その日に納品されたばかりの材料や瓶類を作業部屋の棚へと仕分けして片付けているレイラの後ろでは、アナベルが作業台の前に丸椅子を置いて腰掛け、顔をしかめている。
 先日のネーブル商会との接見で、出来るだけ多くの薬草茶をまとめて納品していただきたいと願われたから、初回分として用意できそうな個数を試算していた。

「ちゃんと売れるのかしら……?」
「んもうっ、大丈夫ですってば!」

 これまで何度も繰り返したやり取りだったが、いまだにアナベルはただの乾燥薬草を混ぜただけの物が商品として原価以上の価格で販売されることに半信半疑だった。使う薬草はそれなりに考えているが、自分が飲み易いかなと思う配合にしているだけで、特にその比率には根拠はない。

「きっと、そういうものなんですよ。アナベル様の配合された物は飲み易くて、ちゃんと効果があるから喜ばれてるんだと思います」

 実際、効果があれば苦い薬でも買い求める人はいる。おそらく味よりも効果を期待する人はすでに症状が悪化し、医者にかかるかその手前まで来ている人だ。
 けれど、まだ医者に診てもらう程でも薬を飲むほどでもない時に、気軽に飲めるお茶で楽になるのなら、誰もがそちらを求める。そして、それがお手軽で美味しいのだから、売れない訳はない。

 弟子から掛けられた言葉にも、まだ少し納得いかないとでも言いたげにアナベルは首を捻っている。けれど、何とか初回の納品数を決めると、それに合わせて必要な薬草を順に書き出していく。薬草の種類と必要量の一覧が出来上がれば、それはそっとレイラへと手渡してくる。以前までは道具屋への注文書はアナベルが全て作っていたが、今ある在庫を無視して勘で適当に発注していたことが発覚してから、レイラに任されることになった。

 まあ、その大量のダブり在庫のおかげでレイラは傷薬の調薬作業を飽きるまで試させて貰うことができたので、過剰在庫も決して悪いことばかりではなかったが。

「あと、ソルピット茸も多めに頼んでおいてもらえるかしら? 今度、ルーシーが調薬の指導に来てくれることになったから」
「え、私があちらへ伺うとかではなく、ルーシー様が来てくださるんですか?」

 キノコの解熱剤の作り方を教えて貰えるようにアナベルが頼んでくれたことは聞いていたが、こちらから教えを乞いに伺うつもりでいた。驚いて手に持っていたペンを落としそうになり、レイラは慌てて握り直す。

「そうなのよね。猫達のことを考えると、来て貰わない方がいいのかもしれないんだけど――」

 来客の度にどこかへ隠れてしまう猫達のことを思えば、こちらから誰かを呼び付けるのは極力減らしたいのが本音。けれど、あまり館を出ることがないアナベルと会うにはここへ来るしかない。森の魔女に会いたい一心でルーシーが提案したのだということは容易く想像できる。

「折角だから、キノコと薬草を合わせた解熱剤の試作も見て貰おうかと思ってるの」

 窓際の棚に並べられた試作品の入った瓶へと視線を送る。以前に作った物を中心街の診療所と薬店で治験をお願いしたところ、効果と飲み易さとで二種類まで候補が絞られて回答が返って来た。だが、そのどちらを新薬とするかを決め切れずにいる。なのでキノコの薬を扱い慣れているソルピットの魔女の意見を聞いてみたいところ。

「何なら、ルーシーに作って貰ってもいいかなと思ってるのよね」
「アナベル様の薬としてではなく、ですか?」
「ええ。ソルピット茸を使うなら、ソルピットの魔女の方が説得力があるし、解熱剤も複数あった方が症状に合わせて選べるでしょう?」

 森の魔女の新薬として売り出した方が人気が出るのは間違いないだろうが、原材料の入手のし易さからもルーシーが扱う方が良いとアナベルは考えているみたいだ。

 まさか新薬の権利を譲渡されるなんて予想だにせず、黒髪の人見知り魔女が荷馬車に山盛りのキノコを積んで森の館を訪れて来たのは、その翌朝のこと。
 ホールでの雑談もそこそこに、三人は揃って作業場へと向かう。ルーシーの馬車から降ろされたキノコ入りの麻袋が手伝いを買って出た庭師によって運び込まれると、作業台の上はそれでいっぱいになってしまった。

「かなり量を使うものなんでしょうか?」

 一度に使う量が多ければ、レイラの魔力では足りないかもと心配するが、黒髪の魔女は少し呆れた顔で首を横に振る。

「森の魔女様のところへ持って行くからって言ったら、キノコ農家さんがちょっと張り切っちゃったのよね」

 薬にはそこまで使わないわ、とルーシーの言葉に、レイラは安心して胸を撫で下ろす。森の魔女との取引を期待して、キノコ農家がかなり多めに用意してくれただけだった。

 作業部屋にある道具を使いながら、まずはルーシーが普段作っている解熱剤の製薬方法を説明してくれる。アナベルの調薬とそれほど違わなかったが、原料のキノコから成分を抜き出す煮出しの作業が少しばかり時間がかかる。また、アナベルはいつも煮出し終えたら魔法で鍋ごと冷却してしまうが、キノコの場合は温度が下がる過程も大事らしく、こちらは自然に冷めてくれるのを待たなくてはいけない。

 鍋が冷えるのを待つ時間、レイラが淹れた薬草茶を味わいながら、アナベルは薬草とキノコを合わせた解熱剤をルーシーに見せていた。

「実際に使ってもらって、この二種類が残ったらしいのよ」

 薬店と診療所から送られて来た報告書と照らし合わせつつ、黒髪の魔女は真剣な表情で匂いを嗅いだり、味見している。

「そうですね、解熱剤も熱の種類によっては効くものが変わってきますし、どちらもありかも」
「両方を?」
「ええ。こちらは子供の方が反応が良かったみたいですし、大人よりも子供向けなのかも? こちらは頭痛を伴う熱症状の方によく効いたみたいですし。症状ごとに飲み分けて貰うのが良さそうですよね」

 種類を増やせば面倒だと、無理矢理に一種類に絞ろうと思っていたアナベルだったが、ルーシーに言われて「それもそうね」とあっさりと納得している。

「この薬、ルーシーが作る気はない?」
「え、ええっ?!」

 二本の薬瓶を見比べていたソルピットの魔女の声は、驚きのあまり完全に裏返っている。