キャンプ場に着くと、すぐに班ごとに調理を始めていく。
「なぁ菅谷、玉ねぎって縦に切る?横に切る?」
「玉ねぎの向きによって違うかな」
「そんなことは分かってんだよ!今の俺の持ってる向きで聞いてんの!」
菅谷くんと草野くんが玉ねぎを切ってくれている間に、私たちは人参とじゃがいもを切っていく。隣で玉ねぎを切っている草野くんが目を押さえている。
「痛った。マジで玉ねぎって目が痛くなるんだな」
「玉ねぎ切ったことねぇのかよ」
「記憶にはないかな」
「じゃあ、ないだろ」
いつもクラスで見ている菅谷くんより少しだけ草野くんを適当にあしらっている感じが二人の仲の良さを表しているようだった。それに菅谷くんも体調が悪いようには見えなかった。
「杞憂《きゆう》だったかな……」
私の声に美坂さんがこちらに視線を向ける。
「川崎さん、何か言った?」
「ううん、なんでもない。お米の準備してくるね」
「じゃあ、もう一人誰か……」
「ううん、一人で大丈夫」
私はそう言って、お米を洗うために手洗い場へ向かった。
しかしお米を洗おうと水を出した瞬間、スッと症状が顔を出したのが分かった。
寂しい。
あ、これダメなやつだ。
私はすぐにポケットに入っている手のひらサイズのぬいぐるみを取り出した。小さいぬいぐるみでは手を繋ぐことは出来ないので、ぬいぐるみ全体を包み込むように手で握る。
「大丈夫。寂しくないよ。全然寂しくない」
そう問いかけても、症状はなかなか治まっていかない。
先ほどまでが楽しすぎたのかもしれない。周りに人がいて、私と接してくれて楽しかった。急に一人になり、症状が出やすくなっている可能性がある。
すると、お米の入っている容器から水が溢れ出しそうになっていることに気づいてすぐに水を止めた。
どうしよう。もっと人がいない場所に行って、入学式の時みたいにうずくまって自分で自分をギュッと出来る場所に行く?
でも班に戻るのが遅ければ、優しいあの三人なら私を探しにくるかもしれない。
急がないと。急いで「寂しい」を抑えないと。
しかし、焦れば焦るほど気持ちが落ち着かなくて、症状も治まってくれない。私は水の止まった蛇口を見つめながら、ぬいぐるみを握る手に力を込めた。
小さくて手を繋げる大きさではないぬいぐるみでは、お母さんと手を繋いでいるイメージを持つことが出来ない。それでも、ぬいぐるみを握らない方が症状が悪化する気がして、私は両手でぬいぐるみを握りしめた。
「川崎さん?」
名前を呼ばれて、振り返ると菅谷くんが立っている。私は慌ててぬいぐるみをポケットに押し込んだ。
「大丈夫?俺が切る分の玉ねぎを切り終わったから手伝いに来たんだけど……」
「そうなんだ……ありがと!」
無理やり明るい声を出して、自分を鼓舞する。菅谷くんは私の不調には気づかず、そのまま私の隣までやってくる。
「おお、水めっちゃ入ってる!少し流しても大丈夫?」
「うん、ごめん。ぼーっとしてたら入れすぎちゃって」
「川崎さんでも抜けてるところあるんだな。安心した。草野なんかまだ玉ねぎ切り終わってなくてさー」
菅谷くんの話を貼り付けたような笑顔で頷きながら聞く。ダメ。もっと上手く笑わないと。菅谷くんに気付かれてしまう。
じんわりと額に滲み始めた汗を拭うことすらしないまま、私は笑顔で菅谷くんに聞き返す。
「菅谷くんは料理はよくするの?」
「あんまりしないけど、たまに休みの日は……」
その時、菅谷くんの言葉が急に止まった。
「川崎さん、体調悪いでしょ?」
突然の問いに私は返事をすることが出来ない。
「先生呼んでくる?それとも保健室の先生のところに行った方がいい?」
「なんで……?」
「なんで分かったの?」と聞きたいのに最後まで言葉が出てこない。それでも、菅谷くんは私の問いの意味が分かったようだった。
「川崎さんは楽しい時に笑う人だから。愛想笑いをする人じゃなくて、本当に楽しい時だけ笑ってくれる人」
菅谷くんの言葉の意味がすぐに理解出来ないまま、菅谷くんが辺りを見回し始める。
「とりあえず、座ろ。あそこにベンチがあるから座ってて。俺、保健室の先生呼んでくる」
私は言われるままにベンチに座って、額の汗をハンカチで拭った。菅谷くんの先ほどの言葉がもう一度頭をよぎる。
私は周りの人と関わらないために出来るだけ笑わないようにしていた。それでも、どうしても堪えられず笑ってしまう時はあって。
それを菅谷くんは「愛想笑いをする人じゃなくて、本当に楽しい時だけ笑ってくれる人」と表現した。症状が出て弱っているからだろうか。涙腺が緩くなっていて、目に涙が滲んだのが分かった。
「川崎さん、保健の先生呼んできたよ……って、大丈夫!?」
私の潤んだ目を見て、菅谷くんが慌てている。そんな菅谷くんに保健室の先生は優しく呼びかけた。
「あとは先生に任せて菅谷くんは班のところに戻りなさい。先生を呼びにきてくれてありがとう」
先生の言葉に菅谷くんが班のところに戻ろうとする。私は慌てて菅谷くんを呼び止めて、お礼を言った。
「あの、菅谷くん……!本当にありがとう……!」
「全然。カレーのことは気にしなくていいから、ゆっくり休んで」
そう言って、菅谷くんは走って行ってしまう。菅谷くんが離れるとすぐに保健室の先生が近寄ってくれる。
「川崎さん、大丈夫?川北先生から話は聞いているわ。すぐに別室に移動しましょう」
先生に連れられるまま、私は屋内の別室に移動する。簡易ベッドに横になった私を、先生はカーテンを閉めながら心配そうに見ている。
「ここならご両親に電話してもいいけれど、どうする?もしその方が症状が治まるなら……」
「大丈夫です。少しここで休ませてもらえるだけで……」
「そう。じゃあ、私もすぐ近くにいるからゆっくり休んでね」
そう言って、先生はカーテンを閉めてくれる。お母さんに電話をすれば症状は治まりやすいかもしれないが、心配をかけて「迎えにくる」と言いかねない。それに大分症状も治まり始めていた。
私は、ポケットからもう一度ぬいぐるみを取り出した。ぬいぐるみをギュッと握っていると、自然に少しだけ眠たくなってくる。
気づけばそのまま私は一眠りしてしまっていた。
「なぁ菅谷、玉ねぎって縦に切る?横に切る?」
「玉ねぎの向きによって違うかな」
「そんなことは分かってんだよ!今の俺の持ってる向きで聞いてんの!」
菅谷くんと草野くんが玉ねぎを切ってくれている間に、私たちは人参とじゃがいもを切っていく。隣で玉ねぎを切っている草野くんが目を押さえている。
「痛った。マジで玉ねぎって目が痛くなるんだな」
「玉ねぎ切ったことねぇのかよ」
「記憶にはないかな」
「じゃあ、ないだろ」
いつもクラスで見ている菅谷くんより少しだけ草野くんを適当にあしらっている感じが二人の仲の良さを表しているようだった。それに菅谷くんも体調が悪いようには見えなかった。
「杞憂《きゆう》だったかな……」
私の声に美坂さんがこちらに視線を向ける。
「川崎さん、何か言った?」
「ううん、なんでもない。お米の準備してくるね」
「じゃあ、もう一人誰か……」
「ううん、一人で大丈夫」
私はそう言って、お米を洗うために手洗い場へ向かった。
しかしお米を洗おうと水を出した瞬間、スッと症状が顔を出したのが分かった。
寂しい。
あ、これダメなやつだ。
私はすぐにポケットに入っている手のひらサイズのぬいぐるみを取り出した。小さいぬいぐるみでは手を繋ぐことは出来ないので、ぬいぐるみ全体を包み込むように手で握る。
「大丈夫。寂しくないよ。全然寂しくない」
そう問いかけても、症状はなかなか治まっていかない。
先ほどまでが楽しすぎたのかもしれない。周りに人がいて、私と接してくれて楽しかった。急に一人になり、症状が出やすくなっている可能性がある。
すると、お米の入っている容器から水が溢れ出しそうになっていることに気づいてすぐに水を止めた。
どうしよう。もっと人がいない場所に行って、入学式の時みたいにうずくまって自分で自分をギュッと出来る場所に行く?
でも班に戻るのが遅ければ、優しいあの三人なら私を探しにくるかもしれない。
急がないと。急いで「寂しい」を抑えないと。
しかし、焦れば焦るほど気持ちが落ち着かなくて、症状も治まってくれない。私は水の止まった蛇口を見つめながら、ぬいぐるみを握る手に力を込めた。
小さくて手を繋げる大きさではないぬいぐるみでは、お母さんと手を繋いでいるイメージを持つことが出来ない。それでも、ぬいぐるみを握らない方が症状が悪化する気がして、私は両手でぬいぐるみを握りしめた。
「川崎さん?」
名前を呼ばれて、振り返ると菅谷くんが立っている。私は慌ててぬいぐるみをポケットに押し込んだ。
「大丈夫?俺が切る分の玉ねぎを切り終わったから手伝いに来たんだけど……」
「そうなんだ……ありがと!」
無理やり明るい声を出して、自分を鼓舞する。菅谷くんは私の不調には気づかず、そのまま私の隣までやってくる。
「おお、水めっちゃ入ってる!少し流しても大丈夫?」
「うん、ごめん。ぼーっとしてたら入れすぎちゃって」
「川崎さんでも抜けてるところあるんだな。安心した。草野なんかまだ玉ねぎ切り終わってなくてさー」
菅谷くんの話を貼り付けたような笑顔で頷きながら聞く。ダメ。もっと上手く笑わないと。菅谷くんに気付かれてしまう。
じんわりと額に滲み始めた汗を拭うことすらしないまま、私は笑顔で菅谷くんに聞き返す。
「菅谷くんは料理はよくするの?」
「あんまりしないけど、たまに休みの日は……」
その時、菅谷くんの言葉が急に止まった。
「川崎さん、体調悪いでしょ?」
突然の問いに私は返事をすることが出来ない。
「先生呼んでくる?それとも保健室の先生のところに行った方がいい?」
「なんで……?」
「なんで分かったの?」と聞きたいのに最後まで言葉が出てこない。それでも、菅谷くんは私の問いの意味が分かったようだった。
「川崎さんは楽しい時に笑う人だから。愛想笑いをする人じゃなくて、本当に楽しい時だけ笑ってくれる人」
菅谷くんの言葉の意味がすぐに理解出来ないまま、菅谷くんが辺りを見回し始める。
「とりあえず、座ろ。あそこにベンチがあるから座ってて。俺、保健室の先生呼んでくる」
私は言われるままにベンチに座って、額の汗をハンカチで拭った。菅谷くんの先ほどの言葉がもう一度頭をよぎる。
私は周りの人と関わらないために出来るだけ笑わないようにしていた。それでも、どうしても堪えられず笑ってしまう時はあって。
それを菅谷くんは「愛想笑いをする人じゃなくて、本当に楽しい時だけ笑ってくれる人」と表現した。症状が出て弱っているからだろうか。涙腺が緩くなっていて、目に涙が滲んだのが分かった。
「川崎さん、保健の先生呼んできたよ……って、大丈夫!?」
私の潤んだ目を見て、菅谷くんが慌てている。そんな菅谷くんに保健室の先生は優しく呼びかけた。
「あとは先生に任せて菅谷くんは班のところに戻りなさい。先生を呼びにきてくれてありがとう」
先生の言葉に菅谷くんが班のところに戻ろうとする。私は慌てて菅谷くんを呼び止めて、お礼を言った。
「あの、菅谷くん……!本当にありがとう……!」
「全然。カレーのことは気にしなくていいから、ゆっくり休んで」
そう言って、菅谷くんは走って行ってしまう。菅谷くんが離れるとすぐに保健室の先生が近寄ってくれる。
「川崎さん、大丈夫?川北先生から話は聞いているわ。すぐに別室に移動しましょう」
先生に連れられるまま、私は屋内の別室に移動する。簡易ベッドに横になった私を、先生はカーテンを閉めながら心配そうに見ている。
「ここならご両親に電話してもいいけれど、どうする?もしその方が症状が治まるなら……」
「大丈夫です。少しここで休ませてもらえるだけで……」
「そう。じゃあ、私もすぐ近くにいるからゆっくり休んでね」
そう言って、先生はカーテンを閉めてくれる。お母さんに電話をすれば症状は治まりやすいかもしれないが、心配をかけて「迎えにくる」と言いかねない。それに大分症状も治まり始めていた。
私は、ポケットからもう一度ぬいぐるみを取り出した。ぬいぐるみをギュッと握っていると、自然に少しだけ眠たくなってくる。
気づけばそのまま私は一眠りしてしまっていた。