粉砕した薬草を大鍋で水と一緒に煮て、薬の成分を抽出した後、ろ過してから精製の魔法を施す。どの薬魔女も似たような手順で薬を作っていると思うが、使う素材によって効果に差が出るし、仕上げの精製魔法の精度によってもまた違ってくる。
森の魔女アナベルの薬のレシピの大半は、先代魔女である祖母から引き継いだ物。主に魔の森に生える薬草を用いたレシピだが、最近は他の魔女達から教えて貰った素材と組み合わせることで、さらに効果を上げられないものかと試行錯誤を繰り返していた。
「レイラが持ってきてくれたキノコを使ってみたいのよね」
「ソルピット茸ですか？」
ソルピット村から運んできた解熱効果があるというキノコと、実際にルーシーが作った解熱剤の瓶を作業台に並べて、アナベルは試飲したり匂いを嗅いだりしながら難しい顔をしている。
キノコだけで作るなら、ルーシーがいつも作っている物と変わらない。なので、普段用いている薬草と掛け合わせることで、新しい薬が作れないかと頭を悩ませているようだった。複数ある薬草のどれをキノコに置き換えるのが一番効果があり、尚且つ服用しやすいのか、と。
薬草と違ってソルピットのキノコは苦味がない。だから薬草独特の風味を嫌がる子供にも飲ませやすい薬が作れるのではと、是非とも取り入れてみたいのだという。
しばらくは首を傾げたりしていたが、最終的には考えるのも面倒だと、数種類の試作品を適当に作り上げていく。そんなアナベルのことをレイラは部屋の隅で椅子に掛けたまま、惚けたように眺めていた。
それぞれを瓶５本ずつ４種類。配合が微妙に違う解熱剤に注意書きラベルを貼りつけていく師の姿に、力の差を感じて去っていった弟子の多いことを心から納得する。
――リューシュカ様のところでは、一生かかっても見られない作業量を、このたった数時間で見せていただいた気がする……。
「その試作品は、どうされるんでしょうか？」
「薬店か診療所に置いていただこうかと思うの。解熱剤は実際に熱を出してる人でないと、試せないでしょ」
傷薬なら自分で擦り傷を作って試せるけど、とさらりと怖いことを言ってのける。
アナベルの作る薬は、グラン領の中心街にある薬店が主に取り扱っている。瓶入りの液体薬が主流だった時に、水に溶いて飲めるという粉末の薬を販売し始めたことで有名になった店だ。近々に隣街にも支店を出すという噂はレイラも耳にしていた。
「粉薬はアナベル様が発案なさったと伺ったのですが――」
瓶入りの液体薬と違って、軽くて破損の心配もなく、さらに保存期間も長い粉薬は常備薬として当たり前になりつつある。領内の他の薬魔女の粉薬も出回ってはいるが、その先駆けとなっているのは森の魔女だという話を聞いたことがあった。
「そうね。この辺りで最初に作り始めたのは、私だったかもしれないわね」
そう言う師の表情は、少し困惑の物へと変わる。
「国によっては抽出したものではなくて、粉砕した薬草そのものを服用する場合もあるみたいだし、液体薬の方が珍しいこともあるわ。もっと遠い国だと、また別の薬が主流かもしれない」
「別の薬、ですか？」
「ええ、この国は薬作りに関しては閉鎖的だから、いつまで経っても新しい物がなかなか出てこないのよ。それが残念だわ」
だからこそ、森の魔女は自らがレシピ公開に乗り出したのだ。薬魔女の頂点に立つアナベルが新薬作りに精力的な理由が理解できた気がする。
丁度いいわ、レイラも考えてくれない？ と微笑み返すアナベルの表情が、今度は悪戯めいたものに変わる。
「薬瓶に代わるガラス製品って、何かないかしら？」
「ガラス、でしょうか？」
「ええ。薬を粉末化しちゃったから、ガラス工房から結構恨まれてると思うのよね、私」
薬草茶のブレンドを袋入りではなくて瓶入りにしている理由を察し、レイラは少しばかり顔を引きつらせる。粉薬は薬店で一包ずつが紙に包まれて販売されていることが多い。それまで薬瓶を卸していた工房は、注文数が一気に減って困っていることだろう。
かと言って、急に言われても何も思いつかなかったので、とりあえずは薬草茶の出荷量を増やすことを提案してみる。
「そうね。新しく出来る薬店でも置いていただけるよう頼んでみようかしら」
「配合通りに瓶詰めするくらいなら、私でもお手伝いできますね」
調薬と違って魔力は必要としない作業だ。足を引っ張らずに出来る仕事を見つけたと、急に張り切り出した弟子の様子に、アナベルはふふふと楽しそうに声を出して笑う。魔力が少ないことを気にしているようだが、レイラにだって出来ることはたくさんある。
お茶と薬に用いている薬草は同じ物も少なくない。調薬作業ではないけれど、薬草茶のブレンドも立派な魔女修行になるはずだろう。
これまでは面倒で種類を出していなかったけれど、レイラが作業を担ってくれるのなら他のブレンドも店に並べて貰うこともできるだろうし、瓶の発注数も増やせる。
アナベルは作業台の引き出しから封筒と便箋を取り出すと、工房と薬店宛てに文をしたため始める。
ふと、レイラが窓の外へ目をやる。子猫達が庭を駆け回っているのが見えた。天気が良いので、親猫達も陽だまりの中で気持ち良さそうに昼寝をしている。
「そう言えば、この部屋には猫は入って来ないんですね」
どこに居ても、いつの間にか付いて来ていることが多いのに、作業部屋には一匹も顔を出しに来ないのが不思議だ。
「猫達は薬草の匂いが嫌なのかしらね。ここには猫もマーサも入って来ないのよ」
「マーサさんも、ですか？」
「ふふふ。マーサはね、お掃除しようと窓を開けて粉まみれになってからは入ろうとしなくなったわ」
言われて室内を見回し、世話係の掃除の手が入っていないことに気付く。他の部屋は完璧に磨き上げられているのに、ここは薬草の粉やら何やらが散らばっているし、整然とは程遠い。間違いなく、ここの掃除はレイラの仕事になるのだろう。
森の魔女アナベルの薬のレシピの大半は、先代魔女である祖母から引き継いだ物。主に魔の森に生える薬草を用いたレシピだが、最近は他の魔女達から教えて貰った素材と組み合わせることで、さらに効果を上げられないものかと試行錯誤を繰り返していた。
「レイラが持ってきてくれたキノコを使ってみたいのよね」
「ソルピット茸ですか？」
ソルピット村から運んできた解熱効果があるというキノコと、実際にルーシーが作った解熱剤の瓶を作業台に並べて、アナベルは試飲したり匂いを嗅いだりしながら難しい顔をしている。
キノコだけで作るなら、ルーシーがいつも作っている物と変わらない。なので、普段用いている薬草と掛け合わせることで、新しい薬が作れないかと頭を悩ませているようだった。複数ある薬草のどれをキノコに置き換えるのが一番効果があり、尚且つ服用しやすいのか、と。
薬草と違ってソルピットのキノコは苦味がない。だから薬草独特の風味を嫌がる子供にも飲ませやすい薬が作れるのではと、是非とも取り入れてみたいのだという。
しばらくは首を傾げたりしていたが、最終的には考えるのも面倒だと、数種類の試作品を適当に作り上げていく。そんなアナベルのことをレイラは部屋の隅で椅子に掛けたまま、惚けたように眺めていた。
それぞれを瓶５本ずつ４種類。配合が微妙に違う解熱剤に注意書きラベルを貼りつけていく師の姿に、力の差を感じて去っていった弟子の多いことを心から納得する。
――リューシュカ様のところでは、一生かかっても見られない作業量を、このたった数時間で見せていただいた気がする……。
「その試作品は、どうされるんでしょうか？」
「薬店か診療所に置いていただこうかと思うの。解熱剤は実際に熱を出してる人でないと、試せないでしょ」
傷薬なら自分で擦り傷を作って試せるけど、とさらりと怖いことを言ってのける。
アナベルの作る薬は、グラン領の中心街にある薬店が主に取り扱っている。瓶入りの液体薬が主流だった時に、水に溶いて飲めるという粉末の薬を販売し始めたことで有名になった店だ。近々に隣街にも支店を出すという噂はレイラも耳にしていた。
「粉薬はアナベル様が発案なさったと伺ったのですが――」
瓶入りの液体薬と違って、軽くて破損の心配もなく、さらに保存期間も長い粉薬は常備薬として当たり前になりつつある。領内の他の薬魔女の粉薬も出回ってはいるが、その先駆けとなっているのは森の魔女だという話を聞いたことがあった。
「そうね。この辺りで最初に作り始めたのは、私だったかもしれないわね」
そう言う師の表情は、少し困惑の物へと変わる。
「国によっては抽出したものではなくて、粉砕した薬草そのものを服用する場合もあるみたいだし、液体薬の方が珍しいこともあるわ。もっと遠い国だと、また別の薬が主流かもしれない」
「別の薬、ですか？」
「ええ、この国は薬作りに関しては閉鎖的だから、いつまで経っても新しい物がなかなか出てこないのよ。それが残念だわ」
だからこそ、森の魔女は自らがレシピ公開に乗り出したのだ。薬魔女の頂点に立つアナベルが新薬作りに精力的な理由が理解できた気がする。
丁度いいわ、レイラも考えてくれない？ と微笑み返すアナベルの表情が、今度は悪戯めいたものに変わる。
「薬瓶に代わるガラス製品って、何かないかしら？」
「ガラス、でしょうか？」
「ええ。薬を粉末化しちゃったから、ガラス工房から結構恨まれてると思うのよね、私」
薬草茶のブレンドを袋入りではなくて瓶入りにしている理由を察し、レイラは少しばかり顔を引きつらせる。粉薬は薬店で一包ずつが紙に包まれて販売されていることが多い。それまで薬瓶を卸していた工房は、注文数が一気に減って困っていることだろう。
かと言って、急に言われても何も思いつかなかったので、とりあえずは薬草茶の出荷量を増やすことを提案してみる。
「そうね。新しく出来る薬店でも置いていただけるよう頼んでみようかしら」
「配合通りに瓶詰めするくらいなら、私でもお手伝いできますね」
調薬と違って魔力は必要としない作業だ。足を引っ張らずに出来る仕事を見つけたと、急に張り切り出した弟子の様子に、アナベルはふふふと楽しそうに声を出して笑う。魔力が少ないことを気にしているようだが、レイラにだって出来ることはたくさんある。
お茶と薬に用いている薬草は同じ物も少なくない。調薬作業ではないけれど、薬草茶のブレンドも立派な魔女修行になるはずだろう。
これまでは面倒で種類を出していなかったけれど、レイラが作業を担ってくれるのなら他のブレンドも店に並べて貰うこともできるだろうし、瓶の発注数も増やせる。
アナベルは作業台の引き出しから封筒と便箋を取り出すと、工房と薬店宛てに文をしたため始める。
ふと、レイラが窓の外へ目をやる。子猫達が庭を駆け回っているのが見えた。天気が良いので、親猫達も陽だまりの中で気持ち良さそうに昼寝をしている。
「そう言えば、この部屋には猫は入って来ないんですね」
どこに居ても、いつの間にか付いて来ていることが多いのに、作業部屋には一匹も顔を出しに来ないのが不思議だ。
「猫達は薬草の匂いが嫌なのかしらね。ここには猫もマーサも入って来ないのよ」
「マーサさんも、ですか？」
「ふふふ。マーサはね、お掃除しようと窓を開けて粉まみれになってからは入ろうとしなくなったわ」
言われて室内を見回し、世話係の掃除の手が入っていないことに気付く。他の部屋は完璧に磨き上げられているのに、ここは薬草の粉やら何やらが散らばっているし、整然とは程遠い。間違いなく、ここの掃除はレイラの仕事になるのだろう。
