日が昇り、森の中が薄っすらと明るさを帯び始めた時刻。グランの中心街から警備兵達を乗せた馬が森の別邸に到着する。兵団が操る八頭の馬の後ろには二台の馬車も並走していたが、その内の一台は捕らえられた強盗を連行する為の護送用だ。格子が張られた窓が仰々しい。
そして、もう一台の馬車はグラン家の家紋が入った領主家専用の物。そちらは関係者が連絡を受けて駆け付けて来たのだと推測される。
館の敷地に入った警備兵達の目に飛び込んできたのは、入口扉前でロープにぐるぐる巻き状態で放置されている男三人の哀れな姿。その衣服は切り裂かれ、無数の傷跡から滲み出たらしく赤黒い血に染まっている。
真っ先に走り寄った者が彼らの生死を確認したのは当然だ。マーサの念入りな校則によって身動きが取れなくされている状態の上に、まだ肌寒さの残る夜明け前から外へ抛り出されていた身体は完全に冷え切っていたのだから。
すでに傷の手当は済んでいるし、傷自体も皮一枚という浅いものしかない。見た目ほどのダメージは無さそうなのに、よっぽど怖い思いをしたのだろう、男達の顔に生気は無かった。
――身の程知らずだな、こいつら……。
その場にいた誰もがそう思ったに違いない。宮廷魔導師の血を引く森の魔女の館に忍び込もうとするなんて、無謀でしかない。ちゃんと罪を償った後には、生きて帰して貰えたことを感謝するんだなと、嘲笑さえ浮かんでくる。
傍にはロープで括ってまとめられた剣が転がっている。それらも忘れずに回収し、三人を手早く護送車へと乗せると、警備兵達はそれぞれの馬へ跨り、言葉少なに来た道を戻って行く。
本来なら、館の住人達から話を聞き取りするべきなのだろうが、今回に限ってはそれは特別に省かれた。後ろから付いてきた家紋付き馬車の者が担うという話だったので、彼らの役目は盗賊の連行のみ。
馬の駆ける音が聞こえなくなると、残された馬車の扉がようやく開く。護衛騎士の後に続いて姿を見せたのは、領主の子息であるジョセフ。館に到着してすぐに下馬しようとしたところを護衛に引き止められた為、不満を顔いっぱいに表していた。
彼の立場上、罪人である強盗達の前に顔を晒すのは控えるべきだという部下の判断は間違いではないが、従姉妹の身を案じて朝一で駆け付けたジョセフからすれば、苛立ちでしかない。馬車の窓から視線で射殺そうとでもするかのように、三人の強盗をただひたすら睨みつけていた。
館の扉を叩くと、すぐに世話係が顔を出す。明朝にも関わらず、いつも通りに整えられた身なりなのは、騒ぎがあってからずっと起きていたのだろう。
「皆に、怪我や被害は?」
「お気遣いをありがとうございます。特に何ともございませんわ」
元々から睡眠時間の短いマーサはいかにも平常運転といった風に、にこりと微笑んでジョセフ達を館内へと迎え入れてくる。ただ、従姉妹と新しく入ったばかりの弟子の姿はホール内では見当たらない。
「アナベルはどうしてる?」
「お嬢様はお部屋でお休みになられております。まだ早いですし、夜中に大暴れされておられましたから、お疲れなんでしょう」
それはそうだね、とすんなり諦めてはいたが、見るからに残念そうにジョセフは肩を落としている。無事は姿をすぐにでも確認したかったが、自室で休んでいるのなら邪魔する訳にはいかない。
「よろしければ、ジョセフ様もお部屋をご用意いたしましょうか?」
「いや、構わないよ。ソファーで十分だ」
「でしたら、熱いお茶でもお出しさせていただきますわ。――騎士様もお掛けになって下さいませ」
ジョセフをソファーへと促し、彼と共に入って来た騎士には窓際のティーテーブルを案内する。常に二人の護衛を引き連れているはずだから、もう一人は馬に付いて外にいるのだろう。マーサはそれぞれに熱く少し濃いめのお茶を用意して振舞っていく。
警備兵やジョセフ達の出入りをアナベルが気付いていない訳はない。けれど顔を見せに降りて来ないのは、ただ単に面倒なだけ。それは分かってはいたし、いつもなら小言を言いながら叩き起こしに向かうところだが、マーサは今日だけは見逃すことにした。
男達が階段から落とされた音で目を覚ましたマーサは、慌ててベッド脇のチェストから護身用の出刃包丁を持ち出して部屋を出た。彼女が見た時にはすでに強盗達はホールの床に膝を付き、血まみれになりながらアナベルへと許しを乞うていた。
夜中に一人で戦っていたアナベルの姿を思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。本来は護られるべき立場の主が、使用人と弟子と猫達の為に動いていたのだ。いくらアナベルの魔力が強くとも、複数の強盗と対峙するのが怖くない訳がない。
――若干はやり過ぎとも思いましたけれど、そこは今回は目を瞑ることにしましょう。あのお嬢様が、面倒とは言わずに頑張って下さったんですから。
ならば、主が起きてくる気になるまで、客人をもてなして時間を稼ぐくらいはさせていただこうと、マーサはジョセフ達に振舞う軽食の準備をしに調理場へと向かった。
そして、もう一台の馬車はグラン家の家紋が入った領主家専用の物。そちらは関係者が連絡を受けて駆け付けて来たのだと推測される。
館の敷地に入った警備兵達の目に飛び込んできたのは、入口扉前でロープにぐるぐる巻き状態で放置されている男三人の哀れな姿。その衣服は切り裂かれ、無数の傷跡から滲み出たらしく赤黒い血に染まっている。
真っ先に走り寄った者が彼らの生死を確認したのは当然だ。マーサの念入りな校則によって身動きが取れなくされている状態の上に、まだ肌寒さの残る夜明け前から外へ抛り出されていた身体は完全に冷え切っていたのだから。
すでに傷の手当は済んでいるし、傷自体も皮一枚という浅いものしかない。見た目ほどのダメージは無さそうなのに、よっぽど怖い思いをしたのだろう、男達の顔に生気は無かった。
――身の程知らずだな、こいつら……。
その場にいた誰もがそう思ったに違いない。宮廷魔導師の血を引く森の魔女の館に忍び込もうとするなんて、無謀でしかない。ちゃんと罪を償った後には、生きて帰して貰えたことを感謝するんだなと、嘲笑さえ浮かんでくる。
傍にはロープで括ってまとめられた剣が転がっている。それらも忘れずに回収し、三人を手早く護送車へと乗せると、警備兵達はそれぞれの馬へ跨り、言葉少なに来た道を戻って行く。
本来なら、館の住人達から話を聞き取りするべきなのだろうが、今回に限ってはそれは特別に省かれた。後ろから付いてきた家紋付き馬車の者が担うという話だったので、彼らの役目は盗賊の連行のみ。
馬の駆ける音が聞こえなくなると、残された馬車の扉がようやく開く。護衛騎士の後に続いて姿を見せたのは、領主の子息であるジョセフ。館に到着してすぐに下馬しようとしたところを護衛に引き止められた為、不満を顔いっぱいに表していた。
彼の立場上、罪人である強盗達の前に顔を晒すのは控えるべきだという部下の判断は間違いではないが、従姉妹の身を案じて朝一で駆け付けたジョセフからすれば、苛立ちでしかない。馬車の窓から視線で射殺そうとでもするかのように、三人の強盗をただひたすら睨みつけていた。
館の扉を叩くと、すぐに世話係が顔を出す。明朝にも関わらず、いつも通りに整えられた身なりなのは、騒ぎがあってからずっと起きていたのだろう。
「皆に、怪我や被害は?」
「お気遣いをありがとうございます。特に何ともございませんわ」
元々から睡眠時間の短いマーサはいかにも平常運転といった風に、にこりと微笑んでジョセフ達を館内へと迎え入れてくる。ただ、従姉妹と新しく入ったばかりの弟子の姿はホール内では見当たらない。
「アナベルはどうしてる?」
「お嬢様はお部屋でお休みになられております。まだ早いですし、夜中に大暴れされておられましたから、お疲れなんでしょう」
それはそうだね、とすんなり諦めてはいたが、見るからに残念そうにジョセフは肩を落としている。無事は姿をすぐにでも確認したかったが、自室で休んでいるのなら邪魔する訳にはいかない。
「よろしければ、ジョセフ様もお部屋をご用意いたしましょうか?」
「いや、構わないよ。ソファーで十分だ」
「でしたら、熱いお茶でもお出しさせていただきますわ。――騎士様もお掛けになって下さいませ」
ジョセフをソファーへと促し、彼と共に入って来た騎士には窓際のティーテーブルを案内する。常に二人の護衛を引き連れているはずだから、もう一人は馬に付いて外にいるのだろう。マーサはそれぞれに熱く少し濃いめのお茶を用意して振舞っていく。
警備兵やジョセフ達の出入りをアナベルが気付いていない訳はない。けれど顔を見せに降りて来ないのは、ただ単に面倒なだけ。それは分かってはいたし、いつもなら小言を言いながら叩き起こしに向かうところだが、マーサは今日だけは見逃すことにした。
男達が階段から落とされた音で目を覚ましたマーサは、慌ててベッド脇のチェストから護身用の出刃包丁を持ち出して部屋を出た。彼女が見た時にはすでに強盗達はホールの床に膝を付き、血まみれになりながらアナベルへと許しを乞うていた。
夜中に一人で戦っていたアナベルの姿を思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。本来は護られるべき立場の主が、使用人と弟子と猫達の為に動いていたのだ。いくらアナベルの魔力が強くとも、複数の強盗と対峙するのが怖くない訳がない。
――若干はやり過ぎとも思いましたけれど、そこは今回は目を瞑ることにしましょう。あのお嬢様が、面倒とは言わずに頑張って下さったんですから。
ならば、主が起きてくる気になるまで、客人をもてなして時間を稼ぐくらいはさせていただこうと、マーサはジョセフ達に振舞う軽食の準備をしに調理場へと向かった。