中心街の薬店が隣街に新しく出す支店の開店の日が近付いていた。レイラは注文リストを片手に瓶の在庫を確かめていく。木箱に入った太い円柱形の透明瓶は、薬草茶のブレンド用だ。コルクで栓をして、お茶の簡単な説明書き入りラベルを貼って販売する予定。

「少し瓶が足りないかもしれません」
「なら、工房に発注する数が分かったら、教えてくれるかしら?」

 支店へ納品する分の薬を作りながら、アナベルがふぅっと溜め息を吐いている。何度経験しても、納品に追われる状況は面倒でしかないわと愚痴る。自分のペースを貫き通したい彼女には、期日に追われながらの作業は苦痛極まりない。

 薬に関しては今の店の在庫も、他の魔女の薬もあるのでそこまで慌てなくて平気そうなのだが、薬草茶を薬店へ卸すのは今回が初めてになる。これまでは中心街での薬草茶の取引は道具屋に限定していて、どんなに薬店の店主から熱心に頼まれてもずっと断り続けていた。
 それが別の街にある支店なら卸しても良いという許可を出したところ、薬店の若い店主は商魂逞しく大量の注文書を送りつけて来た。

 無理な納品は断ればいいわと思っていたアナベルだったが、弟子が張り切っているのでしばらくは様子見することにした。薬草を配合して瓶詰めしていくだけなので魔力は関係ない作業だし、魔力疲労の心配も無い。何よりも、活き活きと作業している弟子の姿が微笑ましくて仕方がない。

 初めはアナベルもレイラと一緒に薬草の配合をしていたが、ただ瓶詰めしていくだけの単調過ぎる作業にうんざりしてしまい、適当な理由を付けて一人で調薬作業へと切り替えてしまった。

「どうして、今までは薬店さんに卸されていなかったんでしょうか?」

 足りない瓶の数を紙にメモを取りながら、レイラはふと疑問に思う。薬ではないから薬店での取り扱いが出来ないのかと勝手に思い込んでいたが、今回の納品でどうやらそれは違うと気付いたのだ。今ある店ではダメなのに、新店なら卸すという限定的な取引条件には何か理由があるのだろうか、と。

「中心街の道具屋にはブリッドの仲介をしてもらってるのよ。贔屓したくなるのは当然じゃない?」

 森の魔女が契約獣のオオワシを呼び寄せた後、彼が飛んで向かう先は本邸ではなく、中心街の外れにある道具屋だった。一人で店を切り盛りしている女主人が、アナベルからの連絡を各所へと伝達する役を担ってくれている。

 しかし、アナベルと道具屋との間には特に雇用の関係は無い。過去にちょっとした縁があり、森の魔女に対して何かしたいと願った女主人が、森と街との仲介を自ら引き受けてくれたのだ。代わりにアナベルは調薬で必要となる薬草のほとんどをこの道具屋で仕入れるようにしていたし、薬草茶の販売も薬店ではなく道具屋に限っている。仲介料以上の利益は十分に返せているはずだ。

 今回新たに販売の許可を出すことにしたのは別の街だから。離れていて競合しないのが分かっているから卸すことにした。勿論、万が一にも薬店が支店用の商品を中心街の店で売るようなことがあれば、主力商品である薬の取引停止も辞さないつもりだ。

「領外での販売はしばらく後になりそうね」

 先日、従兄弟のジョセフから薬草茶を取り扱える商会の話を聞いたのだが、実際に他領へ向けて動けるようになるのは薬店への納品を全て終えてからだろうか。アナベル自身はもっとのんびりしたいところなのだが、ガラス工房へ瓶の注文を回す為にもそうは言ってられない。
 何より、薬草茶のブレンドを担当する弟子がとても張り切っていて、水を挿すようなことは言いにくい。

「ちゃんと売れるのかしら……」

 積み上げられていく瓶に視線を送り、アナベルがポツリと呟く。乾燥した薬草を好き勝手に詰めただけの物にお金を払おうとする人がそんなにいるんだろうか。
 そもそも、薬草茶の配合なんて薬草の知識さえあれば誰だって出来るんじゃないかしら、と。

「んもうっ、私がリューシュカ様から何度、アナベル様のお茶を買いに走らされたとお思いですか?! 見つけたら、棚の物を全部買い占めですよ!」

 師の弱音に、レイラは呆れたように溜め息をついた。道具屋には善意で置いて貰っているとアナベルは本気で考えているようだ。しかも、売上に関することは全て本邸に任せているとも言っていた。

「……アナベル様、一度くらい販売状況を確認されてもいいんじゃないでしょうか?」

 商売上手な薬屋が新店の目玉にしようと企んでいるくらいなのに、当の生産者に売れる自信がないのは問題だ。やっぱり販売するのを止めると、いつ言い出してもおかしくないくらいの過小評価。
 ちゃんと喜んでくれる人がいるのは確かだし、レイラはそのお手伝いをさせて貰っていることをとても誇りに思っている。

 どのお茶が売れ筋かを知ることも大切だと、レイラに後押しされて、アナベルはオオワシを飛ばして道具屋宛てに在庫の確認を行ってみる。レイラが手伝うようになってから、随分な数を納品していたはずだったが、どのお茶も常に品薄状態だという返答がすぐ戻って来て、アナベルは目を丸くする。てっきり、過剰在庫だから納品を控えて欲しいと言われるかと思っていたのだ。

 「ですよね」と誇らしげに頷く弟子は心底嬉しそうだった。アナベルの考えた配合だったが、実際に瓶詰めしているのはレイラなのだから当然かもしれない。

「レイラが考えてくれたラベルが良かったのよ、きっと」

 館の庭に咲く花の絵をあしらったラベルはレイラの原案だ。褒められて照れたように笑っている少女の表情は、初めて館を訪れて来た時よりも随分と柔らかくなったように思えた。