班で行動と言っても、いつの間にか男女で分かれてしまう。分かれると言っても、数メートル離れた場所にはいるのだけれど。

「なぁ菅谷、これってゴミ?」
「いや、それ絶対貝殻だから」

 中学から同じと言っていた菅谷くんと草野くんは、気心知れた仲なのか適度に話しながら、たまに無言でゴミ拾いをしている。それでも、全然気まずい空気が流れていない。
 私はというと……美坂さんと話すことが出来ず、同じ無言でも気まずい空気が私たちの間に流れている気がした。

「川崎さん、見て!この貝殻とっても綺麗!」

 しかし、美坂さんは気まずいと気にしている様子はなく、透き通って見える水色の貝殻を私に見せに来てくれる。
 美坂さんの持ってきた貝殻は本当に綺麗で、海なんて来た記憶が幼少以来なかった私はついつい見入ってしまう。

「川崎さん、この貝殻いる?」
「え……?でも、美坂さんが見つけたのに……」
「大丈夫!もう一個探すから!」

 そう言って、美坂さんが下を向きながら辺りを探し始める。私も慌ててゴミ拾いをしながら貝殻を探し始めた。

「あ!ねぇねぇ川崎さん、一つ要望言ってもいい?」
「要望?」
「うん!私の欲しい貝殻の要望!」
「うん、もちろん……」

 すると、もう一度美坂さんが近寄ってきて、私に先ほどの貝殻を見せる。

「これと似たようが感じの貝殻がいい!そしたら、川崎さんとお揃いで今日の思い出になるし!」

 美坂さんの言葉に私は喉がキュゥっとして、目が少しだけ潤んだのが分かった。美坂さんはどれだけ優しい人なんだろう。

「私ねー、実は今日結構楽しみだったんだよね。川崎さんとちゃんと話せる機会だから」
「……?」
「私ね、入学式の日、ちょうど川崎さんの斜め後ろの席だったの。そしたら入学式の途中から川崎さんが苦しそうにみえて、大丈夫かなって見てたの。ずっとずっと苦しそうに下を向いてて、声をかけるか悩むほどだったんだけど……」

 美坂さんはしゃがんで貝殻を探していた手を止めて、私の方に視線を向ける。

「それでも、誰かが壇上に上がって礼をする時だけなんとか顔をあげて、一緒に礼をしてた。ちゃんと背筋を伸ばして。入学式が終わってすぐに体調を聞こうと思って声をかけようとしたら、教室にもういなくて……でも、なんか印象に残ったんだよね」

 その時、美坂さんが「あった!」と砂浜から小さな貝殻を手に取って、私に持って来てくれる。そして、私の手の上にその貝殻を乗せた。

「はい!どうぞ」

 私の手のひらには先ほどの貝殻と合わせて二つの貝殻が並んでいる。

「なんかね、あの入学式の時にちょっと川崎さんと話したくなったんだ。だって体調が悪いのに顔を上げるなんて、この人絶対に律儀な人だって思って」

 美坂さんが私の手に乗っている二つの貝殻から一つをそっと手に取る。

「これでお揃いだね!」

 誰とも関わらないと決めた高校生活で……誰とも関わらないと決意した入学式で、私を見てくれていた人がいる。それが言葉にならないほど嬉しいのに、素直に喜ぶことに慣れていなくて上手く言葉に出来ない。
 そんな私を見て美坂さんは私が機嫌を損ねたと思ったようで、慌てて私の手からもう一つの貝殻も掴んだ。

「勝手にお揃いとか嫌だった……?」
「ちがっ……!」
「違うの?」

 明かせない「頻発性症候群」という病気。そのせいで私はそれ以外にも沢山の気持ちを隠して、諦めようとしている。
 でも、きっと全てに嘘をつく必要はないのかもしれない。この嬉しくて泣きそうな気持ちをなかったことにするのが正しいとはどうしても思えなかった。

「……お揃いの貝殻が嬉しくて……美坂さん、ありがとう」

 いつも通りの小さくて震えたような声での返事。それでも、初めて内容は明るくて、自分の気持ちを素直に言えた気がした。

「本当!?じゃあ、お揃いにしよ!川崎さんはどっちの貝殻がいい?」

 美坂さんが両手に一つずつ貝殻を持って、私に見せてくれる。同じような色の二つの美しい貝殻、両方とも綺麗でどちらでもいいはずなのに……気付いたら、美坂さんが始めに私に渡してくれた一個目の貝殻を手に取っていた。

「そっちの貝殻の方が小さいけどいいの?」
「うん、こっちがいい」

 私はつい美坂さんが初めて私に渡してくれた貝殻の方を選んでしまう。

「本当にありがとう、美坂さん。とっても良い思い出になった」
「あはは、まだオリエンテーションは始まったばかりだよー」

 一つも楽しいことが起きない高校生活を送ると思っていた。いや、送るつもりだった。
 無事に高校を卒業して、周りの人に迷惑をかけないことだけが目標で、高校生活を楽しむつもりなど微塵もなかった。
 それでも、今一つ、楽しい思い出が出来たのだ。思い出はなくならない。この思い出はずっと残る。それが嬉しくて堪らなくて。私は、ぎゅっと貝殻を握りしめた。
 その時、菅谷くんと草野くんが大きなゴミ袋を抱えて、私たちの方に近づいてくる。

「おーい、美坂さんと川崎さん!ゴミどれくらい集まったー!?」

 私たちは、菅谷くんと草野くんより大分小さいゴミ袋を掲げて見せると、草野くんが驚いている。

「え!少なくね!?」

 その言葉に私と美坂さんは目を合わせた後、美坂さんが草野くんに返事をした。

「ごめんね、貝殻探ししてて、ゴミ拾いちょっとサボっちゃった」
「おいー!俺ら真面目にゴミ拾いしてたのに!」

 草野くんはそう言いながらも、全然怒っている様子はなくて嬉しそうに美坂さんと話している。

「ていうか、そろそろ昼飯じゃね!?俺、めっちゃ腹減ったんだけど!」
「お前の食欲やべーな」
「いや、菅谷だってさっき『腹へったー』って愚痴ってたじゃん」
「おい!バラすな!」

 菅谷くんと草野くん、それに美坂さんの三人が話しているのを隣で聞いているだけで楽しかった。その時、ピィーと先生が笛を鳴らした。

「全員集合ー!そろそろ昼飯を作るキャンプ場に移動するぞー」

 先生の呼びかけに「やった!」とか「腹減ったー」という声を共に生徒が一気に集まり始める。

「俺たちも行こ」

 草野くんの呼びかけで私たちも先生のところに向かい始める。私はそんな皆んなの二メートルほど後ろを歩いていた。

「川崎さん?」

 遅れている私を菅谷くんが振り返り、私と歩幅を合わせてくれる。私は慌てて「ごめん!」と謝り、美坂さんと草野くんの隣まで菅谷くんと一緒に早歩きで追いつく。
 どこか隣を歩けないほど眩しく感じた三人の隣は、歩いてしまえば普通に歩けてしまった。
 そんな私に菅谷くんがコソッと小声で声をかけた。

「川崎さん、体調大丈夫?」
「あ……うん、大丈夫。菅谷くんは?」
「俺も全然大丈夫」

 菅谷くんは、「大丈夫?」と聞かれたら「大丈夫」と返すのが癖になっているような言葉の返し方だった。それでも、自分が辛くても無理をする菅谷くんは、当たり前のように私を気遣ってくれる。
 私の病気を知らなくても、入学式の日のことで私に何か病気があることは勘づいているのだろう。
 先生の元に私たち四人が集合する頃には、ほとんどの生徒が集まっていた。

「じゃあ、人数確認を始めます」

 先頭の生徒が列の人数を数えて先生に報告に向かう。

「よし!全員揃っているな」

 先生が人数確認を終えて、端の列から順番にバスに乗せていく。私がバスに乗ると、美坂さんが私に声をかけた。

「隣、座ってもいい?」

 私が頷くと、美坂さんが私の隣の席に座る。動き始めたバスに揺られながら、美坂さんは鞄から可愛いパッケージのお菓子を取り出した。

「じゃーん、これ前に話してたクッキー。でも今食べたらカレー食べれなくなっちゃうかもだし、これは食後のお菓子にしよ!」

 美坂さんはお気に入りのクッキーを二袋持って来たようで、他のお菓子と合わせて個数を数えている。

「123……詩乃(しの)と部屋で食べる分も残しておこうかな……」

 美坂さんは友達が沢山いて、私はそれに安心してしまう。
 私がいなくても美坂さんは友達に困らないことに安心するのだ。オリエンテーションの後に私が美坂さんと話さなくても、美坂さんには友達が沢山いる。
 最低な考えだと分かっているのに、病気の私が人と距離を置きたいから相手に私が必要のない人であって欲しいと願ってしまう。
 そんな最低なことを私が考えていると、美坂さんの呟きが耳に入ってくる。

「このクッキーは後で川崎さんと食べるから……」

 美坂さんがお菓子を数える時に私の分を数えただけ。友達と言われたわけじゃないのに、それが泣きそうなほど嬉しくて。
 こんな最低な私に優しく接してくれる人たちがいる。それにどう返せば良いのか分からなくて……人と距離を取りたいくせに本当は寂しくて、相手をちゃんと拒むことすら出来ない。
 バッグから持って来たメモ帳を取り出せば、一ページ目に高校入学の時に決めた目標が書かれている。

・「頻発性哀愁症候群」を治すこと
・周りの人にこれ以上迷惑をかけないこと
・高校を無事卒業すること

 「周りの人に迷惑をかけない」、それは私が決めたこと。私と関われば周りに迷惑をかけるから、出来るだけ誰とも関わらないと決めた。
 分かっているつもりなのに、どこか分かっていなくて、何が正しいのか分からない。

「一体、私は何がしたいの……」

 隣の席の美坂さんにすら聞こえないほど小さくそう呟いた。