ベテラン世話係が途中まで準備していた昼食を、慣れた手付きで仕上げていくと、レイラは出来上がった順にワゴンへと料理を乗せていく。この館へ来てからそれほど経ってはいないが、教え方かお手本となる者が良いのか、少女の家事スキルは驚くほど上がっている。
盛り付けや味付けはまだまだマーサの足下には及ばないが、それなりのものは作れるようになった。元々から食べる物にあまりこだわり無いアナベルには、今でも既に十分と言っていい。
ホールへ昼食を運んで行くと、ソファーでは書類へと目を通していた森の魔女が両腕を前に伸ばしている。考えてみると、アナベルも昨夜からずっと起きているままだ。レイラ達よりも先に侵入者に気付いて行動していたのだから、誰よりも寝不足ななず。
「アナベル様も、お休みなられた方がよろしいのでは?」
「そうね。さすがに疲れちゃったわね」
膝の上で丸くなっているティグの背に、伸ばしていた手を乗せて、その柔らかい毛の中に埋める。ふいに加わった重みに、不思議そうに頭を上げたトラ猫へ小さく微笑んで返す。
「ティグ達も頑張ってくれたものね」
「急にティグちゃんが部屋へ来たから、子猫達も驚いてましたよ」
普段は主寝室で眠る父猫が、昨晩はアナベルに頼まれてレイラと子猫達のいる部屋へと護衛に向かった。部屋に入るとすぐ、ベッドの上で眠っている我が子の上に遠慮なく寝転がってきた為、大きな身体の下敷きになった子供達がビックリして飛び起きてしまった。
子猫を宥めるつもりか、前足で押さえつけながら力強く舐めて毛づくろいしたりと、普段はあまり相手をしてくれない父猫に急に構われて、夜中にも関わらず子供達が騒ぎ始めた。
レイラがどうしようかとオロオロしているところに、あの大きな物音がしたのだ。――強盗達が階段の上から突き落とされる、ドスンという鈍い音だ。
テーブルに昼食を並べ終えた後、食後のお茶の準備をしながらレイラは二階へと続く階段をちらりと見る。あの上から男二人を突き落とすことができる程の風とは、一体どのくらいの強さだったんだろうか。
レイラの魔力では直接手を触れた物くらいしか作用させられない。お湯を沸かそうとポットに添えた手を見つめて、ぽつりと呟く。
「魔力って、これ以上増えないのかなぁ……」
攻撃魔法が使えるほどじゃなくてもいい。あと少し多ければ出来ることは増えるのにと、己の魔力量の少なさを悔しがった。せっかく森の魔女に弟子入りさせて貰えたのに、レイラでは受け継ぐことが出来ない薬は結構ある。複数の薬草を使った薬は精製してから馴染ませるのにそれなりの魔力量が必要となるからだ。
弟子の切ない呟きを、アナベルは手にしたパンを一口大にちぎりながら聞いていた。それを口へ含んでから少し考えるように首を傾げて、ポットに集中している弟子の様子を伺う。
「レイラ、肩凝りは酷くないかしら?」
急に言われて、レイラはポットから手を離して目を丸くしながら師の方へ顔を向ける。生まれてから今まで、肩が凝るという感覚は経験したことはない。
「肩凝り、ですか……特に気にしたことはないです」
「そう? まだ若いからかしらね」
顎に指を当てて首を傾げながら、アナベルはまるで鑑定するかのようにレイラのことを見ている。弟子から感じる魔力の流れを、確認するかのようにじっと。
「魔力の量は増やすことは出来ないけれど、今より流れを良くすることは出来るかもしれないわ。レイラは肩のところに滞りがあるみたいだから」
全体量の増加は無理だけれど、一度に発する勢いは増やせるかもと、アナベルは少し考えているようだった。根本的な悩みの解決にはならないが、弟子の自尊心を少しでも救うことが出来る方法があればと。
レイラが後片付けをしている間に、側面の棚から魔法に関する研究書を手に取ると、アナベルはソファーで目当ての項目を探し始める。魔力詰まりの治療方法が説明されたページを読み返してから、目を閉じて心を落ち着ける。
調理場での作業音が消えた後、レイラが休憩室に入って昼食を取っている間、アナベルは数冊の書籍を順に目を通していた。どの書籍も幼少期の魔力が芽生えたばかりの子供が陥りやすい魔力詰まりの症例は取り上げていたが、レイラの歳での治療についてはほとんど触れられていない。
しかし、唯一それについて記載されていた一冊の研究書に辿り着き、それを頼りに弟子の魔力流れの改善を試みることを決める。
休憩を早めに切り上げて、少し緊張気味で戻ってきたレイラは、ソファーへ深く座るよう指示される。アナベルはその背凭れの後ろに立って少女の肩へと両手を添えて言う。
「魔力を流して肩の魔力腺を広げていくから、動かないでね」
全身に魔力を循環させている魔力の腺――魔力腺が、レイラの場合は肩の一部で細くなっているところがあるのだという。それをアナベルは自分の魔力を注入して、内側から腺を押し広げ、魔力の流れを改善させようとしている。
アナベルは簡単な説明で済ませていたが、注ぎ入れる魔力の量を間違えれば、レイラの身体を傷付けてしまう可能性もある。テーブルの上にさりげなく置かれた回復薬の瓶に、レイラはごくりと唾を飲み込んだ。今よりも僅かでもマシになるならばと覚悟を決める。
盛り付けや味付けはまだまだマーサの足下には及ばないが、それなりのものは作れるようになった。元々から食べる物にあまりこだわり無いアナベルには、今でも既に十分と言っていい。
ホールへ昼食を運んで行くと、ソファーでは書類へと目を通していた森の魔女が両腕を前に伸ばしている。考えてみると、アナベルも昨夜からずっと起きているままだ。レイラ達よりも先に侵入者に気付いて行動していたのだから、誰よりも寝不足ななず。
「アナベル様も、お休みなられた方がよろしいのでは?」
「そうね。さすがに疲れちゃったわね」
膝の上で丸くなっているティグの背に、伸ばしていた手を乗せて、その柔らかい毛の中に埋める。ふいに加わった重みに、不思議そうに頭を上げたトラ猫へ小さく微笑んで返す。
「ティグ達も頑張ってくれたものね」
「急にティグちゃんが部屋へ来たから、子猫達も驚いてましたよ」
普段は主寝室で眠る父猫が、昨晩はアナベルに頼まれてレイラと子猫達のいる部屋へと護衛に向かった。部屋に入るとすぐ、ベッドの上で眠っている我が子の上に遠慮なく寝転がってきた為、大きな身体の下敷きになった子供達がビックリして飛び起きてしまった。
子猫を宥めるつもりか、前足で押さえつけながら力強く舐めて毛づくろいしたりと、普段はあまり相手をしてくれない父猫に急に構われて、夜中にも関わらず子供達が騒ぎ始めた。
レイラがどうしようかとオロオロしているところに、あの大きな物音がしたのだ。――強盗達が階段の上から突き落とされる、ドスンという鈍い音だ。
テーブルに昼食を並べ終えた後、食後のお茶の準備をしながらレイラは二階へと続く階段をちらりと見る。あの上から男二人を突き落とすことができる程の風とは、一体どのくらいの強さだったんだろうか。
レイラの魔力では直接手を触れた物くらいしか作用させられない。お湯を沸かそうとポットに添えた手を見つめて、ぽつりと呟く。
「魔力って、これ以上増えないのかなぁ……」
攻撃魔法が使えるほどじゃなくてもいい。あと少し多ければ出来ることは増えるのにと、己の魔力量の少なさを悔しがった。せっかく森の魔女に弟子入りさせて貰えたのに、レイラでは受け継ぐことが出来ない薬は結構ある。複数の薬草を使った薬は精製してから馴染ませるのにそれなりの魔力量が必要となるからだ。
弟子の切ない呟きを、アナベルは手にしたパンを一口大にちぎりながら聞いていた。それを口へ含んでから少し考えるように首を傾げて、ポットに集中している弟子の様子を伺う。
「レイラ、肩凝りは酷くないかしら?」
急に言われて、レイラはポットから手を離して目を丸くしながら師の方へ顔を向ける。生まれてから今まで、肩が凝るという感覚は経験したことはない。
「肩凝り、ですか……特に気にしたことはないです」
「そう? まだ若いからかしらね」
顎に指を当てて首を傾げながら、アナベルはまるで鑑定するかのようにレイラのことを見ている。弟子から感じる魔力の流れを、確認するかのようにじっと。
「魔力の量は増やすことは出来ないけれど、今より流れを良くすることは出来るかもしれないわ。レイラは肩のところに滞りがあるみたいだから」
全体量の増加は無理だけれど、一度に発する勢いは増やせるかもと、アナベルは少し考えているようだった。根本的な悩みの解決にはならないが、弟子の自尊心を少しでも救うことが出来る方法があればと。
レイラが後片付けをしている間に、側面の棚から魔法に関する研究書を手に取ると、アナベルはソファーで目当ての項目を探し始める。魔力詰まりの治療方法が説明されたページを読み返してから、目を閉じて心を落ち着ける。
調理場での作業音が消えた後、レイラが休憩室に入って昼食を取っている間、アナベルは数冊の書籍を順に目を通していた。どの書籍も幼少期の魔力が芽生えたばかりの子供が陥りやすい魔力詰まりの症例は取り上げていたが、レイラの歳での治療についてはほとんど触れられていない。
しかし、唯一それについて記載されていた一冊の研究書に辿り着き、それを頼りに弟子の魔力流れの改善を試みることを決める。
休憩を早めに切り上げて、少し緊張気味で戻ってきたレイラは、ソファーへ深く座るよう指示される。アナベルはその背凭れの後ろに立って少女の肩へと両手を添えて言う。
「魔力を流して肩の魔力腺を広げていくから、動かないでね」
全身に魔力を循環させている魔力の腺――魔力腺が、レイラの場合は肩の一部で細くなっているところがあるのだという。それをアナベルは自分の魔力を注入して、内側から腺を押し広げ、魔力の流れを改善させようとしている。
アナベルは簡単な説明で済ませていたが、注ぎ入れる魔力の量を間違えれば、レイラの身体を傷付けてしまう可能性もある。テーブルの上にさりげなく置かれた回復薬の瓶に、レイラはごくりと唾を飲み込んだ。今よりも僅かでもマシになるならばと覚悟を決める。