以前の薬店では壁面の棚にはずらりと薬瓶が並び、棚に並び切れなかった在庫が床の木箱に入ったまま積み上げられているのが普通だった。けれど、ここ最近では飲み薬のほとんどが粉末化され、一包ごとに薬紙に分けられて販売されるようになったので、瓶入りよりも陳列に場所を割くことが無くなっている。

 そして今、新しく開店したばかりの薬店の棚半分を占めていたのは、森の魔女が配合した薬草茶の瓶だ。魔法使いに人気の魔力疲労に良いお茶を筆頭に、安眠効果のある物や、精神疲労を和らげる物など、その効果は様々。
 これまでは中心街にある道具屋で時々入荷している程度だったが、今回はハイージュの薬店の開店記念として大量に取り扱われることとなった。

「すごいわ、こんなに種類があるのね!」
「中心街の方にはまだ卸していないものも結構あるんですよ」
「とっても迷うわ……荷台にどれくら積んで帰れるかしら?」
「こちらは血流を促す効果があるので、身体が凝ってる時に飲まれると楽になります」

 興奮が隠しきれない様子で薬草茶のラベルを次々に見比べて回るルーシーの隣で、レイラは誇らしげに効能を説明していた。自分が瓶詰めした薬草茶がほとんどだから、黒髪の魔女の反応が嬉しくない訳がない。

 ルーシーの傍に付いて回りながらも、円柱型の瓶を手に取って効能や淹れ方を聞いてくる人が他にもいれば、笑顔でそちらにも説明していく。初めての取り扱いということで、客だけでなく店側からの質問も少なくない。

「あれ? レイラ?」

 万年寝不足気味だという老婆へ薬草茶の淹れ方を説明していると、不意に背後から名前を呼ばれた。聞き覚えのある声に振り返れば、学舎からの友人の懐かしい顔があった。

「え、アイリーン?」
「久しぶり。卒業式以来ね」

 レイラと同じく、学舎にいた頃から薬魔女になりたがっていたアイリーンは、卒業と同時に遠縁だという魔女の元へ弟子入りしたと聞いている。久しぶりに会った旧友は、少女が両手で抱えている薬草茶の瓶にちらりと見る。

「森の魔女様のお茶ね。うちのカミラ様もよく飲んでおられるわ」

 言いながら、レイラ達の後ろの棚を難しい顔で眺めている年配の女性へ視線を送る。魔女らしい黒のシンプルなドレスに、黒のローブを羽織り、短く切り揃えた白髪に濃いめの化粧。体格の良さもあってなかなか迫力のある魔女だ。

 アイリーンの師である魔女カミラのことは、レイラも名前は聞いたことがある。アナベルやルーシーのように薬のレシピを公開している若い魔女に対して批判的な、古参魔女の代表格だ。

「レイラ、ちょっといい?」

 薬草茶のラベルを真剣な表情で見比べていたルーシーから呼ばれ、アイリーンには「またね」と告げてから黒髪の魔女の元へと駆け寄っていく。ラベルに記載された使用薬草について尋ねられ、それには分かる範囲で答えていると、カミラたちがこちらを見ながらヒソヒソと話しているのが耳に入ってくる。

「あの子が、リューシュカのところに行ったっていう友達? ロクに薬を作らない魔女の次は、経験の浅い代替わりしたばかりのキノコ魔女だなんて、運の無い子ねぇ」
「そうですね。でも、魔力の少ないレイラには丁度いいのかも」

 クスクスという笑い声と共に聞こえてきた会話から、どうやらカミラ達はレイラがソルピットの魔女の弟子になったと勘違いしているようだった。

 学舎に通っている頃から、アイリーンはレイラのことをどちらかと言うと見下した感じではいたが、カミラの元でさらに嫌味に磨きがかかっている。ルーシーまで巻き込んでしまったことが申し訳なくて、レイラはその場で俯いてしまう。

 と、ぐいっとルーシーに腕を引っ張られ、レイラは驚いて顔を上げる。そのまま勢いよく引っ張って連れて行かれたのは、クスクスと笑い続けている魔女カミラの目の前。

「ご無沙汰しております、カミラ様。今日はカミラ様が直々に納品へ? 珍しいこともあるんですね」

 人見知りでいつもならボソボソと小声で話す魔女ルーシーが、まるで他の客にも聞かせるよう、ハキハキとした口調で先輩魔女に声を掛ける。

「あ、いえ。新しい薬店が出来たって聞いたから、ついでにちょっとね……」
「あら、カミラ様はこちらとはお取引されておられないんですね」
「ええ、まぁ、こちらとはそうね……」
「あ、そうそう、折角なのでご紹介させていただきます。この子は森の魔女アナベル様のところのレイラです」

 流れるように紹介されて、レイラは慌てて年配の魔女に対して頭を下げる。

「え、森の魔女様の新しい弟子って、レイラだったの?!」

 条件が厳しくて誰も弟子入りさせて貰えないと言われていた森の魔女。その元に、レイラがいると知り、アイリーンの顔から表情が消えていく。
 カミラの方はと言えば、取引の無い店に視察に来たことがバレて、とても居心地が悪そうだ。

「レイラはとても優秀みたいですよ。薬草茶の配合はほとんど任されているみたいですし」

 先ほどアイリーンが、アナベルの薬草茶をカミラも愛飲していると話したのが聞こえていたのか、ルーシーはさらに追い討ちをかけていく。

 そそくさと気マズそうに薬店から出て行く二人を見送ると、黒髪の魔女はふうっと大きく息を吐いていた。そして、いつも通りの小声で呟く。

「慣れないことはするものじゃないわね……ドッと疲れちゃったわ。アナベル様のお茶、今すぐにでも飲みたい気分」
「あ、それならコレがお勧めです。精神疲労に良いお茶なんですよ」

 レイラは棚から一瓶を手に取って、ルーシーの前に差し出した。