唯一の荷物である木箱3箱を乗せた荷馬車に揺られながら、レイラは魔女ルーシーに見送られてソルピット村を後にした。材木業が盛んなこの村にまた来ることがあるんだろうかと、一度だけ名残惜しそうに振り返る。

 森の魔女に弟子入りを願いに行き、猫達の審査に合格した後、レイラは荷物を引き取りにルーシーの屋敷へと戻ってきた。アナベルからは「大騒ぎになるから、猫のことは秘密で」と念を押された為、森の館での詳しい弟子入り条件についてはルーシーにも話さなかった。
 ――よくよく考えてみると、幻獣とも呼ばれる猫があんなにたくさんいることがおかしい。本当のことを話したところで信じて貰えない可能性の方が高い。

 中心街を抜けて街の東に位置する森の道の入口近くに差し掛かった頃に、荷台に積まれた木箱に凭れたレイラは深い眠りに落ちていた。
 ルーシーが引っ越し用にと手配してくれた荷馬車は、小さいながらも新しくて。その優しい揺れが少女にはとても心地よかった。

 ここ数日の間に居候先がころころと変わったせいで、心身ともに全く落ち着かなかった。疲れ切った身体では荷馬車の揺れと、温かい日差しには抗えない。御者から肩を揺すられるまで、夢の中から覚めることはなかった。

「んー……」

 腕を伸ばして大きく伸びをした時にはすでに、レイラの荷物は森の館の入口扉前に積み上げ終わっていた。到着してもギリギリまで起こさないよう、御者が気を利かせてくれたのだろう。すっかり眠り込んでしまったことを恥ずかしがりつつ、お礼を伝えると、「頑張れよ」とレイラの頭にポンと手を乗せて励ましてくれた。父親も生きていれば同じくらいの年齢だっただろうか、荷馬車が森の道を戻っていくのを黙って見送る。

 さすがに二度目だから前ほどは緊張していないと思ってたけれど、大きな扉を前に自然と表情が強張っていく。目を瞑り、両手を広げて頬をぎゅっと包み込んで気持ちを落ち着かせる。
 さあ扉を叩こうと右手をあげた時、足元にふわりとした感触が。

「にゃーん」

 見下ろしてみると、茶色の縞模様のオス猫。日に当たってフカフカになった猫毛を、レイラの足に擦り寄せてくる。

「えっと……ティグちゃん、だっけ?」
「にゃーん」

 名前を呼べば、ちゃんと返事してくれる。感心しながら眺めていると、早く開けろとばかりに扉へカリカリと爪を立て始めた。レイラは慌てて入口扉を二度叩く。

「レイラさん、お待ちしておりましたわ。――あら、ティグちゃんも一緒だったのね」
「にゃーん」

 出迎えてくれた世話係は、レイラと共に帰って来た猫にも声を掛けている。昨日も思っていたけれど、この館の人達は猫に対しても普通に会話をする。そして、大人猫達はそれをちゃんと分かっているかのように返事をし、行動するのだ。

 ――聖獣って、そういうものなのかな?

 マーサに促されて荷物を中へ運び込むと、入口すぐのソファーには森の魔女の姿があった。淡い色味のブラウスに、髪と同じ茶系のロングスカートという、前日とは打って変わった良家のご息女風の装い。カップを手に持ったまま、レイラの方へ微笑みかけてくる。

「いらっしゃい、レイラ」
「アナベル様、今日からお世話になります」

 両手を身体の前にそろえて頭を下げるレイラを見ながら、アナベルは人差し指を自分の顎に添えたポーズのまま首を傾げている。

「そうね。部屋はどこを使って貰おうかしら?」
「二階の客室なら、いつでも使えるようにしておりますわ」
「そう、じゃあ、案内してあげて」

 二人のやり取りを横で聞いていて、レイラは慌てた。「弟子入りさせていただくのに、客室なんてとんでもない! 使用人部屋があれば、そちらでお願いします」と。
 すると、二人は揃って困ったような顔になる。

「使用人部屋だと、眠れないと思うわ」
「そうですわよ。私も今は客室を使用させていただいてますから」

 この館の規模だから、使用人部屋はいくつもあるはずなのにと、今度はレイラの方が困惑の表情を浮かべる。いきなり客室をあてがわれるなんてと恐縮してしまったが、その後に理由を聞いてすぐに納得する。

「夜中に猫達が大騒ぎするから、一階はうるさいのよね」

 マーサも眉を寄せて同意するように大きく頷いているから、よっぽどなのだろう。以前はホールに隣接している部屋を使っていた彼女も、猫達がやって来てからはあまりの騒々しさに二階に移ったということだ。

「空いている部屋なら、どこでも構わないわ」

 案内されて二階に上がると、6つある客室の内の階段上がってすぐの二部屋は使用中で、一番奥の主寝室がベルの部屋だと説明を受けた。なら、アナベルの部屋から離れた方が良いのかと、レイラは三部屋目の客室に荷物を運び込んだ。

 たった3箱の木箱だけだったが、全てを運び終わるとふぅっと溜息が出た。ベッドとチェストが設置された広い客室には浴室もトイレも付いていた。領主の別邸であり、それなりの客人をもてなす為に作られた部屋を宛がわれるとは思ってもみなかった。
 物置部屋のような狭い使用人部屋を覚悟していたレイラからすれば、逆に落ち着かない。

「手前の部屋は、誰のなんだろ?」

 ふと、疑問が浮かび上がる。マーサの部屋は階段を上がって二つ目で、レイラの隣の部屋だと聞いた。なら、一つ目の部屋の使用者はどこにいるのだろうか?