「今、いい感じじゃない?あー!惜しい!」

 美坂さんはサッカー観戦に慣れていないながらも、楽しみながら見ていて微笑ましくなってしまう。私も菅谷くんと草野くんという応援する選手がいるおかげもあって、見ていてとても楽しかった。
 前半戦が終わった時には、応援している私たちも汗をかいていた。点数はまだ0対0のままだった。

「川崎さん、私、ハーフタイムの間にお手洗い済ませてくるね」

 美坂さんがお手洗いに行って一人になると、一気に現実に戻った感じがした。ハーフタイム中でさっきまで耳に響いていた周りの歓声も聞こえない。それでも、周りの観客たちの話し声がザワザワと聞こえていた。
 菅谷くんたちはベンチで水分補給をしながら、コーチの話を聞いている。今回は一年生メインの練習試合と言っていたけれど、素人から見ると全然レベルが高いように見えた。
 ハーフタイムが終わる前には美坂さんも戻ってきて、後半が始まった。
 点を決めるチャンスは何度か来るのだが、点を決めきることは難しく0対0のまま試合は進んでいく。後半が始まって20分ほど経った頃、菅谷くんたちのチームにもう一度点を決めるチャンスが来た。
 周りの歓声が大きくなった瞬間……

「あ!入った!」

 私と美坂さんは顔を見合わせてて「やった!」とハイタッチをしてしまう。残り30分程、このまま終われば菅谷くんと草野くんのチームの勝ち。しかし、段々と相手チームに流れがきているのか相手チームに点が入るチャンスが多くなっていく。
 残り15分で相手チームが一点決めたと思うと、そこからすぐにもう一点入れられてしまう。

 ピー、と音が鳴って試合終了となった。1対2で相手チームの勝ちだった。

「あー、負けちゃったね」

 美坂さんが残念そうにそう言った。

「でも、草野くんも菅谷くんも大活躍だったね」
「うん。二人とも楽しそうだったし。美坂さんはこの後どうする?」
「お姉ちゃんと買い物に行こうかなって思ってるから帰るつもり。川崎さんは?」
「私も帰ろうかな。後で草野くんと菅谷くんに『お疲れ様』ってメッセージ送ろ」
「うん!」

 私と美坂さんは荷物を持って立ち上がった。観戦席を出る前に菅谷くんたちにもう一度目を向ける。菅谷くんと草野くんは二人で何かを楽しそうに話している。私はつい菅谷くんが笑っているところを見てしまう。菅谷くんは本当に楽しそうで、症状が出ている時の苦しそうな顔からは想像も出来ないほどだった。
 その顔を見ているとどうしても羨ましくなってしまう。胸の奥がジーンと熱くなるような感覚。嬉しさの中に羨ましさが隠れているような感覚だった。

「川崎さん?」
「あ、ごめん!行こ」

 私は家に帰っても菅谷くんと草野くんの楽しそうな顔が忘れられなかった。机の引き出しを開ければ、あの日書いた色鉛筆の絵がある。飾ることも両親に見せることもできなくて、引き出しの中に閉じ込めてしまっていた。
 スマホを見ると、班のグループで美坂さんが「二人ともお疲れ様!」と送っている。私も「本当にお疲れ様。見てて楽しかった」と送信する。
 すぐに既読が一個ついて、草野くんからメッセージが返ってくる。

「負けたー!二人とも見に来てくれてありがと」

 草野くんは男の子のキャラクターが悔しそうに頭を抱えているスタンプをメッセージの終わりに付け足した。私は知らないが多分漫画かアニメのキャラクターだろう。美坂さんも可愛い「ファイト!」と書かれたスタンプを送信している。美坂さんがスタンプを返したので、私はそのままスマホを閉じた。もう一度、先ほどの絵に目を向ける。

「久しぶりの割には上手だよね……」

 誰にも見せられない絵だからこそつい自分でそう言ってしまう。私はすぐに机の引き出しに絵を戻した。

 その日の夜、菅谷くんから電話がかかって来た。

「川崎さん?今日は来てくれてありがと!症状でなかった?それが気になって……」
「本当に大丈夫。それに美坂さんも一緒だったから」
「良かった」

 菅谷くんは私の体調がどうだったか心配して電話をかけて来てくれたのだろう。いつも菅谷くんは私の体調を気遣ってくれて、それが嬉しいのに申し訳なく感じてしまう。

「……菅谷くんは最近症状どう?」
「部活入ってから忙しくて、最近はちょっと減って来たかも」
「本当……!?良かった」

 菅谷くんの言葉に私はつい嬉しくなってしまう。

「川崎さんは?」
「……うーん、変わらずかな」
「そっか」
「うん、まぁ仕方ないよ」

 私はそう言いながらも、どこか悲しくて。症状が減っていかないことにすら焦りを感じていしまう。

「……川崎さんはでも最近前より楽しそうな感じがする」
「え?」
「俺だってきっとこれから悪化する時もあると思うけど、無理し過ぎないで二人で頑張りたい。川崎さん、俺ら二人とも『絶対大丈夫』だよ」

 いつもの症状が出た時の言葉。それなのに、その「絶対大丈夫」はあまりにも私に勇気をくれた。

「じゃあ俺、そろそろ寝るね。おやすみ」
「うん、おやすみ」

 菅谷くんと電話を切った後、私はポスンとベッドに腰掛けた。もう一度菅谷くんの言葉を思い出す。

「川崎さん、俺ら二人とも『絶対大丈夫』だよ」

 その日は安心して、ぐっすり眠れる気がした。