休憩室でマーサよりも先に朝食を取らせて貰っていたレイラは、食べ終わった皿を重ねて調理場へと運んでいく。ここ数日は館の仕事よりも調薬の方を優先させていたが、さすがに自分で使った皿くらいは自分で片付けるようにしていた。
「あらあら。水に晒しておいていただければ十分ですのに」
洗い終わった食器を棚に戻していると、アナベルの給仕を終えた世話係が戻って来た。朝から夕刻まで魔力の続く限り薬作りしているのを知っていたから、使用人の仕事には手を出さなくて良いといくら言っても、遠慮ばかりの少女は素直に聞きはしない。
「今朝の納品で珍しいお茶菓子が入っていましたから、クリームをたっぷり乗せて後でお持ちしますね」
「クリームたっぷり、ですか……」
普段の様子から、レイラがクリーム好きなのを把握されている。本人は何でも美味しいと言っているつもりだが、中でもクリームを乗せた物を頬張っている時だけは、明らかに反応が違うらしい。いつものしっかり者の弟子の顔が消えて、学舎を出たばかりの無邪気な少女の顔へと戻ってしまうらしい。
マーサの魅惑的な言葉に美味しい想像をしてしまい、レイラの顔が少しばかり緩んだ。
「アヴェンへの支援にも目途が付いてきたようですし、もうひと頑張りのようですわね」
「はい。傷薬は今日送られて来たのが最後のようですし、私は昼過ぎまでで終われそうです」
元々の在庫が豊富にあったことが幸いして、傷薬の納品は比較的スムーズに行えていた。アナベルの杜撰な在庫管理をキッカケに、レイラが唯一作れるようになった薬を調子に乗って作りまくっていたことが、今回は大いに助けとなっている。世の中、上手くいく時はいくものだ。
回復薬に関しては、アナベルが両手で複数の魔法を行使するという荒業を編み出したことで、調薬の速度はありえない程上がっていた。
「アナベル様の魔力の限界って、どこなんでしょう?」
「さあ……私もお嬢様が魔力疲労を起こされた話は聞いたことがありませんわね」
調薬程度では限界には達しないのかと、二人して感心とも呆れともとれる溜め息をつく。もしかすれば、寝ずの調薬を続けていたら流石に来るのかもしれないが、毎晩ティグが健気にソファーで待ち続けているおかげで、それほど遅くまで作業するということはなかった。
マーサとの他愛ない会話を切り上げて移動すると、すでに扉の前には回復薬の瓶の詰まった木箱が二箱も積み上げられている。今朝の分にしては早過ぎるので、昨晩にレイラが休んだ後に仕上げた物だろう。
部屋へと入れば、アナベルが大きな壺に薬草を詰めて蓋をしているところ。納品されたばかりの薬草はまだ入口近くに置かれたままなので、レイラはまずはそれらを棚へと収めていく。
薬草と一緒に送られて来た薬瓶の数を確かめて計算してみると、レイラの使う鍋ではあと三回作れば終わりが見えそうだ。
ふと師の方を振り向くと、アナベルは粉砕し終えた薬草を大鍋へ移し、また別の薬草を壺に放り込んでいる。また二つ同時にやるつもりらしい。見ていると両腕をコンロと作業台へ伸ばして、左右の手で粉砕と煮出しの魔法を発動させている。
「アナベル様、それは必要以上に疲れたりはしないんでしょうか?」
「あら、意外と楽しいわよ。何か一つのことばかりだと、飽きてきちゃうけれど」
話しかければ普通に返事が戻ってくる。かつて聞いたことがある「魔法は集中力」という言葉は、この館に来てから全く信用性がなくなっていた。ただ残念なことに、レイラ自身は集中しないと魔法が安定しないので、「魔法は集中力」の言葉通りだったが。
マーサが差し入れてくれたクリームたっぷりの焼き菓子で休憩を挟んでから、傷薬は予定通りに支援分を全て作り終えることが出来た。瓶詰めした物を木箱にまとめ入れて部屋の前に運び出していく。
「結局、他の魔女達への協力要請は無かったそうよ」
出来たばかりの回復薬を青い瓶へ詰めながら、アナベルは今朝の本邸からの手紙に記されていた状況をレイラに話した。大規模な事故だったとは聞いていたが、その程度の支援で済んだのかと不思議そうにする弟子に、少し悪戯っぽく笑い掛ける。
「騎士団のところに余分な薬がたくさんあったらしくて、真っ先にそれを使ったそうよ」
「余分な薬、ですか?」
怪我の多そうな騎士団のことだ、薬の在庫を抱えていてもおかしくはないが、支援に使えるほどの余剰って何だろうとレイラは眉を寄せて考えていた。
「不正流出未遂だった物とか、ちょうど期限が切れる直前だったらしいのよね」
要は保管していた押収品の使い回しだ。
今回のように領主間の特別な取り決めでもない限り、製薬された物は領の外への持ち出しは禁じられている。だが、薬草や薬魔女の多いグラン領の薬は他と比べて品質も良く価格も安い為に、領を越えて仕入れし販売しようとする者が出てくることがある。それを取り締まった際に押収した薬は廃棄せず、騎士団などが有効活用できるようにと保管されていた。
ちょうど一年ほど前にも起こった鉱山事故の時、同じように薬不足になったアヴェンへと許可なく薬を持ち出そうとした者がいた。その時に大量に回収した薬を今回は支援の一部として使ったということだった。
「つまり、不正に持ち出されそうになってた薬が、今回は正式な支援品として送られたということでしょうか?」
「そう。悪趣味な話よね。偶然に手に入れた物で、恩を売りつけるつもりなんだから」
ふふふ、とおかしそうに話しながら、アナベルは新たに壺へと薬草を詰めていく。「作った物が無駄にならなくて良かったわ」と言っているところを見ると、前回流出されかけていたのは彼女の作った薬だったのだろうか。
「あらあら。水に晒しておいていただければ十分ですのに」
洗い終わった食器を棚に戻していると、アナベルの給仕を終えた世話係が戻って来た。朝から夕刻まで魔力の続く限り薬作りしているのを知っていたから、使用人の仕事には手を出さなくて良いといくら言っても、遠慮ばかりの少女は素直に聞きはしない。
「今朝の納品で珍しいお茶菓子が入っていましたから、クリームをたっぷり乗せて後でお持ちしますね」
「クリームたっぷり、ですか……」
普段の様子から、レイラがクリーム好きなのを把握されている。本人は何でも美味しいと言っているつもりだが、中でもクリームを乗せた物を頬張っている時だけは、明らかに反応が違うらしい。いつものしっかり者の弟子の顔が消えて、学舎を出たばかりの無邪気な少女の顔へと戻ってしまうらしい。
マーサの魅惑的な言葉に美味しい想像をしてしまい、レイラの顔が少しばかり緩んだ。
「アヴェンへの支援にも目途が付いてきたようですし、もうひと頑張りのようですわね」
「はい。傷薬は今日送られて来たのが最後のようですし、私は昼過ぎまでで終われそうです」
元々の在庫が豊富にあったことが幸いして、傷薬の納品は比較的スムーズに行えていた。アナベルの杜撰な在庫管理をキッカケに、レイラが唯一作れるようになった薬を調子に乗って作りまくっていたことが、今回は大いに助けとなっている。世の中、上手くいく時はいくものだ。
回復薬に関しては、アナベルが両手で複数の魔法を行使するという荒業を編み出したことで、調薬の速度はありえない程上がっていた。
「アナベル様の魔力の限界って、どこなんでしょう?」
「さあ……私もお嬢様が魔力疲労を起こされた話は聞いたことがありませんわね」
調薬程度では限界には達しないのかと、二人して感心とも呆れともとれる溜め息をつく。もしかすれば、寝ずの調薬を続けていたら流石に来るのかもしれないが、毎晩ティグが健気にソファーで待ち続けているおかげで、それほど遅くまで作業するということはなかった。
マーサとの他愛ない会話を切り上げて移動すると、すでに扉の前には回復薬の瓶の詰まった木箱が二箱も積み上げられている。今朝の分にしては早過ぎるので、昨晩にレイラが休んだ後に仕上げた物だろう。
部屋へと入れば、アナベルが大きな壺に薬草を詰めて蓋をしているところ。納品されたばかりの薬草はまだ入口近くに置かれたままなので、レイラはまずはそれらを棚へと収めていく。
薬草と一緒に送られて来た薬瓶の数を確かめて計算してみると、レイラの使う鍋ではあと三回作れば終わりが見えそうだ。
ふと師の方を振り向くと、アナベルは粉砕し終えた薬草を大鍋へ移し、また別の薬草を壺に放り込んでいる。また二つ同時にやるつもりらしい。見ていると両腕をコンロと作業台へ伸ばして、左右の手で粉砕と煮出しの魔法を発動させている。
「アナベル様、それは必要以上に疲れたりはしないんでしょうか?」
「あら、意外と楽しいわよ。何か一つのことばかりだと、飽きてきちゃうけれど」
話しかければ普通に返事が戻ってくる。かつて聞いたことがある「魔法は集中力」という言葉は、この館に来てから全く信用性がなくなっていた。ただ残念なことに、レイラ自身は集中しないと魔法が安定しないので、「魔法は集中力」の言葉通りだったが。
マーサが差し入れてくれたクリームたっぷりの焼き菓子で休憩を挟んでから、傷薬は予定通りに支援分を全て作り終えることが出来た。瓶詰めした物を木箱にまとめ入れて部屋の前に運び出していく。
「結局、他の魔女達への協力要請は無かったそうよ」
出来たばかりの回復薬を青い瓶へ詰めながら、アナベルは今朝の本邸からの手紙に記されていた状況をレイラに話した。大規模な事故だったとは聞いていたが、その程度の支援で済んだのかと不思議そうにする弟子に、少し悪戯っぽく笑い掛ける。
「騎士団のところに余分な薬がたくさんあったらしくて、真っ先にそれを使ったそうよ」
「余分な薬、ですか?」
怪我の多そうな騎士団のことだ、薬の在庫を抱えていてもおかしくはないが、支援に使えるほどの余剰って何だろうとレイラは眉を寄せて考えていた。
「不正流出未遂だった物とか、ちょうど期限が切れる直前だったらしいのよね」
要は保管していた押収品の使い回しだ。
今回のように領主間の特別な取り決めでもない限り、製薬された物は領の外への持ち出しは禁じられている。だが、薬草や薬魔女の多いグラン領の薬は他と比べて品質も良く価格も安い為に、領を越えて仕入れし販売しようとする者が出てくることがある。それを取り締まった際に押収した薬は廃棄せず、騎士団などが有効活用できるようにと保管されていた。
ちょうど一年ほど前にも起こった鉱山事故の時、同じように薬不足になったアヴェンへと許可なく薬を持ち出そうとした者がいた。その時に大量に回収した薬を今回は支援の一部として使ったということだった。
「つまり、不正に持ち出されそうになってた薬が、今回は正式な支援品として送られたということでしょうか?」
「そう。悪趣味な話よね。偶然に手に入れた物で、恩を売りつけるつもりなんだから」
ふふふ、とおかしそうに話しながら、アナベルは新たに壺へと薬草を詰めていく。「作った物が無駄にならなくて良かったわ」と言っているところを見ると、前回流出されかけていたのは彼女の作った薬だったのだろうか。