目を丸くして動きを止めてしまったレイラの足に、縞模様の獣はもう一度擦り寄って来る。ふわふわした温かい毛が触れると、レイラは目をぱちくりと瞬かせた。

「やっぱり一番はティグちゃんね」

 おかしそうに笑っている世話係に、説明を求めて振り向く。いきなり出て来た獣に、何がなんだかよく分からない。敵意や攻撃性は感じられないから魔獣ではなさそうだし、家畜にしては小さ過ぎる。レイラには初めて見る生き物だ。

「あと5匹いるんですけど、4匹はすぐ出てくると……あ、ソファーの下に3匹いますね」

 言われて、座っているソファーの下を覗いてみる。先に現れたのよりもかなり小さい子達が、レイラの真下から丸い瞳でこちらの方を見ている。しばらくは様子を伺っている風だったが、すぐに白黒の子と、真っ黒の子、白黒オレンジの三毛がじゃれ合いながら、ドタドタとホール中を走り回り始める。

「あの、この子達って……?」
「猫ですわ」
「猫……」

 猫と聞いて思い当たるのは、経典に出てくる聖獣の一種。しかも、ついさっき読んでいた本でも何度か登場していた。待ち時間にこの本を読むよう勧められたのは、予備知識として猫の存在を知らせ、少しでも驚かせないようにする為?
 イヤ、そんなわけがないかと疑いつつ、レイラはマーサに向かって笑われるのを覚悟で聞き直す。

「まさか聖獣の、ですか?」
「みたいですね、私もよくは分からないのですが、意外とたくさんいるみたいですね」

 朗らかに笑いながら、足下を走り抜けようとした白黒の子猫を抱き上げるが、猫はマーサの腕からするりと抜けて足音も立てずに飛び降りた。そして、他の兄弟猫達と一緒にホール中を駆け巡り始める。
 一番最初に出て来た大きなトラ猫はレイラの向かいの席に飛び乗って、子供達の騒ぎには気にも留めてない様子で毛づくろいしている。

「小さいのが、あと1匹……ああ、レイラさんの横に」
「え?」

 いつの間にかソファーの上に登っていた小さなトラ猫が、レイラの右腰辺りをクンクンと匂いを嗅いでいる。ティグと呼ばれていた大きな猫とそっくりな毛模様で、大きさは半分もない。

「猫の親子なんですか?」
「ええ。その縞模様のティグちゃんが父親で、母猫もいるんですけど……」

 他の子達は人懐っこいんですが、母猫は少し神経質だから、とマーサは猫が隠れていそうなところを覗いて回る。しゃがみ込んでダイニングチェアーの座面を見たり、家具の隙間を確認していく。猫というのはそんな狭いところに入りたがるんだろうか。聖獣の生態は謎だらけだ。

「あの、魔女様がおっしゃっていた条件の、認めて貰うっていうのは猫にってことでしょうか?」
「ええ。この子達が警戒しない方でないと、館には住んでいただけないですから」

 猫から認められる=猫が姿を見せる、ということだと説明され、残りの一匹が手強いという意味がようやく分かった。警戒心の強い母猫が出て来ない限り、レイラの弟子入りはないということだ。

 ドタドタと走り回る子猫達と、マイペースで毛づくろいするトラ猫を眺めながら、レイラは隣で丸くなり始めた子トラ猫の背にそっと手を伸ばしてみる。ふわふわの毛並みに沿って撫でてやると、喉を鳴らす振動が指先に伝わってくる。

 空いたカップにお茶のおかわりを注ぎ足してくれたマーサにお礼を伝えて、ふと頭によぎった疑問をぶつける。

「魔女様には他にお弟子さんはいらっしゃらないんでしょうか?」

 絶大なる知名度を誇る森の魔女なのだ。自分以外にも弟子の希望者はたくさん来ているだろう。けれど、館内でそれらしき人は見かけてはいない。こんな大きな屋敷なのに、使用人もマーサだけなのだろうか。

「そうですね。猫が来る前には何人かは弟子入りされてますけど……続いておられるのは、おひとりも」
「続かないんですか……」

 すぐに辞めてしまうほど見習い修行が厳しいんだろうか。思わず構えてしまったレイラに、マーサは違いますよと笑って訂正する。

「お嬢様との力の差に圧倒されてしまうらしいんですね」

 あー、と納得して大きく頷く。元々からレイラは自分の魔力量は少ないという自覚はある。だからその点では心配ない。何かしらの自信があって自分から門を叩いた者だと、圧倒的な力にいろいろとへし折られてしまうのだろう。

「猫が来てからは、どの子からも認めて貰えない方が多くて――ここまで顔を見せたのは、レイラさんが初めてじゃないかしら」

 まだ残り一匹の審査には通過できていないけれど、レイラは良い線をいってる方らしい。こうして話をしている間も、もう一匹は姿を見せてはくれない。
 タイムリミットはいつまでなんだろうかと、レイラが窓から外の景色を眺める。日が落ちる前に帰らないと、森から出られなくなってしまう。
 そう思っていた時、奥の部屋からアナベルが顔を出した。

「ナァーちゃん、帰って来たわね」
「あ、外に出てたんですね」

 結界を猫が通過したことに気付いたアナベルが、扉を開けるようにと世話係に指示する。開いた扉の向こうから姿を現したのは、子猫達よりは大きいけれど父猫よりもかなり小柄な三毛のメス猫。

「ナァー」

 トトトと軽い足取りでソファーに近付いてくると、レイラの足に擦り寄った。その感触には確かに覚えがある。

「その子とは、外でもう出会っていたかしら?」
「はい。姿は見えなかったんですが、入口の前で今みたいに擦り寄られました」

 知らない内に、最難関から真っ先に合格点を貰っていたみたいだ。

「じゃあ、レイラさんは弟子入り決定ですね」