは全然大丈夫!美味しく出来たけど、食べれそう?」
「うん、少し貰ってもいい?」
「もちろん」

 草野くんと美坂さんがカレーをお皿に盛り付けるために、鍋のところに早足で駆けていく。私は同じく立ち上がろうとした菅谷くんを呼び止めた。

「菅谷くん、さっきは本当にありがとう」
「ん?全然」

 菅谷くんはそれ以上何も聞かず、言えないことを聞かれることがどれだけ苦しいかを知っているようだった。菅谷くんは代わりにカレーの話を始めた。

「このカレーさ、草野がルーの量を間違えそうになって美坂さんが慌てて止めててさ。それに……」

 私を気遣って話を変えてくれる菅谷くんはあまりにスラスラと言葉が出てきていて、上手く話を変えることに慣れているようで、それがどこか苦しかった。

「おーい、川崎さん!カレー持ってきたよ。俺の自信作!」
「お前はほぼ足引っ張っただけだろ」
「菅谷、ひどいこと言うな!」

 私はテーブルの近くの椅子に座ると、そっと一口カレーを口に運ぶ。

「美味しい……」

 ついそう呟いてしまった私に草野くんが顔を輝かせる。

「だろ!マジで上手く出来たんだよ!」

 喜んでいる草野くんの後ろから、ヒョコッと美坂さんが顔を出して私の隣に座る。

「川崎さん、体調悪くて食欲なかったら無理して食べなくても大丈夫だからね」
「ううん、本当にもう大丈夫。それにこのカレー美味しいし」

 立っていた草野くんも菅谷くんも座り、四人がけのテーブルは満席なった。他の班も四人ずつ座って、楽しそうに話している。
 私たちの班も他の班から見れば同じように「楽しそう」なのだろうか。
 その時、先生が大声で生徒たちに呼びかけ始める。

「おーい、あと5分で片付け始めて、海に戻るぞー」

 先生の言葉で、生徒たちが一斉に慌て始めた。

「ヤッベ。俺、話してて全然カレー食べ終わってない!ていうか、川崎さん5分で食べ切れる!?」
「少しだけしか盛られてないから大丈夫だよ」

 急いでかきこんだカレーは美味しくて、家のカレーとは違う味がした。

 午後から海に戻ると、生徒たちが急いで残りの作業を終わらせようとしている。その姿に先生が呆れながら他の女子生徒に話しかけた。

「お前ら、そんなに早く行動出来るなら始めからしてくれよ」
「自由時間があるから頑張れるんですー」
「そうそう!」

 30分の作業はすぐに終わり、気づけば自由時間が始まろうとしていた。

「菅谷、海入らねーの!?」
「予備の着替え持ってきてないし」
「お前、それでも男か!?」
「はいはい。草野、お前はもう一人で海に入ってこいよ」
「言われなくても入るわ!」

 海に入らないと言いながら、菅谷くんは海に足をつけている草野くんに水をかけられている。

「おい!水かけるな!俺、着替えないんだぞ!」
「大丈夫、すぐ乾くって!」
「草野お前……他人事だからって……!」

 結局楽しそうに水を掛け合っている二人を見ながら、美坂さんは裸足になって海に足をつけている。

「川崎さんは海入らないの?足をつけるだけだったら、服も濡れないよ?」
「私は……」

 言葉に詰まった私に美坂さんは手で水を(すく)ってから、その水を「えい!」と少しだけ弾いた。

「わ!」
「川﨑さんも入ろ!ほら、ちょっとだけでいいから!」

 美坂さんに引っ張られるまま私は靴を脱いで、海にそっと足をつけた。

「ね!今日暑いから気持ちいいでしょ?」

 嬉しそうにそう聞く美坂さんに私は小さく頷いた。
 隣に美坂さんがいて、笑っていてくれて、近くには楽しそうな菅谷くんと草野くんがいる。そんな光景が眩しくて、眩しいのにその中に自分もいると思うと不思議な感じがした。
 それでも、きっとそれを心のどこかで喜んでしまっていたんだと思う。うん、きっと私は舞い上がってしまっていた。
 だから、気づかなかったんだ。

 菅谷くんが無理をして笑っていることに。

 この日の夜、私は初めて菅谷くんの本当の苦しみを知ることになる。