手際よく精製し終えた薬を青色の瓶へと移し入れている師の横で、レイラは額から浮き出る汗を袖で拭っていた。
隙間時間に片手で食べられるようにと二口程の大きさにカットされたサンドウィッチの皿が視界に入った途端、急にお腹が減り始める。それまでの集中力が一気に削がれてしまうが、キリの良いところまではと魔力を振り絞る。
「ふぅ……」
煮出しが終わった鍋を作業台に乗せ換えると、レイラの口から思わず息が漏れてしまう。休憩している内に自然に冷めてくれることを期待して、熱された鍋から手を離す。
「お茶、淹れさせていただきますね」
魔力疲労を和らげる薬草茶のブレンドを選んで、ポットに少し多めに放り込む。熱いお湯でじっくり蒸らしてから、二つのカップに注ぎ入れていく。
「ありがとう。さすがに疲れるわね」
受け取ったカップの温かさを手の平で慈しむと、アナベルは軽く息を吹きかけて冷ましてから口を付けていた。マーサが用意してくれた食事から、ピックを挿した黄色の果実を選んで頬張っている。さっぱりとした甘さが、休みなく作業していた身体を優しく癒してくれるようだった。
食事の置かれた簡易テーブルを囲むよう、レイラと向かい合って丸椅子に腰掛けていたが、アナベルの食がそれ以上進む気配はない。考え事をしながら、薬草茶をゆっくり味わうように数度に分けて口をつけている。
「アナベル様?」
「あら、何かしら?」
心配そうに師のことを見ている弟子は、相当お腹が空いていたのかサンドウィッチの皿をほとんど空にしている。根野菜を薄切り肉で巻いた総菜のピックを手に取っては淀みなく口へと運んでいく。成長期真っ只中の食欲は旺盛だ。
「ふふふ。繰り返しの作業はお腹が空くわよね。こっちも食べていいわよ。何なら、おかわりを頼む?」
「あ、いいえ、大丈夫です。アナベル様もちゃんと召し上がって下さい」
レイラの方へ寄せられてきた皿を押し返し、恥ずかしがって慌てて首を横に振る。
「そろそろ魔力も無くなってきているでしょう? 今やってるのが終わったら、先に休みなさい」
「いえ、まだ平気です。お腹いっぱいになったので、もう少しくらいは――」
言いかけるレイラの言葉を、アナベルは静かに首を振って遮る。これから何日も続くかもしれない状況で、初日から無理をしていては駄目だと諭してくる。
「起きた事故の詳しい規模は分からないし、叔父が最終的にはどのくらいの支援を考えておられるのかも分からないのよ」
思っていたよりも傷薬の在庫が残っていた為、先のブリッドの便で送った分と合わせれば、今作りかけている物で最初の支援分の傷薬は賄えるはずだ。明日以降に依頼される分はまた日を改めて作ればいいと、渋る弟子を宥める。
「回復薬はどのくらいお作りになられるんですか?」
複数の薬草をそれぞれ煮出したりろ過や精製したりを繰り返さなければならず、回復薬は作業工程がとても多い。作業の早いアナベルでさえ、ようやく一回目の調合が終わって瓶詰めできたところだ。
レイラに問われて、アナベルは顎に指を当てて首を傾げて考えている。
「そうね。材料があるだけは作らないといけなさそうね。次で瓶は無くなるだろうし、あとは粉末でかしら」
全てを使い切るつもりで、仕入れ先である道具屋へは薬草の追加発注をかけてある。おそらく今夜中には店にある全ての薬草を送ってくれることだろう。
「そんなに、ですか……」
「仕方ないわ。個人間のやり取りではないもの」
薬の支援は単にお隣さんが困っているようだから手助けしてあげる、などどいう人道的な理由では無くなっている。今後の二つの領の関係を左右する案件へと移行しているのだ。アナベルは今、森の魔女としてではなく、グラン家の一員として動いていた。
世知辛いと言ってしまえばそうなのだが、叔父がこれを機に今後の切り札を手に入れたがっているのなら、別邸に住まわせて貰っている身としては協力を惜しむつもりはない。この館だから、猫達との生活が保てているのだから。
「叔父様に恩を売りつける、絶好の機会だわ」
悪戯っぽく微笑んでいられるところを見ると、森の魔女にはまだまだ余力がありそうだ。座ったまま一度大きく伸びをすると、アナベルは作業台の傍へと戻っていく。
まだ食事途中のアナベルの皿には埃避けの布をふわりとかけ直し、レイラは自分の分の空いた皿を積み重ねて調理場へと返しに行く。
ホールを通り抜ける時に、ソファーで毛づくろいしていたティグと目が合う。いつもはアナベルと一緒に二階の主寝室で眠っている時間帯だったが、今日はアナベルが終わるまでそこで待っているつもりなのだろうか。
「夜中でも、甘い物なら召し上がっていただけるかしらね。お嬢様は忙しくなると、職が雑になられるから……」
そう言いながら、マーサは一口大にした果実の一つ一つにピックを挿し、軽く摘まめる焼き菓子に添えていた。
「明日はどうなるかは分かりませんし、私はこれをお持ちしたら先に休ませていただきますわね。レイラさんも、お嬢様が良いとおっしゃられたら、無理をせずにお休みをいただきなさいな」
「はい、そうさせていただきます」
運んで来た皿を洗っている後ろから声を掛けられ、マーサとおやすみの挨拶を交わす。綺麗になった食器を乾いた布で拭いて棚へ戻していると、ホールではナァーと会話する声が聞こえてくる。
「随分とお待たせしてしまったわね。じゃあ、お休みしましょうか」
「ナァー」
隙間時間に片手で食べられるようにと二口程の大きさにカットされたサンドウィッチの皿が視界に入った途端、急にお腹が減り始める。それまでの集中力が一気に削がれてしまうが、キリの良いところまではと魔力を振り絞る。
「ふぅ……」
煮出しが終わった鍋を作業台に乗せ換えると、レイラの口から思わず息が漏れてしまう。休憩している内に自然に冷めてくれることを期待して、熱された鍋から手を離す。
「お茶、淹れさせていただきますね」
魔力疲労を和らげる薬草茶のブレンドを選んで、ポットに少し多めに放り込む。熱いお湯でじっくり蒸らしてから、二つのカップに注ぎ入れていく。
「ありがとう。さすがに疲れるわね」
受け取ったカップの温かさを手の平で慈しむと、アナベルは軽く息を吹きかけて冷ましてから口を付けていた。マーサが用意してくれた食事から、ピックを挿した黄色の果実を選んで頬張っている。さっぱりとした甘さが、休みなく作業していた身体を優しく癒してくれるようだった。
食事の置かれた簡易テーブルを囲むよう、レイラと向かい合って丸椅子に腰掛けていたが、アナベルの食がそれ以上進む気配はない。考え事をしながら、薬草茶をゆっくり味わうように数度に分けて口をつけている。
「アナベル様?」
「あら、何かしら?」
心配そうに師のことを見ている弟子は、相当お腹が空いていたのかサンドウィッチの皿をほとんど空にしている。根野菜を薄切り肉で巻いた総菜のピックを手に取っては淀みなく口へと運んでいく。成長期真っ只中の食欲は旺盛だ。
「ふふふ。繰り返しの作業はお腹が空くわよね。こっちも食べていいわよ。何なら、おかわりを頼む?」
「あ、いいえ、大丈夫です。アナベル様もちゃんと召し上がって下さい」
レイラの方へ寄せられてきた皿を押し返し、恥ずかしがって慌てて首を横に振る。
「そろそろ魔力も無くなってきているでしょう? 今やってるのが終わったら、先に休みなさい」
「いえ、まだ平気です。お腹いっぱいになったので、もう少しくらいは――」
言いかけるレイラの言葉を、アナベルは静かに首を振って遮る。これから何日も続くかもしれない状況で、初日から無理をしていては駄目だと諭してくる。
「起きた事故の詳しい規模は分からないし、叔父が最終的にはどのくらいの支援を考えておられるのかも分からないのよ」
思っていたよりも傷薬の在庫が残っていた為、先のブリッドの便で送った分と合わせれば、今作りかけている物で最初の支援分の傷薬は賄えるはずだ。明日以降に依頼される分はまた日を改めて作ればいいと、渋る弟子を宥める。
「回復薬はどのくらいお作りになられるんですか?」
複数の薬草をそれぞれ煮出したりろ過や精製したりを繰り返さなければならず、回復薬は作業工程がとても多い。作業の早いアナベルでさえ、ようやく一回目の調合が終わって瓶詰めできたところだ。
レイラに問われて、アナベルは顎に指を当てて首を傾げて考えている。
「そうね。材料があるだけは作らないといけなさそうね。次で瓶は無くなるだろうし、あとは粉末でかしら」
全てを使い切るつもりで、仕入れ先である道具屋へは薬草の追加発注をかけてある。おそらく今夜中には店にある全ての薬草を送ってくれることだろう。
「そんなに、ですか……」
「仕方ないわ。個人間のやり取りではないもの」
薬の支援は単にお隣さんが困っているようだから手助けしてあげる、などどいう人道的な理由では無くなっている。今後の二つの領の関係を左右する案件へと移行しているのだ。アナベルは今、森の魔女としてではなく、グラン家の一員として動いていた。
世知辛いと言ってしまえばそうなのだが、叔父がこれを機に今後の切り札を手に入れたがっているのなら、別邸に住まわせて貰っている身としては協力を惜しむつもりはない。この館だから、猫達との生活が保てているのだから。
「叔父様に恩を売りつける、絶好の機会だわ」
悪戯っぽく微笑んでいられるところを見ると、森の魔女にはまだまだ余力がありそうだ。座ったまま一度大きく伸びをすると、アナベルは作業台の傍へと戻っていく。
まだ食事途中のアナベルの皿には埃避けの布をふわりとかけ直し、レイラは自分の分の空いた皿を積み重ねて調理場へと返しに行く。
ホールを通り抜ける時に、ソファーで毛づくろいしていたティグと目が合う。いつもはアナベルと一緒に二階の主寝室で眠っている時間帯だったが、今日はアナベルが終わるまでそこで待っているつもりなのだろうか。
「夜中でも、甘い物なら召し上がっていただけるかしらね。お嬢様は忙しくなると、職が雑になられるから……」
そう言いながら、マーサは一口大にした果実の一つ一つにピックを挿し、軽く摘まめる焼き菓子に添えていた。
「明日はどうなるかは分かりませんし、私はこれをお持ちしたら先に休ませていただきますわね。レイラさんも、お嬢様が良いとおっしゃられたら、無理をせずにお休みをいただきなさいな」
「はい、そうさせていただきます」
運んで来た皿を洗っている後ろから声を掛けられ、マーサとおやすみの挨拶を交わす。綺麗になった食器を乾いた布で拭いて棚へ戻していると、ホールではナァーと会話する声が聞こえてくる。
「随分とお待たせしてしまったわね。じゃあ、お休みしましょうか」
「ナァー」