それから入部まではあっという間だった。丁度、夏休みに入った頃に私は美術部に入部した。
 夏休み中も部活があって、その日は午後からの部活だった。

「ここの机が空いてるから川崎さんが使ってね。それと画材は……」

 美術部顧問の木下(きのした)先生が私に部室の説明をしてくれている。その説明を美坂さんと一緒に聞いていた。

「川崎さんの場所、私の隣だね。私に分かることなら何でも聞いて……!」

 美坂さんは私が美術部に入ってくれたことが嬉しいようで、いつもよりどことなくテンションが高い気がした。木下先生が美術部の他の部員を見渡した後に、私に視線を向けた。

「まずは美術部に入って初めての作品になるけど、どうしたい?今は他の部員たちはアクリル絵の具を使った絵を描いてるけれど……」
「じゃあ、私もそれで大丈夫です」
「分かったわ。丁度、いまコンテストもやっていて皆んなそれに向けて頑張ってるの。川崎さんは初めての作品だから、コンテストに応募するかは自由にしてね」

 「コンテスト」という言葉に一気に緊張感が走ったの分かった。中学の頃の記憶が頭をめぐる。

「コンテストはまだやめておこうかな……」

 出来るだけ暗くならないようにそう言うと、木下先生が「そうよね。まずは気楽に描いてね」と言ってくれる。
 あらかた部室の説明と終えた後に、題材などを教えてくれた。

「今は好きな風景を描いてる部員が多いの。でも、別に風景じゃなくてもいいわ。まずは好きなものを描いて」
「絵をしっかり描くのも久しぶりなので、まずは部室の風景を練習で描いてもいいですか?その後に好きな風景を探したくて……」
「もちろん。絵を完成させるペースは人それぞれだから、ゆっくり描いて欲しいくらい」

 前に美坂さんが言っていた通り、部員も多くなくてそれぞれのんびりと絵を描いているようだった。

「他に何か聞きたいことはある?」
「いえ、ありがとうございました」

 私の説明を終えると木下先生は他の部員に呼ばれて、その部員の絵を見ながら楽しそうに話している。美坂さんが席に戻りながら私の方を振り返った。

「川崎さん、じゃあこれから一緒に頑張ろ!」
「うん、ありがと」

 私は練習のために小さめの画用紙を取ってきて、自分の前の机に置いた。筆を持つのは久しぶりで、絵の具を筆につけると一気に美術部に戻ったという感覚が襲ってきた。
 その感覚がまだやっぱり何処か怖いのに、嬉しさが混じっている感じもして不思議な感覚だった。紙に筆をつけると、当たり前だが色が紙に落ちた。美術部の部員としてその光景を見ていることに目が潤みそうになる。
 あと残り部活が終わる時間まで一時間ほど。説明をしてもらっていた分、今日の残り時間は少なかった。それでも一度描き始めればあっという間で、一時間とすら思えないほどに時間ははやく過ぎてしまう。
 気づけば、チャイムの音が鳴っていた。その音で集中が切れて、顔を上げた。

「川崎さん、そろそろ帰ろ!」

 美坂さんにそう言われて、私はすぐに画材を片付けた。画材を片付けて、校門のところまで美坂さんと歩いていく。

「川崎さん、今日自転車?」
「ううん、電車。美坂さんは?」
「私は今日の朝、雨降ってたからバスなの」

 バス停は高校のすぐ目の前にある。私と美坂さんは自然に校門で別れる流れになった。

「じゃあ、また明日」
「うん、またねー」

 美坂さんと別れて、自転車小屋まで歩いていく。夕日の日差しが前の景色全てを赤色に染めている。中学の頃は綺麗な景色を見るたびに「描きたい」と思っていた。その感情を思い出した気がした。

 その日の夜に菅谷くんに「今日が美術部の入部日だった」と連絡を送ると、「ちょっと電話していい?」と来た後に電話がかかって来た。

「川崎さん、今日どうだった?」

 入部を決めた時に菅谷くんには美術部に入ることを伝えていたが、心配をかけていたのかもしれない。

「楽しかったよ。今日からもう描き始めたところ。夏休み中は部活で忙しくなりそう」
「俺も夏休みは部活ばっか」
「サッカー部は忙しそうだよね。私も今描いてる絵があって……」

 菅谷くんは私の部活の話を聞いた後に「ごめん、急に電話して」と謝った。

「ちょっと気になってたんだけど、川崎さんが楽しそうで安心した。入部おめでと」

 菅谷くんは「それだけ伝えたくて」と言って、電話を切った。わずか数分の電話なのに、菅谷くんの優しさが伝わってきた気がした。